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二十話 止まない雨

 木窓を叩く雨音が強くなる。

 時折、雷鳴が天を裂き、その度にマリアの横で花を活けていたイェシカがビクッと飛び跳ねた。

 マリアに助けられてから、イェシカはこうして花を生けに来るようになった。彼女なりのお礼なのだろう。


「アグノスも言ってたけど、この時期に長雨は珍しいの?」


 部屋のベッドに腰掛け、剣の手入れをしていたマリアだが、その手を止め、イェシカに尋ねた。

 イェシカは濃い茶色の瞳をギュッと瞑り、何度も大きく頷いた。彼女は言葉を発せられない代わりに、自身の感情を表情と体全体で相手に伝えるのだとマリアは最近知った。


 そして、彼女がどうして言葉を発せられないかも――


(人と精霊の子、か)


 イェシカが小首を傾げて、マリアを見据えた。

 マリアがアリスィアの真似をして、「どうぞ」といった風に肩を竦めると、イェシカは柔らかく微笑む。

 イェシカは、誰かの髪を綺麗に結わうのが好きらしい。

 髪をひと房、イェシカが手に取った瞬間、一際大きな雷鳴が轟く。


「ッ⁉」


 イェシカがマリアに抱き付いた。マリアも、そんな友人を強く抱き締める。

 城の近くに落ちた。それもただの雷ではない。

 アグノスの魔力で輝く灯が、ジュッと音を立てて大半が消えた。


「な……何? この禍々しい気は……」


 肌が粟立つ。

 城を囲む森には、魔族や魔獣が多く存在しているが、それらではない。途轍もなく嫌な存在が雷鳴と共に出現している。


「マリア! イェシカ!」


 部屋のドアを激しく叩く音とアグノスの低い呼び声が、室内の緊張を一瞬払拭し、灯を再び勢い付かせた。

 マリアが慌ててドアを開けると、アグノスも微かに安堵した表情を見せる。


「良かった、二人とも無事だな」

「ええ」


 イェシカに振り向けば、彼女も微かに震えながらも小さく頷いた。


「二人とも兄貴とのとこへ」

「アグノスは?」


 二人の肩をしっかりと抱きながら城の奥にあるアリスィアの部屋に促すアグノスに、マリアは訊いた。

 答えは、分かっていた。


「俺は外を見てくる」


 この山を統治する王としての務め。彼は決して他の者にそれを任せはしないだろう。


「あたしも行く」

「駄目だ」


 その答えも分かっていた。


「足手纏いにはならない」


 剣呑に光る赤い瞳をまっすぐ見据える。

 イェシカがオロオロと二人を交互に見ていた。


「連れてってやれよ」


 廊下の奥からアリスィアが弟に言った。


「兄貴……」

「マリアの強さは、おまえがよく分かってるだろ?」


 マリアとアリスィアの青が一瞬ぶつかる。が、それは魔王の兄から逸らされた。


「外にいる奴の魔力はおまえ並みだ。ソフォスの守りでも難しいかもしれない」


 その言葉に、マリアは緊張する。

 アグノスもそれを感じ取っているようだ。


「なら尚更……!」

「俺がこの城に守りの魔法をかける。おまえ達が暴れてもいいようにな」


 口角を上げた兄に、アグノスは大きく息を吐く。


「分かった」


 そして、マリアに向き直った。


「危険を感じたら、すぐに逃げてくれ」

「そうするわ」


 マリアも素直に頷いた。

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