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十八話 嫉妬の矛先

 木窓を雨が叩く音が石造りの城に反響し、まるで何かを悲鳴のようにも聞こえる。


「この季節に長雨なんて珍しいな」


 アグノスはそう言って、昼食の鴨肉の赤ワイン煮込みを食べる手を止め、泣き止まない悲鳴の主を見定めようと食堂内を見回した。が、それが無意味なことだとすぐに理解し、小さく息を吐く。


「こんなに雨ばっかだと気が滅入る」

「野菜も根が腐ってしまいそうですじゃ」


 ソフォスも野菜のスープをアグノスに差し出しながら、声を落とした。

 城内はアグノスの魔力が込められた炎で明るくはあるが、その分影が濃くなり、不気味な生き物にも見えた。


(魔王が棲んでるってだけで、普通は恐ろしいか)


「マリアさん、どうぞ」


 ソフォスがスープをマリアの前に置いた。ふわっと温かな香りが鼻腔を擽る。


「ありがと」


 マリアが微笑むと、ソフォスもまた柔和な笑みを見せた。


「おかわりはいくらでもありますぞ」

「ここにいたら太りそうね」


 イェシカを助けてから、マリアの待遇はさらに良くなった。

 しかし、一人だけ変わらない態度の人物がいた。


「だったら、そろそろ帰ったらどうなのよ?」


 リリィだ。彼女はワインを注ぎながら、うんざりしたように言った。


「リリィ、何度も言ってるだろ? マリアはイェシカを助けてくれた。ここに必要な存在だ」


 アグノスに注意され、リリィは哀しそうに頷く。


「……分かってる」


 マリアは、その様子を静かな表情で見詰めていた。

 食事を終え、アグノスはソフォスと鉱山の掘り進め方や他の種族との外交について話し合いをするため、真剣な顔で席を立った。

 ギタの町との今後も相談するのだろう。


(ちゃんと王やってのよね)


 そんなアグノスの後ろ姿を見ながら、マリアは思う。


「さて、と」


 彼らに背を向け、食堂の横にある城の台所へ向かう。

 そこを覗けば、料理長のバリーや数人の召使いがバタバタと昼食の片付けをしていた。バリーは顔こそ恐いが調子の良い男で、アグノスともよく冗談を言い合っている。

 だが、今片付けの中心にいるのはマリアを毛嫌いしている人間の少女だった。


「ちょっと! 銀食器は丁寧に扱って何度も言ってるでしょ?」


 リリィが皿洗いをしている召使いに声を上げれば、料理長が反論する。


「おめぇさんだって、アグノス様に何度言われてもマリア嬢にきつく当たってるべや」

「ちげぇねぇ」


 ガハハハッと笑い声が台所内を木霊した。

 ここには、長雨のじめじめとした雰囲気はない。常に陽気な歌声や、時に怒鳴り合いが聞こえ、城の皆の腹を満たしていた。

 リリィもいつもなら怒りながらも冗談に乗って、さらに反論している。

 が、今日は――いや、ここ最近の彼女の様子は違っていた。


「わたしばっか、悪者扱いね……」

「そっ、そんな風に言っとらんよ」


 片付ける手を止め、ぼそっと呟いたリリィに、バリーもギョッとする。恐い顔が、困ったように顰められているが、彼をよく知らない者から見れば結局恐いだろうとマリアは思った。


「リリィをちょっとお借りできるかしら?」

「え?」


 片付けの忙しなさと自分達の声の大きさで、マリアの気配は完全に掻き消されていたのだろう。

 声をかければ、皆が驚いたようにマリアを見た。


「どっ、どうぞどうぞ!」


 自分ではどうにもできないとバリーがあっさりマリアに応えた。


「どうも」


 マリアも肩を竦めてリリィに目配せし、台所を出る。相手の反応は見なかったが、彼女が必ず付いて来ると信じていた。

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