一話 激戦!1
広間は薄暗かった。
唯一大きな掌の上で揺らめく炎が、この城の主――いや、すべての魔を統べる者の整った顔立ちと二本の立派な角を照らし、真っ赤な瞳をさらに深い赤に染めている。
「立ち去れ」
その声は地の底から響くようで、聞いた相手に恐怖を植え付けるようだ。
マリア・オルティースの美しい頬に、冷えた汗が一筋流れ、ひと房垂れている金色の髪を張り付けた。相棒の剣の柄を握る掌は、今にも役目を放棄しそうだった。
どんな戦場を潜り抜けてこようとも、恐れは常に生者に優しい罠を仕掛けてくるのだ。
(恐怖に負けちゃ駄目よ! マリア! ギタの町の人達のために……!)
心の中で自分を叱咤した彼女は、柄を強く握り締める。
「去るのはあなたの方よ……魔王アグノス・ヴィノ・プロトス!」
魔王と呼ばれた男の顔の整った顔が歪んだ。
「何故、俺達が去るのだ? ここは俺達の土地だ」
マリアは、一瞬疑念が脳裏に過る。
(俺……達?)
ここまで来るのに、敵は殆どいなかった。
道中は石を投げつけられ、落とし穴があった。まるで子どもの悪戯のような簡易的なもののように思えた。
しかし、それは罠だったのかもしれない。
(ここに誘い込まれた⁉)
マリアがハッとすれば、揺らめく炎が眼前に迫っていた。
「くッ!」
マリアがギリギリで避けたのを見て、魔王アグノスは感嘆の声を上げる。
「ほぉ、なかなかやるな」
「雑な褒め方ね」
「そんなことはない。心の底から思っている」
アグノスは、次なる火球を生み出していた。それも、複数体。
「なので、褒美をやろう」
「丁重にお断りするわ!」
マリアの怒号は、燃え盛る火球の爆ぜる音で掻き消された。
次から次へと飛んでくる火球を、マリアは持ち前の俊敏さでどうにかかわしていた。
「ちょっとぉ! 自分の城を破壊する気⁉」
「心配ご無用。この城は耐火性だ」
「そりゃ素晴らしい!」
皮肉と共に、マリアは迫る火球を剣で一刀両断した。
「なっ……⁉」
驚くアグノスに向かって、マリアは真っ直ぐ駆ける。相棒の剣を閃かせて。
「あたしも、耐火性なのよね!」
「くッ!」
恐怖心を抑え込み、放たれる火球を薙いだマリアは、全力でアグノスに剣を振り翳した。
が、魔王もまた懐から剣を生み出し、彼女の剣を受ける。
降れた刃同士の摩擦に、火花が散った。
どちらの口からも呻きのような声が漏れた。
マリアの青い瞳と、アグノスの赤い双眸がぶつかる。
「……綺麗だ」
「へ……?」
唐突に聞こえた低いそれは、聞き間違いか。
マリアは僅かに狼狽したが、アグノスの表情が硬くなったことは見逃さなかった。
すべての魔を統べる男。その力を侮ってはいけない。
(やっぱり力じゃこの男に敵わない……!)
均衡をわざと崩して、マリアは体を捻らせる。
「逃がすか!」
追撃してくるアグノスの剣を、さらに身を翻して避け、体勢を低く背後に回り込む。
「ちょこまかと!」
が、マリアの俊敏さに慣れ始めていたアグノスはすぐに振り返った。
「いい加減立ち去ってくれよ!」
振り向き様に低く言われたそれに、マリアはまた違和感を覚えた。
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