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バーニング・レッドサン  作者: 菊田よしお
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1.太平洋戦線(5)

8.闘将


昭和20年8月15日

ハワイ西方200海里付近


「まさか竜に空襲されるとは…こんなことが有り得るんですかね。」

第二機動艦隊参謀長加来止男少将が呟く。

「加来君、有り得るも何も現実にやられたんだからしょうがない。竜とはいうが人が乗っているならば、何者かの意思の元の攻撃じゃないか。とにかく正体を突き止め、やり返さなきゃ示しがつかん。」

答えたのは第二機動艦隊司令官山口多聞中将だ。彼は静かに艦橋の窓から飛行甲板を見下ろし、演習用の兵装から実弾へと転換する艦載機を眺めていた。

大柄というわけではないが、がっしりとした体格のこの将官は布袋のような見た目とは裏腹に海軍部内でも即断即決の闘将として知られている。

軍港攻撃演習のため第二機動艦隊は18ノットで北方に向け航行中、ハワイ根拠地隊とやや遅れて連合艦隊司令部から急報を受け取った山口は即座に演習中止と索敵機発進を命じていた。

<天城><赤城><飛龍><蒼龍>の空母四隻を擁する日本海軍二つ目の機動部隊は急速に実戦準備を整えつつある。


山口が将旗を掲げている<天城>は些か旧式の空母である。長崎の三菱造船所で建造された<天城>は八八艦隊計画の主力巡洋戦艦として誕生するはずであった。

彼女の運命を変えたのは過熱する建艦競争、そして列強各国の経済破綻を止める為のワシントン海軍軍縮条約である。

三段の飛行甲板を持つ航空母艦として誕生した<天城><赤城>は数度の改装を経て全通甲板、2基の油圧式カタパルト、艦載機61機を搭載する有力な姉妹であった。

ちなみに日本初の空母<鳳翔>とともに黎明期の日本海軍空母戦略を支えた存在であることから様々な新機軸が導入され、試された。

横索式制動装置や英国から技術導入された油圧カタパルトはその最たる物である。艦橋位置が<天城>は右舷前方、<赤城>は左舷中央で異なるのもそれが理由だった。

ただし、<赤城>、そしてその後建造された<飛龍>以外、左舷艦橋の艦はない。着艦時に左に振れ易いレシプロ機では邪魔になるためだ。


ハワイの被害状況確認のため派遣していた水偵から報告が入った。

「やはりひどい状況のようですな。しかし妙ですね。」

加来は報告を聞くと山口に言う。

「そうだね。敵はフネと飛行場、沿岸砲は攻撃したが重油タンクや港湾施設、司令部施設はまったく手をつけていない。俺なら二撃、三撃とやって全部叩くよ。」

山口は憮然として言い放つ。

長官ならそうするでしょうな。加来は微笑しつつ言った。そりゃそうだ、あんたが敵の指揮官なら手加減などしない、と心の中で思う。

「ならば何らかの意図があるはずだ。余程消極的な指揮官じゃないとすれば、ね。」

「…港湾施設を無傷で手に入れるため?」

山口は加来に向き直り、僅かに口角を上げる。

「そうだ。敵はハワイの上陸占領を考えている。」


その時だった。

「飛龍4号機より入電。艦隊を発見。空母らしきもの六隻、周囲に竜を伴う。」


見つけたか。山口は呟いた。

「ともかく、竜どもの策源地を叩かねばなりませんな。しかしどういたしますか?」

加来はたずねた。まだ航空隊は全機が演習用の訓練弾から実弾に換装が済んでいない。

「出せるやつは全部出せ。演習弾だとしても敵はそれを知らない。」

艦攻隊は実弾に換装できた4割程度以外、訓練用魚雷で無力だった。

艦爆隊は徹甲爆弾に換装したものは半分、残りは地上の射爆場で使用する陸用爆弾を搭載しているはずだった。

「了解しました。発艦を開始します。」

加来は言いつつ思った。人殺し多聞丸め。訓練用の魚雷抱いて死地に行けってか。あんたはやっぱり大した指揮官だよ。



9.総統大本営


1945年8月15日

大ドイツ帝国 オーバーザルツベルグ 総統大本営”ヴォルフシャンツェⅡ”


ドイツ南部、旧オーストリア国境近くのベルヒテスガーデン・アルプス山脈の中にその巨大な施設は存在した。

風光明媚な山中に点在するホテルや山荘、それは全て偽装である。地下壕へ続くトンネル入り口や警備兵の哨所、兵舎、トーチカ、防空陣地、対空レーダー、滑走路などあらゆる物がそれとわからないように設置されている。

そして地下にはおびただしい数の地下施設が作られている。五つの山が丸々刳り貫かれ、ドイツの戦争指揮施設が詰め込まれているといえば分かりやすいか。

第二次大戦中、各戦線の前線指揮のため複数の「総統大本営」指揮所が作られたが、戦線が世界規模へと拡大すると、戦争そのものの統一指揮を行うための施設が必要となった。

”ヴォルフシャンツェⅡ”は北米へと逃亡した英国、日本、合衆国との戦争に備えて作られた施設だ。


その日、総統執務室には一人の男と見事なジャーマンシェパードが一頭いるだけだった。

シェパードは部屋の主人の足元に寝そべっていたが、突然耳を立てるとドアのほうに向け唸り出した。

「おいブロンディ、どうした、お前らしくも無い。」

世界の三分の一を支配下に納める男、第三帝国総統アドルフ・ヒトラーはブロンディの頭を撫でつつ言った。


デスクの上の電話機が鳴った。ヒトラーは犬から意識を電話機に移すと受話器を取った。

「マインフューラー、ヒムラーSS長官とアーネンエルベのジーヴァスSS大佐がお越しです。」

通せ、と一言答えるとヒトラーは受話器を置いた。


僅かな間をおいてユリウス・シャウブ副官長が二人の男を連れて執務室に入ってきた。

「ハイル・ヒトラー!総統、ぜひお耳に入れたき事がございます。」

まず口を開いたのはグレーの親衛隊制服に身を包んだ小男だった。全ての親衛隊のトップ、親衛隊全国指導者、ハインリヒ・ヒムラー親衛隊上級大将だ。


ヒトラーはヒムラーの隣の男を見た。たしかヒムラーが入り浸っているアーネンエルベとかいう怪しげな集団を纏めている奴だったはず。

ヴェヴェルスブルグ城でおとなしくしていると思ったら、また怪しげな話を持ち込む気だな。こういう部分さえなければ良い奴なんだが。ヒトラーは僅かに眉を寄せる。


「総統、我らが友邦が太平洋において日本、合衆国に対し戦端を開きました。」

「友邦?…ちょっと待て、戦端だと?」

ヒトラーは訝しげに言った。

ヒムラーは自信満々に答える。

「そうです。ムゥ帝国と呼ばれる古の国家が太平洋に顕現したのです。彼らは太平洋の日本の根拠地、ハワイを攻撃しました。明日には中米地域に侵攻を開始します。」


こいつ正気か。

ヒトラーは呆気に取られていた。親衛隊の実務はほぼ全てハイドリヒが取り仕切っていると聞いていたが、こんな事情があったのか?

「ヒムラー、君は疲れているのか?」

「いいえ、総統。疲れてなどおりません。全ては真実です。」

丸眼鏡の奥で目を輝かせるヒムラーを眺めながら、ヒトラーは彼の処遇について考えていた。健康上の理由で引退させ、ヴェヴェルスブルグに幽閉するか…。

さすがに粛清してしまうのは彼にも気が引けた。長年彼のために粉骨砕身でヒムラーは働いていたのだ。おかしくなった理由の一部も自分にあるのだろうと思っていた。


「OKW、カイテル君を。」

受話器を取り上げると国防軍最高司令部総長ヴィルヘルム・カイテル元帥を呼び出した。

カイテル君か?余だ。そうだ。太平洋で何か動きがあったか。なに?本当か?ふむ。合衆国か?わかった。謝る事は無い。何かあれば直ぐ連絡せよ。


ヒトラーは驚いていた。一応、裏付けを取るためOKWのカイテル元帥に連絡を取ってみればハワイで日本海軍が攻撃を受けたのは事実のようだった。

ハワイ他に潜り込ませている工作員、無線傍受、現地ラジオ放送等、複数の情報源がそれを示していた。カイテルは今まさにこちらに連絡を寄越すところだったと言う。

日本を攻撃したのは合衆国でも英国でもない。ましてやドイツではない。では、攻撃したのはどこなのだ?


「ヒムラー、君はどこからその情報を?だいたい、そのムゥ帝国とは何なんだ?」

ヒトラーは尋ねた。

「詳しい話はジーヴァスがご説明致します。」

ヒムラーはヴォルフラム・ジーヴァスSS大佐の方に向き説明を促した。

「では。」

ジーヴァスが説明を始める。

ムゥ帝国とはかつて太平洋に存在した大陸にあった国家であります。アトランティスやレムリア大陸などかつてこの世界に存在し、海に没した幻の大地の伝承、その源泉たるものです。

優れた文明を持ち世界を統治したムゥ帝国は栄華を極めておりましたが1万2千年前に突如海に没したといわれており、我がアーネンエルベが世界各地で伝承や遺物を捜索していた国家です。

長年の研究の結果、アーリア人の源泉はムゥにあると確信しております。ディートリヒ大佐とべロック博士率いる我々の捜索隊がイースター島で発見した石板と、ナーカル碑文や

トロアノ絵文書を付き合わせ分析した結果、彼らは次元を跳躍して存在する超国家でありまして…


「もうよい。」

ヒトラーは手を振って説明を遮った。

「その海に没したムゥ帝国とやらが存在するとして、何のため今現れたのだ。」

「彼らは資源を求めて現れたと私は確信しています。」

ジーヴァスはきっぱりと言った。

「資源とは何だ。油か?鉄か?アルミや天然ゴムか?」

ジーヴァスは首を横に振った。

「彼らの文明は我々の文明とは根幹から異なります。」

ヒトラーは脳の半分が彼らの話を否定し、もう半分がどうやって利用しようかと思考しているのを第三者的に感じていた。

「では何なのだね、ジーヴァス君。」

「彼らの文明は物質科学ではなく、魔法とでもいうような力を基幹としています。」

ヒトラーは黙って聞いていた。


「彼らにとっての資源は、人間の血液です。彼らはそれを加工しガソリンのように消費します。」


ブロンディはヒトラーの足元で低く唸り続けていた。


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