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二話 ギタの町長

 一週間前――


 マリアは、高い山々に囲まれた町ギタに着き、宿屋を探していた。

 そんな彼女に、使用人ひとりを引き連れた身なりの良い長髪の男が、近付いてきた。


「あの、旅の方」

「急いでいるので」


 マリアは、声の主の方を見ることもなく、足早に彼らの前を通り過ぎる。

 旅は慣れたもの。

 女だからと侮って寄ってくる不届き者をマリアには返討ちにするだけの腕はあるが、自ら厄介事や面倒事に首を突っ込みたくもなかった。

 足を止めないマリアに、しかし男は尚も声をかける。


「突然申し訳ない。あなたは、マリア・オルティース様では……」

「違います」


 食い気味で否定したマリアの言葉を、さらに食い気味で遮る声がある。


「ちょっ、……メルクーリ様!」


 どうやらそれは使用人らしき男の声。


「公衆の面前で、そのようなっ……お止めください!」


 使用人の狼狽する声音に、マリアもつい振り向いて目を疑った。


「えっ⁉」


 見れば自身の高級そうな服や綺麗に整えられた長髪が汚れるのも構わず、男が膝を着いていたのだ。


「お願いします、あなたにしか頼めないのです。マリア・オルティース様」

「ちょっ……! ちょっと一体なんなのよ⁉」

「私を……私達の町を、助けて頂きたいのです!」


 額も地面に擦り付ける勢いで、声まで張り上げる男から逃げようと再度踵を返しかけた。

 が、辺りにはすでに人垣ができ始めていて、ひそひそと遠巻きに声が聞こえる。


「あれ、メルクーリ町長じゃない?」

「ほんとだ! 私、彼のファンなの!」

「良い男よねぇ」

「でも、お顔が見えないわ……てか、あの女、何様?」

「まさか恋人⁉」

「痴情の縺れとか……!」

「いやぁ……!」


 小声がいつしか女性から上がる黄色い声になったかと思えば、他の場所では。


「あのグリゴリオス・メルクーリが人前で跪いているぞ」

「あの女、何者なんだ?」

「美人だなぁ」

「良い体してやがるぜ」

「いや、見ろよ、腰に帯びてるあの剣……」

「ありゃあ、相当使い込まれてるなぁ」

「あんなカワイ子ちゃんが傭兵か?」


 野次馬はどんどん増えていく。

 使用人はただただオロオロとして、マリアと自身の主人を交互に見るばかり。


「むっ、向こうで話しましょ!」


 顔を上げないグリゴリオス・メルクーリと呼ばれた男をマリアはどうにか立ち上がらせ、引っ張った。

 野次馬でできた脆い壁が崩れていく。

 砂を額に付けたままのメルクーリが、顔を輝かせる。


「引き受けてくださるのですか? マリア・オルティース様」

「何度も人の名前を豪語しないで」


 と、メルクーリの表情がすっと引き締まった。


「やはり、あなたは本当にマリア・オルティース様なのですね」

「っ……」


 気付いたら、人気のない路地裏まで来ていた。

 マリアは慌てて男を突き飛ばす。


「ッと……!」

「メルクーリ様⁉」


 よろめく主人を使用人は瞬時に支え、マリアを睨み付けた。


「女! メルクーリ様に対するこれ以上の無礼はゆるさっ……!」

「良いのだ、ヴァレット」


 メルクーリの言葉に、ヴァレットはすっと頭を下げて、再度傍に控えた。


(パッとしない見た目だけど、腕は立ちそうな男ね)


 使用人というよりは、ボディガードのような存在なのだろうとマリアは思った。

 ヴァレットに負けず、険しい顔のままのマリアに、メルクーリは苦笑する。


「私の方が数々の失礼を……まだ名乗ってもいませんでしたね。私は、この魔の山々に囲まれた町ギタの町長をしております、グリゴリオス・メルクーリと申します」


 メルクーリの慇懃な挨拶に、あからさまに警戒していたマリアも少し態度を改めることにする。


「町長さんがあたしに一体何のご用です?」

「どうかグリゴリオスと、マリア様」

「陽が落ちる前に宿を見付けたいと思っているんです、メルクーリさん」


 柔らかく微笑むメルクーリに、マリアが愛想笑いで返せば、彼はやれやれといった風に苦笑を深くした。

 女性が騒ぎ立てるわけだ。

 身なりが良いことはもちろん、腰まで伸びた漆黒の髪は肩辺りで緩く纏められ、色白な肌と端正な顔立ち。物腰は柔らかく、丁寧だった。


「旅でお疲れのところ、本当に申し訳ない。私が町一番の宿屋にお連れしますよ」


 再び微笑むこの町の町長の目を、マリアはしっかりと見据えて、小さく頷く。

 髪と同色の瞳の奥には、どこか翳があるように思えたが、それはすぐに微笑と黒い眼の奥に沈んでいったのだった。

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