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バーニング・レッドサン  作者: 菊田よしお
2/5

1.太平洋戦線(2)

2.戦艦たち


「その日」 早朝

ハワイ 真珠湾


そこには八隻の戦艦が存在していた。

主力の座を空母に明け渡しつつあったが、その八隻が未だこの太平洋で有力な存在であることに変わりはなかった。

湾内には八隻の戦艦とともに大小様々な艦艇が在泊していた。

巨大な軍港施設、航空基地群、多数の沿岸砲台、防空施設。


ハワイ王国 オアフ島 真珠湾


ここ真珠湾軍港は、大日本帝国が自国以外に持つ最大の軍事拠点であった。


昭和20年8月15日、澄み切った晴天の下、真珠湾には六隻の帝国海軍戦艦と二隻の同盟国海軍戦艦が在泊していた。


戦艦<扶桑>と<山城>。

初の国産超弩級戦艦であるこの姉妹は、それぞれ大正4年と6年に竣工し些か旧式の部類に入る。

第二次大戦が起こらなければ、既に退役しているはずだった。。

しかし旧式といえど近代化改装を繰り返し、ベテランの乗組員と追加された電測兵器によって繰り出される35.6サンチ砲12門の破壊力は無視すべからざる力を持ち続けている。

このままならば数年内に退役、もしくは他国への供与が予定されていたが、各種観測機器を追加装備した高い鐘楼をもったその姿は凶悪な魅力を放ちつつ太平洋に存在している。


金剛型四姉妹のうちの一艦、<榛名>。

第一次大戦では四姉妹そろってジュットランド海戦に参加し、ロイアルネイヴィーの危機を救った。

先の第二次大戦でも同じく姉妹そろって遣欧艦隊に参加し、傷を負いつつも英本土脱出作戦を支援した武勲艦達。

建造時期は<扶桑>型よりも古く、やはりすでに旧式化していたが、30ノットの速力と35.6サンチ砲8門の攻撃力を持った宝石よりも貴重な姉妹たちであることに変わりはなかった。

同型艦の<比叡>と<霧島>は近代化改装時に新式の方位盤搭載のため<大和>型と同じような塔型艦橋に改装されたが、<榛名>はそこまで変容してはいない。改装時期が早かったためだ。


戦艦<日向>。

38.1サンチ砲を連装で四基8門装備し、28ノットの速力を発揮する<伊勢>、<日向>姉妹はともに英国生まれである。

この姉妹は第一次大戦ではそれぞれ<エジンコート>、<エリン>として英国人によって運用され、ロイアル・ネイヴィーの一員として戦った。

当初の扶桑型の運用実績の悪さから改扶桑型としてではなく<クイーン・エリザベス>級戦艦の6・7番艦として生まれた。

建造費の8割を日本が負担し、戦時中は英国が運用するという協定の元、日本海軍は世界最強の高速戦艦を格安で手に入れた。

この姉妹もまた艦首艦尾の延長から機関の入れ替え、日本式のパゴダマスト化まで、度重なる近代化改装によって英国にいる姉妹とは大きく姿を(そして性能も)変えている。

<伊勢>は日本本土でドック入りしており、整備が終わり次第<日向>と交代する予定だ。


そして<長門>と<陸奥>。

完成当時、世界最大最強、八八艦隊計画艦の鏑矢として生まれた姉妹である。

八八艦隊計画自体は続く<加賀>型までしか建造されなかったものの、長らく連合艦隊主力として第一線にあり続け国民に親しまれている。

8門の41サンチ砲とそれに対応した重防御、25ノットの高速力は後に生まれた金剛代艦<高千穂>型や46サンチ砲を備えた<大和>型等の新戦艦に比べればやや見劣りはするが、その力が失われた訳ではない。


六隻の日本戦艦のうち長門のみ整備のためドックに入渠していたが、他の五隻と標的艦として運用されていた<摂津>は四隻ずつ二列になって真珠湾に投錨していた。

その投錨地から少し離れたところに日本戦艦とはまた趣の違う二隻の戦艦が投錨していた。


一隻は英海軍KGⅤ級の<プリンス・オブ・ウェールズ>。

彼女は先日、日本本土からやってきたばかりだった。ピカピカの艤装品と塗りたてのペンキでまるで新品のようだった。

第二次大戦では建造途中で独軍の英本土上陸作戦に遭遇し未成のまま英本土を脱出、独軍の空襲により損傷しつつもカナダへと逃れた。

合衆国において残工事を行う予定であったが合衆国政府の戦争不干渉方針により寄港拒否。

遥か日本本土まで回航され残工事を行なった。

当初計画では主砲は35.6センチ四連装二基、連装一基の10門の予定であった。

しかし、A砲塔はスツーカの500kg爆弾によって砲身すべてを圧し折られ、BとX砲塔はそもそも取り付けすらされていなかった。

一時は空母改装も計画されるも工期の割りに中途半端な性能としかならず、戦艦として工事が続けられた。

在庫の関係から主砲は<伊勢>型の38.1サンチ砲を改造して搭載、三連装二基、連装一基の8門を装備している。

2年近くのドック入りによって、日本到着時の主砲を圧し折られ、あちこちに破口を生じさせた錆だらけの無残な姿では既に無い。


もう一隻は戦艦<カラカウア>、ハワイ王国の戦艦だ。

主砲は45口径30.5サンチ砲連装四基8門を装備、23ノットの速力を発揮する。

元は日本で建造された弩級戦艦<河内>である。かつては2万トンの艦体に主砲として30.5サンチ砲を連装六基12門搭載していた。

しかしその30.5サンチ砲は50口径と45口径の2種の砲の混積であった。当然だが口径が違えば性能も違う。

性能が違えば統一射撃指揮は出来ない。そのため日本海軍では装薬量を変え、わざわざ50口径砲の初速を45口径砲にあわせて運用していた。

失敗作ではあったが、ただでくれるというなら、と明治時代から日本と親交のあるハワイ王国が受け取った一品だ。

供与時に1番と6番の50口径砲塔は撤去され、かわりに舷側に搭載されていた4番5番砲塔が1番6番の位置に設置されている。

主砲撤去と大型化した艦橋、集合煙突によって日本海軍時代とはかなり異なった外観だ。

おなじく真珠湾にいる標的艦<摂津>とは同型であるが、まったく違う艦様である。


これら八隻の戦艦以外にも巡洋艦、駆逐艦、補助艦艇が真珠湾にはひしめいていた。

その日、真珠湾は晴れていた。艦上では朝から通常業務が行われているが概ね平穏であった。

予定では昼ごろに、近海にいる第二機動艦隊が軍港を空襲する演習が行われるはずである。


入渠中の<長門>に代わり第一艦隊旗艦となっている<陸奥>の艦橋では司令長官の南雲忠一中将が演習の様子を確認すべく、参謀長高柳儀八少将と打ち合わせを行っていた。

参謀や士官が艦橋を出入りする中、陸上の電探基地より報告が入る。

「オパナの14号電探より報告です。電探上に機影を探知。距離400、高度2000、数200、オアフ島に接近しつつあり。」


報告を聞いた南雲は海図台に広げられたオアフ近辺の図を見ながら言った。

「200とはずいぶん奮発したな。山口君やる気だね。」

高柳参謀長が答える。

「久々の演習ですからね。ここぞとばかりに飛行機を飛ばしたいのでしょう。」

しかし、と続ける。

「チト予定時刻より早いですな。兵に時間は知らせておりませんが、我々には時間くらい報告しておくべきでは?」

「まぁ良いじゃないか。やる気のあるのは良い事だよ。」


南雲は思った。あと一時間程度でこちらに来る。

戦艦を空母で叩くか。俺が海軍に入ったころとはずいぶんと時代が変わってしまった。


タラントで英国と一緒にやったときのことを思い出す。

あの時はイラストリアスと赤城、龍驤の3バイだった。ヴェネト以外の戦艦は皆沈めることが出来た。

リットリオとカイオ・ドゥイリオは復旧されたようだが、他はまだ沈んだままらしい。

もし、あのとき英本土方面にいた二航戦と機関故障で参加できなかった天城がいたならば。

完膚なきまでにイタリア戦艦を叩くことができたのかも。

いや、独軍がビスマルクを餌に英本国艦隊を釣り出し消耗させた時、第一航空艦隊の空母六隻が北海にあれば独海軍を叩き潰し、英本土を失わずに済んでいたのかも。

無論それが叶わなかった理由は知っている。

地中海、英本土、インド洋と兵力は分散していたし、日本海軍には各地に十分な戦力を振り向ける力がなかったからだ。

そんなことは知っている。もう5年も前にわかっとる事じゃないか。


南雲は頭の中に渦巻く後ろめたさのような感情を振り払った。

演習とはいえ落ち着かん。

あの時、タラントのイタリア艦隊司令官もこんな気持ちだったのだろうか。

ふと、そんな思いが頭の中に浮かんでいた。



3.理髪店


同時刻

ハワイ ホノルル市街


「おいタカハシ、最近の商売のほうはどうなんだい?」

店に入ってきた老人は店主の高橋翔吉に気さくに話しかけた。


「どうもこうも、変わらないね。戦争が終わってからこっち、兵隊さんは少し減ったけどお客さんはこの辺の人ばかりだからね。」

剃刀を研いでいた手を止め、老人に向けて答える。

「でもこないだ軍艦がいっぱい港に入ったというじゃないか。」

「来たけどすぐに出て行っちゃったよ。アメリカのほうに行ったんじゃぁないのかな。」

「やっぱりドイツか。最近妙に漁船や貨物船が行方不明になるし。きっとドイツだ。またやらかす気だよ。」

老人は散髪椅子に掛けながら言った。

「ドイツの仕業ならちょいと遠すぎるだろ。ここは太平洋だぜ。」

「そりゃそうだが…。ドイツ人なら何でもやるよ。あいつら勤勉だから。ワシャ前の前の戦争であいつらの勤勉さには辟易したよ。」

またその話か…高橋もいつもの話に辟易していたが、表情には出さなかった。


「そんなことよりあんたはあのでかい鳥ってのは見たのかい?」

話題を変える。この老人の欧州での戦争の話は始まると長い。

「見とらんね。友達は何人か見たようだが。」

「どんなやつなんだい?町じゃ噂ばかりでどうもはっきりしない。」


「10メートルくらいあるでっかい鳥、というか恐竜みたいなやつだったらしいぞ。」

「ほんとかいそれは。」

高橋は蒸しタオルを保温庫から取り出しつつ言った。

「ウソじゃないぞ。あいつは目がいいんだ。フランスでも遠くのドイツ人を良く見つけてた。」

「でも恐竜なんてもういないだろ。みんな死んじまった筈だよ。」

「それはそうかもしれんが…どっかで生きてたのかも。」

それに、と老人は続ける。

「人が乗ってたと言うとった。」

眉唾だな。高橋は思った。

きっと酒でも飲んでたんだ。もしくは爺さんの友達だから少し呆けちまってるのかも。

そうに違いない。


その時だった。

店の外が急に騒がしくなり、町行く人はみな空を見上げている。


「急になんだい。火事かね。」

老人は座った椅子から身を捩って外を見た。

ちょっと見てくるよ、と言って高橋は店の外に出た。

近くの火事じゃなければ良いんだが、と思いつつ外を見回す。


それ、はすぐに視界に入ってきた。

町の上を低空で飛ぶ翼竜。

それには確かに人が乗っていた。

空を埋め尽くさんとするそれは綺麗な編隊を組んで西の軍港の方へ向かっている。


爆発音。


軍港から黒煙が上がる。

最初にひとつ、そして次々に。


「えらいことになった。」

誰に言うともなく高橋は洩らした。

思考は妙に冷静だった。目の前の現実が少々強烈に過ぎたのか。

恐竜に空襲されるなんて、はたして現実なのかしらん。



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