二十八話 真の目的1
どれだけ歩いたのだろうか。
焼けた森は抜けたが、青々とした木々の合間は相変わらず続き、方向音痴のアグノスもさすがに怪訝な顔をする。本来なら森を抜け、町へと続く道が見てきてもいい頃合いだ。前を歩くクレメントに、アグノスは問う。
「おい、町にはいつ着くんだ?」
「三日後」
「そっか……てぇ! おい!」
肯定を期待していた耳に、まさかのあっさりした否定が飛び込んできて、アグノスは険しい表情でクレメントに詰め寄った。
「時間ねぇって知ってんだろ⁉」
「冗談だよ、冗談」
アグノスの強面に詰め寄られても、クレメントは飄々と返した。
しかし、今のアグノスには、普段の友人の雰囲気に付き合う余裕などない。
「いくらおまえでも、いい加減にしねぇと……」
「おぉ、さすが魔王様」
「クレメント!」
胸倉を掴まれても、クレメントの思惑は全く掴めなかった。
友人の瞳の色は、不思議だった。薄い灰色のようにも見えて、時に色濃くもなる。本人そのものに、その瞳は掴み所がない。
「俺には、後三日しかないんだぞ?」
フォボスによって施された角を隠せる術の効果が切れる日は、刻一刻と迫ってきている。
「それに、道中で話すって言ってたこと。まだ何も聞かされてない」
城を出発する日、クレメントはそんなことを言っていた。
アグノスの燃えるような赤い瞳を見て、やっと小さく溜息を吐いた。
「確かに、何も説明していなかったな。話すから、ちょっとこの手を退けてくれないか?」
睨み付けるアグノスに、クレメントは冷静に伝える。
「ちゃんと説明する。町へと最短ルートを逸れた理由もな」
アグノスは大きく溜息を吐き、「分かった」と言った。
「ここではぐらかしたら、マジでただじゃおかねぇからな」
「さすがに本気のアグノスと喧嘩しようとは思わないさ」
アグノスの手から解放されたクレメントは、苦笑した。
「まっ、道は違うけど、実はもう町の裏手にいるんだ」
「えっ⁉ そうなの⁉」
「おまえさ、何回か一緒に通ったろ?」
「何回かで憶えねぇよ! 方向音痴なめんな!」
「いや、それ、威張ることじゃないから」
クレメントは呆れながらも、商売道具の入った荷物にがさごそと手を突っ込んだ。
「あの町が『魔の契約』をなんで続けているか……アグノスは知ってるか?」
「は? 俺らを恐れてるからだろ?」
「違う」
「……え?」
「おまえを山から連れ出すだめだよ」
「……はい? 俺を追い出したいってこと?」
「いや」
「なら、どういう……」
荷物の中から小さな箱を取り出したクレメントは、それをアグノスへと差し出す。
「な、なんだよ?」
アグノスの困惑気味な言葉と同時に、クレメントがそれを開けた。
「赤い、宝石?」
そこには、真紅の小さな宝石が収められていた。
「魔王の血。そう呼ばれてる」
クレメントが、魔王の顔を真っ直ぐに見据えて言った。
「まあ、これは偽物だがな」
「はぁ? 意味分かんねぇ」
「魔王様は鈍感さんだなぁ。おまえなんだよ。本当の狙いは」
「……ん?」
クレメントの言葉が理解できなかった。正確には、言葉の意味が。
「俺? えっ? この宝石と俺に何の関係があるんだよ?」
クレメントがまた呆れた顔をした。
「だから、ギタの町長が狙ってんのは、おまえなの」
「……っ⁉ いやいやいやいやっ、ほんと意味が分からん!」
狼狽するアグノスに、クレメントは宝石を翳す。
「ッ⁉」
生い茂る枝葉に陽の光は遮られているはずなのに、赤い宝石は自ずと光っているような気がした。
いや、きっと『魔王の血』という名のせいだ。
まるで自分の血が、そこに凝縮されているような不気味さがあり、体が強張った。
「『魔王の血』を手に入れた者は、その後のすべての成功が約束される。地位、名誉、富――不老」
「魔王だって、別に死なないわけじゃ……」
「人間からしたら、長生きだ」
「そうかもしんねぇけど……!」
言いかけ、アグノスは止めた。
友人の灰色の瞳が、赤い宝石の奥で鈍く光っているように思えた。
「『魔の契約』で差し向けた少女達の本当の目的は、おまえを篭絡させ、町へと戻ることだ」
「でも、リリィはっ……」
そこまで言って、口を噤んだ。
メルクーリが放ったかもしれない夜盗に、リリィの家族を殺されている。
町へ戻りたくないとも言い張っていた。
真相に近いからこそ――
お読みいただき、ありがとうございます!
よかったらブックマークや評価、いいねをしていただけると励みになります(*^-^*)
よろしくお願いします!




