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十三話 純白の花を求めて

 いつも通りちょっと城から出て、少し行った森の中で彼の髪飾りにする花を摘みたかった。


 それだけだったのに――


 少女は、恐怖と訪れない平穏の時を交互に感じながら、駆けていた。

 切れた息遣いと自身の足音は、背後からのガサガサガサッと草木を掻き分ける音が掻き消していく。


『イェシカ、森には朝陽が届かない場所がある。そういった場所には決して一人で行くなよ』


 言われていたのに。

 以前、彼と植物の書物を読んだ際、太陽光が少なくてもなぜか美しく咲く純白のマリアという花があることを知った。

 それが彼に似合いそうだと、とイェシカは先日こっそりここを訪れたのだ。

 その時には花を見付けられなかったが、ここに来たことは今なぜか城に居候している女性に見付かってしまった。

 どうやら彼女もこの周辺を散策していたらしい。


『イェシカ、ここは危険だわ。帰りましょ』


 その時は、説明することができず、手を引かれるがまま帰ることになったが、やはりマリアが欲しかった。

 だから、今日またここに来たのだ。


 あの人からちゃんと言われていたのに……!


 あの人の美しい青い髪に、あの人の繊細な心に似合う花を探すことに夢中になっていた。

 ガサガサッと音がした時には、すでにそこに立ち入っていた。

 恐怖が、後悔と諦めに変わり始める。

 迫る自分のものではない足音と荒々しい息遣い。


「ッ……!」


 少女は、弾かれたように背後を見る。

 森の闇から鉛色の眼が四つ覗いたかと思えば、それは二頭の真っ黒い狼のような獣の姿となって飛び出してきた。狼と違うのは、その体躯が一回りも二回りも大きいことと、黒い毛がメラメラと炎のように燃えているところだ。

 少女は悲鳴を上げることなく、しかしその綺麗な面差しを恐怖に引き攣らせながらも走る速度を上げた。


 死にたくない――!


 そんな少女を嘲笑うかのように、獣達は軽々と草木を飛び越え、獲物を追う。

 少女はそれでも悲鳴も助けを求める声も上げない。いや、上げられない。


 彼女は、声が出せないから――


「!」


 少女に獣の影が被さる。彼女は上を見た。

 血に飢えた鋭い爪が眼前に迫る。


「ッ」


 少女は覚悟し、目を瞑った。

 が、ギィヤァという耳障りな獣の鳴き声が辺りに響き、また静寂に戻った。

 少女が恐る恐る目を開けると、そこには細身だが頼もしい背があった。


「大丈夫? イェシカ・オーバリー」


 優しくもどこか厳しさも含んだ声音に、イェシカは心底ホッとした。


(マリアさん)


 声には出せないが、イェシカは心の中で彼女の名前を呼んだのだった。

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