ちゃぷ5
「こ、ここは……」
思わず、驚嘆してしまった。
視界いっぱいに高く聳える、宮殿のようなどこか。薄い霧、鬱蒼とした山々の背景。お化け屋敷のような雰囲気だ。
───わたしたちはどこまで来てるんでしょうか。
(十何年間住んできて、長いとは言いませんが相当色んなところを見て回ってきたはずです……ですがこんなところがあったなんて)
「うちが見つけた例のところだよ。ここなら十分スペースあるやろうし」
大きな庭を横切って、第二の岩門をくぐると見えてくる。大きな噴水の上に掲げられた錆びた看板───「カオ=クフホテル」。
「これを……お前が買収したのか!?」
いりあが目を大きく見開く。わたしも同じことを思っていた。
「……そう言われると、すこし語弊があるかもしれへんな。『一部の所有許可を持った』それか『貸切にしてもらった』と言うべきか」
「それ、いくらくらいしたんですか?」
恐る恐る聞いてみた。
ありんはしばらくの間無言でわたしを見つめ、それからすっと手を出した。
「「二?」」
「にに二億!?それともに…二兆ですか!?」
そんな大金をどこで。
「んなわけねぇだろ、どうせ金貨二枚とかだろ?」りくが両手でお金のポーズをする。
「バカ?そんなわけないでしょ!うちのヴァイオリンで何千万だよ!?」あすくがつっこむ。
!?!?さらっと明かされた事実。今度は全員の目線があすくに集まった。あすくって実は……
「お前って、もしかして貴族??」
「ちーがーう。趣味なの、趣味!」
「趣味の範疇じゃねぇよ。くそぉ、羨ましい」
「……正解」
「「え」」
ありんがぼそっとそう言って、りくを指さした。りくはもちろん、「えっ、俺!?」という顔をしている。
「そう、金貨二枚」
───ええええええええええっっっっ!?!?!?
つまり、こういうことらしい。
ありんはこの一ヶ月間、暇あればあちこちを廻っていた。
そして散歩の途中で見つけた良さそうな建物に入って、そこの所有者にこう聞く。
『あの、金貨二枚で七人分の部屋用意して貰えませんか』────
りく「……それでよくこんなところを見つけたよな…」
あや「ですね……」
ありん「大体は拒否されて、一部だけ頷いてくれた」
こまち「っていうことは、他にもあったの?」
ありん「ある、けど、ない」
「…………は?」
外の怖い様相に対して、内部はガラッと変わって落ち着いた雰囲気だった。明るい。積み上げたような石壁、天井の高い渡り廊下が、四方八方に繋がっている。ロウソクが所々にある石像───(なんとも言えない形をしていますが、なにかの象徴なんでしょう)───の上に載せられて灯されている。
「俺たちはちなみに今……どこに向かってるんだ?」
「……すぐつく」
「普通に答えりゃいいだろ…」
「楽しみだわ〜♪」「そうだねー♡」あすくがこまちと手を繋いで楽しそうにスキップしている。
道中みんな静かだった。バラバラな足音だけがホール内に響き渡る。時々、先頭にいるありんが足をとめて、みんなが揃って転びそうになった。
「っあっぶねぇな!お前どこにめぇついてんだよ、おい!」
「りく殿、よせ」といりあ。
「こーら、すぐ暴言を吐かないの!」とあすくがりくの腰を抓る。
「痛っ!!不意打ちはなしだろ!」
「気配くらい感じるだろう」
「はいはい、姉ちゃんよぉ」「絶対無理。あんたのおねーちゃんにだけはなりたくない」「じゃあ注意すんなよ」と口喧嘩が続く。確かに、思春期の姉弟っぽい。
なんなら、わたしたち全員で家族と言っても……
そうしたら、とほ君はお兄ちゃんで、ありんさんとあすくさんはお姉ちゃん。こまちちゃんが妹で、いりあさんはお母さん。りくがお父さ……
───やめておこう。
「りくの言葉は気にしないでね。しんは優しいから」とほが苦笑いする。
「うん、充分わかってる。───それより見て欲しい。ここ」
「「……!」」
ついに着きましたか。
アーチ状の格子ガラス張り。上を見上げても限りが見えない。どこからか日が差してきて部屋からわたしたちと廊下の絨毯床まで暖かに照らす。
そしてその部屋の中身は……
「あれって……」
こまちがそのガラスに触れると、地面が揺れ始め、左右にずれていった。門が開く。戸惑いつつ、とっくに中へ入っていったありんに駆け足で追いつく。
視界いっぱいに広がる、様々な木々や草花が生い茂る。ハート型に編まれたツタに、噴水に浮く花びら。時たま、目の前を色鮮やかな蝶がヒラヒラ通る。
「「─────植物園?」」
「そう、ずっと見てみたかったんや。……お花が素敵」
ありんがうっとりした顔で、あちこちをくるくるまわる。それをみて、こまちもはしゃぐ。「ほぉ」といりあが目を見開く。
「…………」
───ありんの意外すぎる、乙女心。
「あいつ……他を全部捨ててわざわざここにしたのって、まさか───これのため?」りくがポカーンとする。
「そうっぽいね。───りく良かったね、推しが増えたようで」
「おー確かに。おめでとうございます」とりあえず乗ってみた。
「っ!……うっせえなぁ。ってかさ、すごい思ったんだよな。あいつ───よくこんなとこ見つけたよな」
「「……確かに」」とほ君、あすくさんとわたしの声が重なる。
いりあさんが冗談めいて「まるで現地の人のようだな」と言うのを聞いて、わたしは振り返って「まさか〜」と笑った。
✳✳✳
りく「でもさすがにコイン二枚で済まねぇだろ。」
いりあ「わかったぞ。完全にわかってしまったぞ……!!これは宿主による企……」
ありん「代わりに仕事せなあかんみたい」
いりあ(無視はひどくあるまいか!?)
あすく「例えばどんなの?お店の経営とかならやってみたいなぁ」
りく「それは無理だろ。あってバイトくらいっしょ」
とほ「そうだねぇ、やるなら僕は防衛がやってみたいな」
あや「とほ君そういうの得意そうですもんね」
りく「ひとつ聞いていいか?こんなおんぼろな城塞に攻めるアホいるか?人も住んでねぇのに」
ほかの全員「……たしかに」
ありん「頼まれた仕事はひとつ────部下の世話と管理を助けて欲しい、らしい……」
あや「……人、いるんですね」
りく「そういう問題じゃねぇよ」
✳✳✳✳✳
(あやの家の中。あやの特訓中)
りく「なんの教科から教えりゃいいんだよ」
とほ「一番点数が悪いものから順にやろう。」
あすく「あやちゃん、なんの教科が一番苦手?」
あや「えっと……どれも苦手ですが、特に───」
あすく/いりあ「特に……?」
あや「……この街についての───地理と」
────無理だ。
りく「お前ここに住んでるんだからそれくらいわかれよ」
とほ「まぁまぁ人によって得意不得意あるし。地理ならまずは暗記をしよう。えーと……この教科書を使ってるのかな?すこし見させてもらうね……ん?」
《ページの間から、次々とゼロ点のチェックシートが発掘される》
あや「す、すみません……体育が苦手で…学校で『赤点女王』以外に『バカ姫』とか『団子の神』ってバカにされるんです。ひどいですよね……」
────普通に称号のレベルが高いな。
あや「あ、でも裁縫とか、お菓子作りならそれなりに自信ありますよ!……見てください!ベッドの上のぬいぐるみ、わたしの手作りなんです!どうですか?」
あすく「わぁ〜(興奮してるあやちゃんが)可愛い〜!!すごいね。手先が器用なんだね」
あや「ありがとうございます!あ、いまキッチンで焼いてるクッキーが出来上がったと思います!皆さんぜひお召し上がりください!!(誰かに自慢できるって楽しい〜♪)」
《結局勉強できず、クッキータイムがすぎてゆき、ついに夜》
あや「りく、『頼まれていた』勉強スケジュール、書き終わらせましたよ」
りく「いや、お前自分のだからな?……はいはい仕方ねぇな、見てやるよ。」
あや「ありがとうございます」
『11:00起きる』
────遅っ。
『12:00〜13:00トイレ』
────トイレ長!
『そこから特訓してもらう』『14:00勉強終わり』
────??
『25:00まで遊ぶ』
『36:00まで読書と就寝』
りく「………………」
あや「ど、どうなんですか?」
りく「………………一日に三十六時間もねぇよ」