二十七話 真の悪意2
「君が想像していることは、大体合っているよ、マリア」
ただ穏やかな表情で佇む町長の姿はない。
マリアが覚えていた違和感。その正体が今目の前にいた。
「男だった場合がね、ちょっと面倒だったよ」
「そんなことまで話しちゃっていいの?」
どうにか強気を崩さないようにするマリア。
だが、アグノスを目の前にした時より、恐怖がじわじわと足元から這い上がってくるようだった。
「知りたいからここに来たのでしょう? 私は意外と親切なんですよ」
「ふんっ、どうだが」
マリアはメルクーリの動き――左手を注視していた。
投げナイフは、まだもう一本メルクーリの手の中にある。ここで下手に動けば、彼は確実にマリアの息の根を止める一手を放つだろう。
殺す気でかかってくる人間の方が、マリアにとっては厄介だった。
(殺される前に……彼を、仕留めるか……)
メルクーリは、そんなマリアの内心を見透かしているかのように両の手を後ろに組んだ。
「まあ、私の商売はいつだって人手が足りなくてね。誰にも言わない代わりに、職を与えてあげてるんですけど、断られてたら仕方ない」
冷静かつ冷酷な主に、ヴァレットも目を伏せた。
その役を担っているのは、何を隠そう自分なのだ。
そして、主から逃れようとした者を――
「結局、自分の手は汚さないのね」
ヴァレットのその様子に、マリアは忌々しそうに呟いた。
「いや、あなたは私のこの一連の行動を町のためではないと言ったが、そんなことないのです。町長というのは、いつだって町のために動いている。私はもちろん、父も、祖父だってそうだった。町を発展させるために、この活気を守るために、私はちゃんと手を汚している」
そういって、両方の掌をマリアに見せた。
「あなたは、きっとまだナイフを持っていると思ってらっしゃったみたいですが、私ができるのは精々あの一撃のみ」
この男は、どこまでも本心を隠しながら、残忍だ。
「でもね、一つだけ長けていることがあったのです」
「長けている……こと?」
動かなくては、と本能が警告してくる。だが、なぜだろう。
体が、動かない。
戦場にいても、こんなことはなかった。
指先が痺れ、背筋と首筋に冷たい汗が流れていく。
(この男の雰囲気に吞み込まれている……?)
漆黒の瞳はどこまでも冷淡であり、その奥に潜む何かが煌めいている。
いや、それが正体だ――最初に会った時の違和感。
「演説です。私が呼びかければ、人々は心を動かし、私の思った通りに動いてくれる」
「あたしに依頼した時は、かなり強引だったけどね」
「でも、結局あなたも私の思った通りに動いてくださった」
彼の瞳の奥に、彼の中に潜む者。
「そのお礼にもうひとつ教えて差し上げますよ」
「もう……ひとつ?」
「『魔の生贄』……まさに彼女達は、餌だったんです」
「え、さ?」
「ええ。そして、あなたも」
ぶわっと肌が粟立った。
メルクーリの奥に棲む者が、彼の体を覆った気がした。
「魔王を誘い出してもらうための、ね」
「なっ……⁉ なんのために……アグノスを……?」
「名前で呼び合う仲になってくれていたのか。それは期待できる」
口端を上げたそいつは、マリアの青々とした瞳を真っ直ぐに見据えた。
「魔王の血」
「あ、あなた……それが目的で……?」
「町の発展ためなんですよ」
それこそ。
「あなたは、悪魔よ」
その瞬間、視界が揺らいだ。
「え……?」
「やっと効いてきたか」
「メルクーリ……まさか……」
「あなたは餌です、マリア様。だから、安心してください」
「彼は……来ない、……」
「いいえ、来ますよ。あなたはそれだけ魅力的ですから」
(ごめん……アグノス……)
意識が揺らぐ時に聞こえるそれは、ただただ途轍もない不安をマリアの中に植え付けたのだった。
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