三十四話 魔王と人間2
すべて消し炭にしてッ……
不意に、ガチャッ、とアグノスの右手首に何かが嵌められた。
「えっ?」
その途端、アグノスの体から放出されていた魔力の炎が急激に小さくなり、プスンッと音を立てて消えた。
「……あれ?」
何が起きたのか。
あまりにも唐突過ぎて、怒りまでもが静まる。
(俺は、一体……?)
と、バッチーンと左頬が盛大に成り、ヒリヒリとした痛みが体を駆け抜けた。
「ぃッ……⁉」
目が覚めるとはまさにこのことか。
また何が起こったのか理解する、その前に。
「アグノス! しっかりして!」
しっかりと聞こえる、愛しい人の声。そして、再度右の頬に同様の痛みが走る。
「ッ⁉」
「起きて! お願い! アグノス!」
「ぃッ……!」
答えようとするとさらに右頬を打たれる、その繰り返し。どうやら、何度も頬を平手打ちされているらしい。
「ねぇ! いつものアグノスに戻ってよ!」
普段の勝気な声音は、若干揺れている。
それが疲弊しているせいなのか、恐怖からだったのか、それとも他の感情を抱いたからなのか、分からない。
が、これだけは分かる。
「ぃッ……いだッ……! 痛いって! マリア!」
やっとマリアの手を掴み、アグノスは彼女の揺れる青い瞳を見た。
「もう、いつもの俺だから」
アグノスのその言葉に、マリアの体から力が抜ける。アグノスはそんな彼女を抱き止めた。
「マリア……!」
「はやく……言いなさいよ……」
青い瞳だけではない。
声も、体も、マリアは震えていた。
「ごめん、アグノス……あたしのせいで……」
マリアの言葉に、アグノスは視線を巡らせる。
辺りは、異臭と恐怖に包まれていた。
視線を落とせば、真っ黒い何かが未だに燃えている。それは、いつしか降り始めた雨でも消えない魔王の炎に包まれたメルクーリ。彼は、まだ生きているようだった。
「う……うぅ……」
「メルクーリ様……!」
先ほどもアグノスとの間に入ろうとしたヴァレットだけが、どこからか持ってきた井戸水をかけ、どうにかメルクーリの炎を消そうと試みているが、やはり消えなかった。
「あたしもてつだっ……」
「マリア、もう」
「どんなに嫌な奴でも、まだ生きてるなら……!」
アグノスの制止を振り切ろうとするが、体力が戻っていないのか拍子にふら付いてしまっていた。それをアグノスも慌てて抱き止める。
「無理するな」
「……あたしのせいで……アグノスが人殺しになっちゃう……」
「マリアのせいじゃない」
アグノスはそう言い、マリアの頬をそっと撫でた。
「今は休め、なっ?」
「……ごめん」
マリアの体から力が抜ける。まともな食事も休息もなかったのか体力は尽き、右肩の傷は開いてしまっているようで、赤い血が流れ始めている。アグノスは自身のローブを裂き、マリアの傷へと宛がった。すぐに黒いローブはさらに濃く濡れる。
「チッ……誰か、治療ができる者は……」
アグノスは、周囲を見渡す。が、紅い瞳が向けられる度に人々は委縮し、腰を抜かす者までいた。
そんな彼らは、二人どころか、命の火が消えかけたメルクーリに近付こうともしない。
(こいつだって、最初は町のためにやってきたことだっただろうに……)
アグノスがメルクーリに視線を戻した瞬間だった。
バチバチと爆ぜていた火がぶわりと揺れた。
「えっ?」
いや、火ではない。
「ッ⁉」
肌が一瞬にして粟立つ。瞬時にアグノスはマリアを抱き上げ、その場を飛び退った。
「ひッ!」
メルクーリの傍にいたヴァレットが、揺れた何かに取り込まれた。
そこは、ビキビキと音を立てて裂けていく。
「おまえが、……なぜここに?」
剣呑に煌めくアグノスの赤い瞳を嘲笑うかのように、そこから鉛色の双眸がぎろりと
覗いた。
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