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バーニング・レッドサン  作者: 菊田よしお
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1.太平洋戦線(4)

6.零戦


昭和20年8月15日

ハワイ王国 日本海軍真珠湾根拠地上空


カネオヘ飛行場から飛び立った市川少尉は真珠湾上空を飛行していた。

発動機は快調に回り、機体のどこにも異常は無い。だが、その機体は彼の愛機、雷電ではなかった。

彼と彼の仲間達は空襲の最中懸命に雷電を発進させようと努力はしたが、それは徒労に終わった。

彼の隊の雷電は竜の放つ光弾と火球で発進前に全て破壊されてしまっていた。


彼が乗っているのは飛行場の片隅で練習機材にされていた旧式の零戦二一型だった。

防水カバーが中途半端に掛けられ、雷電隊と離れた場所に駐機されていたせいか攻撃目標とならなかったようだ。


クソ翼竜どもめ、どこ行きやがった。

市川は周囲を見回す。気が立っていた。やられっぱなしじゃ気がすまない。

真珠湾から幾条もの黒煙が上がっているのが見えた。粗方攻撃は終わったようで三々五々敵が引き上げていく。

その場にいたのは市川の零戦一機だけだ。引き上げていく最中とはいえ、ど真ん中に突っ込むのは少々厳しい。

戦力差を確認してしまうと、急速に怒気が納まり頭の芯が冷えていく。


よぅし、あの端のやつをやるか。市川は攻撃すべき相手を見定めた。

高度2800m、左前方下方に二匹の竜がいた。背中を向けていてこちらに気づいていない。

機銃の安全装置を解除する。素早く前後左右を見回すと機を旋回させ、真後ろから接近、直上で機を反転、急降下させた。

一気に距離をつめる。彼我は200m、照準器の真ん中に先頭の竜を捉える。

左手の発射レバーを絞り込む。

照準器の中で竜のパイロットがこちらを向く。

今頃気づいても遅い。機首の7.7ミリ機銃から発射された銃弾が赤い尾を引きながら竜の翼の付け根に吸い込まれる。


だが、それは竜をよろめかせるだけだった。

胴体に当たった機銃弾は弾かれている様だ。生き物のくせに機銃を弾くとは、と一瞬だけ思考すると市川は左手の親指でスロットルレバーの頂部に設置された切り替えスイッチを操作する。

射撃を7.7ミリと20ミリの同時発射に切り替えた。

竜の姿が照準環一杯に広がり、両方の翼に白でペイントされた八つの頂点を持つ星の中に十字を描いたマークが見えた。

再びごく僅かな間だけ引き金を引く。同時に機首の7.7ミリ機銃とともに両翼の九九式一号機銃が轟音を上げ、20ミリ機銃弾が発射される。

四本の火線は的確に竜の翼と胴体に命中した。

左翼を吹き飛ばされた翼竜はパイロットとともに錐揉み状態で落下していく。


市川は狼狽する残りの竜の鼻面を掠めながら機体を左旋回に持っていく。

後ろを振り向くと竜は追随してくる。

仲間をやられて奴も頭にきてるだろな。

市川はスロットルを僅かに絞りつつ、フラップを全開にする。同時に操縦桿を両手で思い切り自分へ引き寄せた。

竜の背後を取るべく、零戦は鋭い角度で弧を描いた。

竜もまた鋭い旋回で零戦を追う。


「付いて来られるのか!」

少なくとも零戦並みの旋回性能、ではこれなら?

市川は今度はスロットルを全開にしてそのまま上昇に移る。

同じく上昇に移った竜は羽ばたきの回数を増して追い縋るが、追いつけていない。零戦に向け疎らに光弾を放つが弾は明後日の方向に飛んでいく。

市川は竜との高度差を広げつつ上昇、機体を反転降下させ機首を竜に向ける。

正対した状態で発射レバーを短く引き絞り、機銃を放つ。

その瞬間、竜は翼を一気に広げると急角度で変針した。機銃弾はむなしく空を切る。


市川は更に機を降下させ、一気に竜と距離をとる。

直角に曲がるたぁ驚いたぜ、巴戦じゃちと苦労するな。後ろを振り向き竜の様子を見つつ思う。

竜は回避時の急角度変針で速度を失っているため、降下に移っていても未だ市川に追いついていなかった。

素早く首を回し周囲を確認するが、他の竜はいない。


再び巴戦を挑まんと機首を回す。

だが、竜は背を向け既に退避に移っているようだった。


諦めたか。20ミリがまだ残ってても敵がいなきゃしょうがネェ。

20ミリが効いて1匹撃墜。一先ず勝ちだ。しかし7.7ミリが弾かれ、零戦と同等以上の旋回性能。上昇力は大した事は無いが。不利ではないが簡単な相手でもない。

市川はそう考えていた。

無線機からは相変わらず混乱した通信しか入らない。

無線通信を諦めた市川は一先ず湾内を確認するため機体を真珠湾に向けた。


見下ろす光景は酷いものだった。

市川は良く見ようと風防を開けた。上空にもかかわらず黒煙とオイルの臭いが鼻を刺した。


<山城>は横転し、赤い腹を晒していた。<扶桑>は浮かんでいたが、盛大に赤黒い煙を吐いていた。煙の合間から見える前檣楼は中ほどから千切れている。

<榛名>も黒煙を吐きながら着底しているようだ。甲板が海水に洗われている。

<日向>は艦上で大火災が発生している。艦橋構造物全てが炎で覆われていた。

黒煙の中から<カラカウア>の艦首と艦尾がありえない方向に突き出している。艦体が真っ二つなのは間違いない。

<陸奥>は三番砲塔が誘爆したのか艦上構造物が吹き飛び、離れた場所に艦尾が浮いている。

<POW>は損害が少なそうだが、それでも傾斜し黒煙を吐いている。

ドック内の<長門>も無傷では済まない様だ。高角砲座が吹き飛び、マストが捻じ曲がっている。

曳船や雑役船が燃え盛る戦艦たちに懸命に放水していた。


湾のすぐそばの飛行場では航空隊がスクラップの山に変わっている。

滑走路は穴だらけでとても発着できる有様ではない。

工場や燃料タンクの損害が少なそうなのは不幸中の幸いだろう。


「こりゃ、まずいぞ。」

思わず声が漏れた。

市川は自らの勝利に酔う事も無いまま、敗北の焦燥に襲われていた。



7.連合艦隊司令長官


昭和20年8月15日

日本 横須賀市 連合艦隊司令部庁舎四階長官室


空気調和装置が冷風を吹き出しているとはいえ、室内はやや蒸し暑かった。

海軍大将豊田副武は麻製の二種軍装の上衣をポールハンガーに掛けると、自らの席に着く。黒檀製の広いデスクに肘を置くと壁面に掛けられた世界地図が視界に入った。

地図上には何本ものピンが立てられていた。ピンは日本本土、トラック、クェゼリン、シンガポール、セイロン、ハワイ、バンクーバーに立てられている。

特に日本本土とセイロン、ハワイにピンは集中していた。

日本海軍は世界の半分に艦隊を派遣し続けている。休戦によって作戦範囲が縮小していながら、だ。

その艦隊のトップたる連合艦隊司令長官を豊田は既に二年近く務めている。何も無ければもうじき退任となるはずだ。既に軍令部総長のポストが内定している。

先々は海軍大臣に就任することすら十分現実的な将来であった。

ちなみに前任の山本五十六大将は第二次大戦の勃発という特殊な事情によってこの激務を39年から43年まで四年務めていたが、休戦後に第一戦隊旗艦に置かれていた連合艦隊司令部を陸上に移すという現実に即した改革を行った後に退任した。


突如、乱暴な靴音と共にドアが開く。

「長官!」

入ってきたのは参謀長の草鹿龍之介中将だ。

「なんだね。君、ノックぐらいせんか。」

豊田は不機嫌そうに応じた。同時に思う。普段泰然とした草鹿がこれ程慌てるとは余程の事だ、と。

「ハワイです。ハワイがやられました。」

「独逸か?合衆国か?」

太平洋の根拠地を叩ける国家は地球上に三つしかなかった。

英国、合衆国、独逸。

独逸に押し捲られている英国が日英同盟を破棄してまでハワイを叩く意味は無い。

合衆国は独逸と並ぶ仮想敵国ではあるが独逸があからさまに北米で軍事作戦を企図している最中にこちらに手を出す余裕など無いはずだ。予防攻撃という線は無くは無いが可能性は低い。

独逸が最も可能性は高い。であれば北米侵攻と同時の筈だった。得意の潜水艦隊でハワイを叩き、北米での時間を稼ぐ筈。


「現時点では敵は不明。空襲により戦艦三隻が沈没、二隻大破、一隻中破、王国海軍の<カラカウア>が沈没、英海軍の<プリンス・オブ・ウェールズ>が大破。その他在泊艦艇、航空隊に損害が出ております。」

「不明?宣戦布告は無いのか?第一艦隊は壊滅じゃないか。」

豊田は背中がじっとりと汗ばむのを感じた。決して部屋が蒸し暑いからではなかった。寧ろ寒気すら感じていた。

「空襲なら空母か重爆か?どっちなんだ?」

豊田の問いに草鹿は口篭りながら答える。

「…それが、現地部隊は竜にやられたと言っとります。」

「何を言ってる?どういう意味だ?」

「電送されてきた写真を見てください。」

草鹿は書類挟みから数枚の写真を引き抜き豊田に差し出した。

若干不鮮明ながら、燃える戦艦と上空を飛び交う航空機とは明らかに違うシルエットを持つものが写っていた。

「信じられん。竜のような形の爆撃機…独逸の謀略か?本当に竜だとしたらどこから飛んできた?とにかく情報が欲しい。第一艦隊の南雲君はどうした?」

「旗艦の<陸奥>がやられています。生死は不明。第一艦隊司令部とも連絡が取れません。」

「次席の指揮官は?」

「第二機動艦隊の山口です。ハワイ近海で演習中であります。」

豊田はポケットからハンカチを取り出し額をぬぐった。


「すぐに反撃の指示を出せ。とにかく反撃して正体を突き止めろ。」



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