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十二話 魔王の兄

 畑仕事が終われば城の中の散策。

 それが、今のマリアの日課になっていた。

 ユグとユノは、ソフォスに連れられて、勉強の時間だ。


『マリアねぇちゃんを案内したいのに!』


 ユグはそう言って毎回拗ねるが、ソフォスはそんな幼い彼に優しくも厳しく知識は必要と説得し、知識のない男はアグノス達のようにモテないと付け加える。

 子どもとは、単純……いや、素直というべきか。

 ユグは、『兄ちゃん達みたいになる!』と毎回やる気を見せるのだった。


(だったら、毎回拗ねなくてもいいのに)


 マリアは苦笑する。

 ソフォスはそうやってアグノスと、彼の兄を育てたのだろうと思う。

 マリアは、ソフォスがそうやってアグノスと、彼の兄を育てたのだろうと思う。


 そう。アグノスには、兄がいる。彼は滅多に部屋から出てこず、しかしアグノスと同等の力を持つ。マリアも城に来てすぐに紹介はされたが、それはドア越しで、姿を見たのは二日後だった。その時は、書の間と呼ばれる大広間に訪れた時だった。兄は、弟のアグノスとは反対で読書好きらしかった。


 魔王兄弟の部屋はさすがに城の奥で、まだ一人でそこまで行ってはいない。

 アグノスの優しさは本当だと思うが、わざわざ強大な力を持つ者の所へは行きたくなかった。


「今日はどこへ行こうかしら?」


 マリアは、今日も別の棟を散策するつもりだった。

 小さな窓から差し込む光に、廊下はぼんやりと明るい。

 その先に、猫背の影がこちらへと向かって来ているのが見えた。


「え?」


 マリアは目を疑う。


 まさかこの時間に、しかもこの泥だらけの時に会おうとは――


「おまえ、まだいたのか?」


 敵意も嫌悪も感じないが、ただただ眠そうな濃い青の瞳と声音が、マリアに向けられていた。


「朝から部屋の外に出るなんて珍しいわね、アリスィア」


 問いに応えない彼女にも、別に怒ることはなく、「ああ」と頭を掻いただけだった。

 その頭には、アグノス同様二本の大きな角が突き出ている。


 魔族の王の威厳は、彼――アリスィア・ヴィノ・プロトスにも確かにあるのだ。


 いや、漲る魔力はアグノスに劣るが、魔王の資質としては、恐らく弟より上なのだろうとマリアは思っていた。

 伸ばしたい放題の美しい青い髪に若干隠れている顔立ちは整っており、見た者を魅了するだろう。

 が、当のアリスィアは大柄な体を猫背にさせて、辺りを見回している。

 長い髪は、いつもなら後ろに綺麗な花の髪飾りで結われているのだが、今日はそのままだった。


「イェシカ知らない?」


 やはり眠そうな声で、彼は常に自分と行動を共にする少女の名を口にした。

 長い髪を結っているのは、その少女だ。

 マリアも、そういえば、と思う。


「今日はまだ見てないわよ」


 アリスィアは「そっか、どこ行っちゃったんだろ?」と、マリアにはあまり興味がなさそうに背を向けた。

 が、「あ」と小さく声を上げて、少し振り向いた。


「教えてくれた本、まあまあだった」


 書の間で、マリアが小さい頃から好きな人間の恋愛物語を試しにおススメしてみたのだ。


「まあまあなの?」


 煮え切らない感想にマリアが苦笑すると、アリスィアは肩を竦めた。


「読んだ全員が面白いっていう完璧な創作物なんて、この世には存在しないさ」

「それはそうかもしれないけど……」

「まっ、あんがと」


 マリアの言葉に感謝を被せ、アリスィアは今度こそ完全に背を向け、行ってしまった。

 しばらく、魔王の兄が去った方角を見ていたマリアだったが、小さく溜息を吐いた。


「もうちょっとなんか言ってくれてもいいじゃない」


 マリアはそう言って、また自分の身形を見た。

 服に付着した泥を払う。


(あたし、なんで泥だらけなことを気にしたのかしら?)


 アリスィアが興味を持っている人間は、ただ一人。


「あの子、またあそこに行ったのね」


 城の中の散策は後にして、マリアはある所へ向かって走り出した。

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