二十六話 友
青い空を見上げる度に、彼女の瞳の色を思い出す。
兄とは違った青。
「おぉい、急ぐんだろ?」
「あっ、ああ」
前を行く友人のクレメントの声に、アグノスは足早に追いかける。
町へ下りるのは何十年ぶりだろうか。
ソフォスに強大な魔力と角を隠す術を施してもらっているが、効き目は長くて五日ほど。
それまでにマリアを見付けなければならない。
町までの道で追い付けばいいが、旅慣れをしている彼女のことだ。体力が回復し切っていないとはいえ、道なき道でも足止めにはならないだろう。
クレメントも商人で、城までの道は熟知しているが、商売道具に売り物と荷物が多いため、急いだとしてもマリアに追い付くことはほぼ不可能だ。
しかし、マリアは本当にギタの町へ下りたのだろうか。
リリィを信じていないわけではないが、不確定な要素だった。
「どういったお嬢さんなんだい?」
「は?」
前を行くクレメントが、口の中に小さな木の実を数個放り込み、ゴリゴリとかみ砕きながらアグノスに尋ねた。
「魔王を射止めるほどのお嬢さんなんだろう? 知りたいじゃないか」
クレメントは確かに友人で、良い人間だとアグノスは信じているが、どこまで本気か時々分からない時がある。
「言いたくないなら、もう訊かないけど?」
自分が先ほど食べた木の実の入った袋を差し出しながら、クレメントは言った。旅人がよく持っている保存食らしい。硬いばかりで大して味があるわけでもなく、アグノスは正直好きになれないが、それを菓子感覚で食べて、後々大丈夫なのだろうかと心配になりながら、「いや、いい」と断った。
「言いたくないわけじゃねぇけど」
「もしかして、オレが横取りするかもって心配してる?」
「してねぇわ!」
ケラケラと笑いながら、「冗談だよ」と返すクレメントに、アグノスは溜息を吐いた。
やっぱよく分からない男だ。
「すっげぇ可愛い女性だよ」
「ほぉ」
前を歩いていたはずのクレメントが、いつの間にかニヤニヤしながらアグノスの横にいた。
「おまえなぁ……俺は真剣なんだよ!」
「だから尚のこと聞きたいんじゃん。おまえが真剣になるお相手のこ・と。今までいなかったろ?」
「そんなことっ……」
言いかけ、アグノスは自身を振り返る。
人間より長い年月を生きているし、何人かはソフォスや年配の魔族の紹介で素敵な女性と会ったことはある。付き合ってみたことだってあった。
リリィのことだって、可愛いと思っている。妹がいたら、こんな感じなのかと想像するし、家族のような存在として好きではある。
しかし、胸が高鳴る存在と出会ったことがなかったのだ。
魔族も、人間も。
彼女の――マリアの対峙した時の勝気な表情や、ユグやユノと一緒の時に見せる無邪気な笑顔、どこか人を寄せ付けない寂しそうな顔。
どこが好きになったのか探せば探すほど、また好きになっていた。
(意地っ張りなところも、な)
思わず笑みを零せば。
「本当に素敵な女性なんだな」
不意に柔らかく言われたそれに、アグノスは友人の顔を見る。
言葉同様に、友人は柔和な笑みを浮かべていた。
「ああ」
アグノスが答えると、クレメントは満足したように「そっか」と言った。
「もうちょっとからかってやろうかと思ったけど、なぁんか幸せそうだからもういいや」
「なッ⁉」
「さぁて、まだまだ歩くから、ちゃんと付いて来てよ~、魔王様」
「クレメント! おまえっ! ほんと性格悪ッ!」
焦げた木々の合間を楽々と縫い進むクレメントをアグノスは必死で追いかけた。
周りの景色が変わっていないことに気付かないまま――




