三十一話 闇夜
闇夜に紛れることは慣れている。
魔族よりも、もしかすると闇を抱えているのかもしれない。
寝酒に勧めたワインが空になっていることを確認した後、クレメントは、足早に町から外れた納屋へと向かった。
(アグノスがここで休むって言った時は、ちょっと焦ったけど)
しっかり体を休めるために、とどうにか言い包めて宿屋に泊まることを納得させた。
それに、ソフォスがかけた術が解ける前日の夜に到着するように、クレメントは調整した。
角を隠したとしても、アグノスほど長身で顔が整った男性が昼間に歩き回ったら目立つためだ。世間知らずの魔王様は、自身がモテることに気付いていないのだから。
それに、商談はある程度慣れていても、人間の町での立ち振る舞いは全くできないだろう。
(城のみんなが甘やかし過ぎなんだよ。特に、兄貴)
クレメントは内心でぼやいた。
が、そうなることも分かる。
アグノスは、良い奴だ。
魔王にそんなイメージを持つことが正解なのかは分からないが、人間よりもよっぽど純粋に誰かを想い、行動している。
クレメントは、そんなアグノスを友人として誇りに思っていた。
(でも、俺はそんなあいつを……)
暗がりの向こう側に人の気配を感じた。
誰かはすでに分かっている。
「右手、どうされたんです?」
顔が見えるか見えないか。
そんな位置でも、右手に巻かれた白い包帯はぼんやりと見える。
相手が睨む気配がした。
「怖い顔しないでくださいよ? 俺の言う通りになったんですから」
「ッ……⁉ まさか、本当に……!」
暗がりの中の男が、声を上げた。が、すぐに周囲を気にする、
「誰も来やしませんって。最近は物騒ですからね」
クレメントは冷ややかに言う。
「この町は、特に」
「無駄話をする時間はない。はやく魔王を引き渡せ」
「いや、だから俺の後ろにも誰もいないでしょ?」
主が来ることはないと思っていたが、どうもこの男は苦手だ。
主の命に従うだけの人形にならざるを得ない、このヴァレッドという男が。
「ッ……貴様も、俺を見下すのか……⁉」
お互い暗がりの奥にある心を見透かし合うような時間だ。
ヴァレッドの表情は、怒りか、憎しみか――それとも、哀しみを滲ませているのか。
クレメントは、気付かれないようほど小さく息を吐く。
「俺は、誰も見下しやしない。そんなことしたって、欲しいもんは手に入らんでしょ」
「っ……」
クレメントがそう言えば、ヴァレッドの纏う攻撃的な感情がふっと柔らかいだ気がした。
「おまえの欲しいものとは、何だ?」
「自由、ですかね」
自分や、ヴァレッド――そして、アグノスから最も遠いもの。
ヴァレッドがフッと笑った気がした。それは、嘲りなのかもしれない。
しかし、クレメントは気にしなかった。
「明日の朝、広場にマリア・オルティースを連れて来るように、あなたの主に伝えて下さい。この手枷を嵌めてね」
じゃらりと鈍く重い音が、闇夜に溶ける。
月明かりもない中、それをぎらりと光っていた。
ヴァレットの様子が再び剣呑になる。
「そこで……」
「ああ、会わせてあげますよ」
クレメントは、声を低くして笑う。
「あなたの主が望んだ、魔王にね」
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