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二十四話 兄弟喧嘩2

 リリィの背後から、ひょろりとした男が飄々とした調子で割って入った。


「クレメント」

「客人を置いてどこへ行ったかと思えば、盛大な兄弟喧嘩とはね。ここには毎回驚かされるよ」


 肩を竦めてそう言った男の名は、クレメント・ボハーチュ。久方ぶりの客人とは、彼のことだった。

 そして、彼はある役割も担っている。


「お気に入りの彼女ができたってことは、今年で『魔の契約』は終わりかな?」


 クレメントの役目――それは、契約の生贄として、魔王に差し出された娘達を他所の町へと逃がすことだった。


「俺は最初からそんなの終わらせていいっつってんだろ!」

「おぉこわっ」


 クレメントは、普通の人間なら怯んでしまうアグノスの険しい表情にもおどけたようなそれで返した。


「まっ、『魔の契約』は、今じゃ町のためっていうより、町長のためのようなもんだからな」

「どういうことだ?」

「今日はその話もしたかったんだが……」


 アグノスの問いにそう言って、クレメントはリリィを横目に見た。それに小首を傾げるリリィ。


「な、なに?」

「いや。道中で話すよ、ヴァロータ山脈の王」


 アグノスはまた顔を顰める。


「その呼び方もやめろっつってんだろ」

「わたくしめは真実を申しておりまするぅ」


 どんなにアグノスから睨まれても、クレメントはやはり道化師のように大仰な身振りで礼をしてみせた。


「相変わらずだな、クレメント」


 アリスィアが呆れにも似た笑みを浮かべれば、クレメントはすぐにそちらを向く。


「それは、そっくりそのままお返ししやすぜ、ヴィノの旦那」

「どこの悪徳商人だよ」


 アリスィアも目を眇めれば、「おっと、冗談」とさすがに小さく礼をしたが、やはりそれはどこか芝居じみていた。


「てかさ、いつまでもこんなことしてる場合じゃないんでない?」

「あっ! マリアを失ってもいいの⁉」


 クレメントの問いにリリィが声を上げ、アグノスもハッとして頷いた。


「すぐ準備する!」


 それからアグノスはアリスィアを見ずに、部屋を飛び出していった。


「では、わたくしめも、これで」

「クレメント」

「うん?」


 まるで従者の役でも演じているかのようにアグノスの後を追おうとしたクレメントを、アリスィアが呼び止めた。

 青い瞳にはすでに先ほどの剣呑さはなく、憂いが滲んでいた。


「弟を、頼む」

「ああ、任せとけ。アリスィア」


 頷いたクレメントの方も、さっきまでのおどけた様子はなかった。

 弟と友人が出て行った後、アリスィアは大きく息を吐いた。

 それから、まだ弟の姿を追うようにドアから視線を外さないリリィへ問う。


「良かったのか?」

「良くないわよ。せっかくいなくなってくれたのにさ」

「なら、なぜ?」


 リリィは、アグノスの出て行ったドアを見詰めていた。


「マリアが戻ってきたら、おまえの気持ちも、ここも……アグノスも、すべてが……!」

「マリアはね、強いのよ」


 リリィは静かに言った。


「だから、きっとアグノスを大切にしてくれるわ。イェシカだってそうだもの」


 優しく笑うリリィに、アリスィアは自身の過ちに気付いた。

 体中の力が抜けたかのように、どさっと椅子に腰を下ろす。

 こうなることはどこかで分かっていたのに。

 イェシカが、一輪の白い花を持ってアリスィアの部屋に入った。

 ふわっと甘い香りが漂う。

 でも、そちらを向くことができない。


「……あぁ、かっこわりぃ」


 人間と関わるべきではなかった。

 こんなにも心を掻き乱される。見たくない自分と向き合わされる。

 恐ろしいものは、いつだって近くにいる。

 とても、近くに。

 落ちた本が、アリスィアに恋というものを少しだけ教えてくれた。

 イェシカがそれを拾い、微笑む。


 白い花と、恋物語を――愛しい方に。


 聴こえないはずの声が、聞こえた気がした。


「おまえ達と出会って……良かったよ」


 アリスィアの言葉に、リリィもまた部屋をそっと後にしたのだった。

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