モルガン家のタペストリー
時刻は6時を過ぎ、段々と日が落ちて辺りは暗くなり始めた。人の流れは特設ステージがある街の中心へと向っている。6時半から行われる、花火と共に始まるマジックショーがあるためであろう。二日間行われたマーリン祭りのフィナーレであり、最大の目玉である。ほとんどの人がそちらへと向かう中、オーウェンはその人の波に逆らい歩いて行く。家から取ってきたタペストリーを持って、街の中心から外れた、マーリンの樫の木がある場所へと急ぐ。
「それがそうなの?」
オーウェンが樫の木に着いた早々、兄と共にそこで待っていたリリベットがそう尋ねた。オーウェンは彼女に持っていたタペストリーを広げて見せる。
「ああ。俺のひいばぁちゃんが刺繍して作ったらしい。それで、そのひいばぁちゃんは、そのやり方をひいひいばぁちゃんに教わったって。そうやってずーっとモルガン家に伝わってる刺繍の模様なんだって聞いてる。」
オーウェンが両手で大きく広げたタペストリーは、正方形と三角形をくっつけた、まるで盾のような形のタペストリーである。リリベットは、それをまじまじと見ながら、
「これって、ウェールズの国旗にもあるドラゴンでしょ?こっちは2体いるのね。それで下のこれは太陽?目、みたいにも見えるわね?」
とそれぞれの模様に指差しながら言った。彼女が言ったように、くすんだ黄色いタペストリーには、中心の部分に赤と白のドラゴンが向かい合って刺繍されている。そして彼女が指摘した、三角形の部分にある、太陽のような目の刺繍は濃淡がある茶色で描かれている。
「さぁ?俺も目なのか太陽なのか、よく知らないな。多分両方なんじゃないか?」
リリベットの問いにオーウェンも首を傾げつつ答える。
「それはね、目の虹彩を表しているんだよ。」
と、突然レナードが口を開いた。そして、手に持っているものをオーウェンに見せるように掲げる。彼の手の中には黒ずんだ棒のようなものがあった。
「目の虹彩?どういう意味ですか?それにそれは・・・もしかして、マーリンオーク!?取ったんですか!?丸ごと、いや、一部!?どうやって!?」
オーウェンはその黒ずんだ物が、展示されているはずのマーリンオークの一部だとわかり驚愕する。レナードは微笑みながら、
「それは愚問だね、オーウェン。言ったろ?僕は魔術師だ。」
と言い、さらに言葉を続けた。
「このマーリンオークの中に魔術の跡が見えたんだ。とても奥深くに小さく、模様のような魔術の跡がね。そしてその模様を君の目の中にも見つけた。」
レナードはオーウェンの目を指差し、そしてタペストリーへとその指を向ける。
「マーリンオークの奥に潜んでいた模様に君の虹彩、そしてこのタペストリーの下にある太陽のような目の刺繍。全て同じ模様だ。おそらくこの模様は、モルガン家の人間のみが受け継いでいる、目の虹彩の形なんだろうね。」
初めて知る事実に驚き、戸惑いながら、改めてタペストリーを見るオーウェン。
(俺の目の虹彩?だから、ここはブラウンで刺繍されているのか?そんなこと、家族の誰も俺に教えてくれたことないぞ?)
しかしレナードは、オーウェンの虹彩とタペストリーの模様は一致すると言う。そしてマーリンオークの奥にも同様のものが見えたと。
(俺には何も見えなかったぞ?あの黒い塊の奥?どうなってんだ、この人の目?)
そしてオーウェンはレナードへ、ずっと抱いていた疑問をぶつけた。
「レナードさんの目、どうなってんですか?誰かがあのマーリンオークの中に模様を見たなんて話、聞いたことないですよ?」
そのオーウェンの問いに、にっこりとし、
「うん。普通の人間の肉眼じゃあ無理だろうね。」
と言い、おもむろにサングラスを外して、アンバー色の瞳を指差しながら、
「こっちの目はね、倍率を上げて拡大して見れるようにしてるんだ。そうだな、何枚かの凸レンズが入ってる状態に近いってやつだ。つまり顕微鏡や内視鏡だと思ってくれればいい。」
と言った。オーウェンは驚き、
「な、えっ!?!?顕微鏡?あの、それって生まれつき、とかなんかですか!?」
とレナードに向かい言った。彼はサングラスを再びかけ直しながら答える。
「またまた愚問だね、オーウェン。魔術で変えたに決まってるだろ?そんな目を持って自然に生まれる人間、ありえないよ?」
そのレナードの口ぶりから、彼は自身の目を、自ら魔術で改造したのだと察する。
(だからあんな遠くからでも字が見えたのか?)
オーウェンは、レナードの瞳の秘密を知り、今までのことに納得しかけたところで、彼のある言葉に引っ掛かりを覚える。
(顕微鏡か内視鏡。凸レンズが何枚も・・・なんかこの前、理科の授業でやったな。確か凸レンズはー。)
オーウェンがその引っ掛かりが何なのかを掴もうとして、思考を巡らせる。だが、レナードが再び言葉を紡ぎ始めたために、その思考は中断されてしまった。