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二十一話 魔王の力を持つ者2

 冷たい雨がまた降り始める。魔力の込められたそれに、アグノスの魔力が徐々に削られていく。これでは火の魔法を使ったところで、さらに体力と魔力が削られてしまうだけだ。

 反対に、ウダールは軽快に次から次へと雷を振り下ろした。


「やっぱ大したことねぇな」

「言ってろ!」


 防戦一方のアグノスに、ウダールは余裕の表情で嗤っている。

 雨音にビリビリとした攻防の刃の交わる音と緊張感が合わさり、マリアの耳を劈いていた。


(なんとかしなきゃ……!)


 マリアは自身の剣を抜き、その刃を見た。自分の険しい顔がそこに映る。


(あまりやりたくないけど……)


 ウダールがアグノスに意識を向けている間に、マリアは言の葉を紡ぐ。


「赤き源の母よ、赤き血と共に生まれし者の言霊に力を貸さん」


 マリアの周辺の空気が熱を帯びる。


「赤き源の父よ、赤き血と我が剣に力を与えよ」


 マリアの持つ剣に当たる雨が、ジュッと音を立てて霧散していく。

 マリアの様子にアグノスだけでなく、ウダールも目を見開く。


「なっ、なんだ?」


 冷えた雨が温かい蒸気となり、マリアの言霊に応えて周囲を陽炎のように揺らす。


「我、赤き力を継ぐ者」

「こいつ!」

「させるか!」


 ただならぬ気配を感じたウダールが、雷の刃をマリアに向けるが、アグノスがすかさずそれを阻止する。


「汝らの血を継ぎし証、我今ここに示さん!」


 マリアの呪文が完成すると同時に、剣から炎が巻き起こり、それは再び剣に戻る。

 辺りに熱だけが残る中、ウダールがアグノスの攻撃をかわしてマリアに迫った。


「はったりかよ!」

「どうかしらね⁉」


 たかが人間の女。


(侮ってくれてありがと)


 単純に突進してくるウダールを真っ直ぐ見据え、マリアは自身の呪文を込めた剣を彼に向って投げた。


「チッ……!」


 ウダールの脇を剣が赤い軌跡を残して通り過ぎる。


「どこ狙ってんだ!」

「狙い通りよ」

「なっ……に?」


 マリアの目の前、ウダールの背後で、轟音を立てながら赤々とした火柱が天を裂いた。


「なんだ……?」


 マリアは、その火柱よりも、その中心にいる人物を見る。


 赤々と燃えるマリアの剣と、自身の剣を携えるアグノスを――


「両手に剣持ったところで、空は飛べねぇだろ!」


 ウダールが再度宙に舞い、アグノスに雷を振り上げた。


「今の空は火の神の領域よ」

「は?」


 マリアがパチンッと指を鳴らせば、熱風がウダールを襲う。


「なっ……⁉」


 それに煽られた木々が擦れ合い、パチパチと音を立てたか思えば、ボッと燃え上がった。

 辺りにそれは燃え広がっていく。


「おっ、おまえ達……城を燃やす気か……?」

「この城は耐火性でな」


 巻き上がる炎を足場に、アグノスが空を駆ける。


「ッんなことができるんなんて聞いてねぇよ!」

「俺も初めてやった!」

「はぁ⁉」

「空もいいもんだな!」

「っざけんな!」


 また宙へと逃げる。が、それを火が、そしてその主が逃がさない。


「往生際が悪ぃな!」


 アグノスがそっと横を掠める火を撫ぜ囁く。


「我の子らよ、彼の者を捉えろ」


 火の魔王の言霊に従い、それらは赤い蛇となり、ウダールへと牙を剥く。

 それをウダールも自らの子らで払い除けようとするが、先ほどまで黒雲を自由自裁に走っていた稲光はアグノスの火柱に一掃されてしまったようだった。

 ついに、火の蛇がウダールの足を捉え、彼を地面へと引き摺り下ろした。


「がはッ……!」


 気付けば城の周りは火の海で、ウダールを激しい熱と初めて感じる恐怖で包み込んでいた。


「ぐっ……」


 藻掻けば藻掻くほど絡み付いてくる火の蛇に、体が徐々に焼かれていく。


「ほぉ、まだ耐えられるか」


 赤い海を割り、赤い瞳をさらに赤々と煌めかせたアグノスが、自身の剣の切っ先をウダールに向けた。


「去れ」

「……諦めねぇ……ぜってぇ諦めねぇぞ!」

「無理をするな。ここで引かないなら、この火はおまえを消滅させる。魂までもな」

「ッ……!」


 アグノスの言葉に、ウダールは怯む。


「あ、あの女だって火に巻かれて……」

「あたしのことかしら?」


 金色の髪を熱風に靡かせて、ゆっくりと燃える大地と踏み締めているのは、人間の女のはずだ。

 ウダールは瞠目する。


(この女の眼……確か、青だったはず……)


 マリアの瞳は、アグノスの瞳に似て、赤く――紅く染まっていた。


「おまえは……」

「これは、俺の火だけじゃない」


 ウダールの琥珀色の瞳がマリアを映す。

 マリアは、視線を逸らした。

 アグノスが再度忠告する。


「去れ、新たに生まれし魔王ウダール。自身が消滅する前に」

「……ッ……蛇をどっかにやってくれ。これじゃ、どこにも行けねぇよ」


 ウダールの弱り切った声音に、アグノスは頷き、赤い蛇を解いた。


「はぁ……はぁ……」


 アグノスと同等の力を持っていたはずのウダールの身体も魔力も、極限まで焼き切られている様子だ。


「本当に逃がすつもりかよ?」

「強がってないで、はやくどっか行けよ」


 呆れるアグノスを琥珀色の瞳で睨み付けたウダールは、舌打ちをして、火の海となった森から宙へと跳躍した。

 それから、マリアをまた一瞥して、姿を消したのだった。

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