十七話 町長と護衛
グリゴリオス・メルクーリは、机に積み上げられた書類の中から一枚を手に取った。
漆黒の瞳が、その字面を追う。その双眸からは一切の感情が読み取れない。
メルクーリ家の護衛として長く務めるイレ・ヴァレットには、いつもの光景だった。
しかし、何故だろうか。
あの女――マリア・オルティースに会ってからというもの、日常に何かしら違和感を覚える。
主を見据えていても、それが何かは分かるわけもない。
もしかすると、その正体は一生分からないのかもしれない。
「何か言いたげだな、ヴァレッド」
傍に長く使えている護衛に向けた言葉にも、メルクーリの感情は分からなかった。
「言いたいことがあるなら、申すが良い」
ヴァレッドは主からの問いに、諦めたように小さく首を横に振った。
「あの女、もう一か月も戻ってきません」
事実だけを告げた。それに対して、フッと軽い笑みが返ってくる。
「それがどうした?」
メルクーリはまた字面へと視線を戻す。漆黒の瞳に若干の愉快さを滲ませて。
ヴァレッドは、気付いた。
「初めからそのおつもりで?」
「彼女は美しく強いだけではない。真に特別な存在なのだよ」
ヴァレッドが太く勇ましい眉を潜めると、書類から顔を上げた。話しながらでも、主は書面のすべてを把握できる。書類の内容も、彼の機嫌を良くしているようだ。
「出かけるぞ、ヴァレッド」
「どちらへ?」
今日は質問ばかりだ。
答えの代わりに口端だけ上げたメルクーリに、ヴァレットは従うしかない。
どんな時も、傍にいると誓った。
雲行きが怪しくなっている窓の外をちらりと見た。
山並みを雲が徐々に滑ってくる。まるで山の向こうから灰色の化け物が町へ下りてきているようだった。
「何をしている?」
焦れたような主の声にそちらを見れば、彼はすでに黒いローブを身に纏っていた。
「申し訳ありません。今すぐ」
ヴァレッドは謝罪の言葉を述べながらも、冷静に主の行き先が阻まれないよう部屋のドアを開けたのだった。
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