煌く瞳
カーマーゼンの市立博物館は2階建の建物で、1階は展示室、2階は多目的室と資料室になっている。展示内容は街の歴史や地理に重きを置いており、アーサー王伝説やマーリンを期待して入る観光客には、少々つまらない内容となっているかもしれない。そのせいなのか、この人が集まるような祭りの日でも、オーウェンが入ると館内の人はさほど多くなかった。オーウェンは何度もここへ校外学習で来ている為、今さら展示物を見る気はない。先に入った2人を探すべく、どんどん展示品を素通りして行く。そして、オーウェンは部屋一番奥、ガラス張りのショーケースの前に立っているレナードを見つけた。リリベットは近くにある甲冑とドレスを眺めている。オーウェンはレナードのそばへ寄り、彼が何を見ているのか覗き込む。彼が見ていたのはマーリンの樫の木、通称マーリンオークと呼ばれる木の幹の一部であった。伝説では、この樫の木はマーリンが呪文と共にこの街に植えたとされている。マーリンはこの樫の木を植えたとき、この樫の木が落ちる時は街も一緒に落ちるだろう、と予言を残した。
(でも、これはでっち上げなんだってわかってる物なんだよな。)
この樫の木は、15世紀頃当時のイングランド王の戴冠を祝って、学校の校長が植えた木だとはっきり記録に残っている。オーウェンを含めた街の大抵の人間は知っているが、高齢者達はマーリンが植えたと未だに信じたいようだった。その証拠がここに展示されている、そのマーリンの樫の木の一部。実はマーリンの樫の木は、19世紀初め頃街に住む1人の男により、毒をかけられて枯らされてしまった。その男は、その樫の木が待ち合わせ場所に使われ、多くの人がそこに集まることを鬱陶しがっていたらしい。そうして男に毒をかけられ、腐って死んでしまった樫の木は抜かれて処理された。しかしマーリンの予言を信じている一部の街の人々により、その木の一部が大切に保管された。そして代わりの樫の木が元の場所に新たに植えられた。そのような話から、マーリンは憧れというより恐れの対象に近い、とオーウェンは思っていた。
(もし、じいちゃんに“マーリン探し“の手伝いしてるって知られたら怒られるかな?俺?でも、どうせ見つかりっこないだろうし。マーリンオークの本当の話、教えとこうかな?)
オーウェンは目の前の腐って黒く変色した木の幹を見る。その横に説明文が掲げられており、今現在植えられているマーリンの樫の木は、新しく植えられた物だとはっきり書かれていた。オーウェンはふと、隣のレナードを見た。彼はサングラスを外し、じっと食い入るようにマーリンオークを観察している。オーウェンからすれば、すでにゴミ同然の展示物。
(こんなの見て、何かわかるのか?)
すると突然レナードがオーウェンの方をクルッと向き、顔を一気に近づけて来た。
「えっ!?」
驚き一歩下がろうとするオーウェン。しかし、
(目の色がグリーンとアンバー!?オッドアイ!?)
レナードの左右の瞳の色がそれぞれ違うことに気づき、思わずその場に留まり、彼の瞳を凝視するオーウェン。金のまつ毛に縁取られたグリーンとアンバーの二つの瞳。グリーンというよりも、エメラルドグリーンの色合いに近いその瞳の中には、わずかに灰色も入り混じって煌いている。そしてアンバーの瞳の中には、ゴールデンイエローの光も一緒になって輝いている。まるで宝石のようにキラキラと光を放つレナードの瞳達に目が釘付けになるオーウェン。
「オーウェン。君の家に何か古くから伝わってるものはないかい?なんでもいいんだ。君の家族だけが知っている物、記号、もしくは模様が入った物とかないかい?」
顔を至近距離にまで詰めたレナードが尋ねる。
「え?えーと、確か古いタペストリーがあります。でもそんなに古くないですよ?俺のひいばあちゃんが作ったってやつなんで。」
そのオーウェンの答えにレナードの瞳達が大きく煌めいた。そして彼はオーウェンの両腕をがっしりと掴み、
「それだ!それ、持って来て!それ持って、今植えられてる新しいマーリンの樫の木の下で会おう!」
と少々興奮気味に言った。何がなんだかわからないが、レナードの勢いに押されてただ頷くオーウェン。
「あんた達、いつまでそんな気色悪い距離で喋ってんのよ。」
その声に振り向けば、リリベットがやや離れた場所から、2人を気持ちがるような顔つきで見ていた。