ちゃぷ3
ちゃぷ3
おかしい……。
なぜそうなるんですか。
これでは……夜寝れるわけないです……。
わたしの部屋は今日限り(であればうれしいのだが)四人部屋だ。ありんさん、あすくさん、こまちさん、それからわたし。
女の子はみんなこういうの好きなのかな。
観光も、勉強も、トイレまで一緒に行こ、となる。わたしが変なのだろうか、あまり気乗りしないのです。
「明日の特訓、楽しみ?」
同じベッドに寝たいと言って、布団を敷いて寝っ転がるこまちとあすく。あすくが、こまちを抱き枕のように抱いて、それ越しにわたしに話しかけてきた。
ありんは、というと、一人で何かを考えているのか、腕を組んでガラス窓の外を見つめている。
ボサボサの髪と姿がかっこいいな。
わたしは「全く楽しみじゃないです」と言いかけて、それでは失礼だと思って、口を噤んだ。それから、なんでもありません、と言って背中を向けた。
心の中で、何回も何回もごめんなさいごめんなさい、と謝った。
くすっと笑うあすく。
「気持ちはわかるよ。別にいいたいことがあるなら、我慢しなくていいんだよ?」
「あやちゃんは溜めすぎ」こまちがぼそっと呟く。起きていたんだ。
特訓。
算数、国語、えいご、化学、歴史、様々。
受けたくない。受けたくないが、そもそも赤点をとっているわたしが悪いんだし、とほ君やあすくさんに優しくされて、思わず「みんなに教わるなら、うれしいなぁ」と言ってしまったし。
これは後に引けない。が、そんな重荷を明日に背負って、ぐっすりと眠れるはずもない。怒られないよね。でもそれを受けてなお、もし悪い点数をとったら……
「次は二十点超えれるようにしようね」
「に、二十点は行けますよっ」
「言ったなぁ?」
お腹をつんつん突っついてくるこまち。
夜──と言っても、もうそろそろ朝…というか、もう朝なのかな。わかんない。頭はスッキリ覚めていても、身体は相当お疲れのようだった。
窓際に、未だ身軽そうにたっているありん。
何を、考えているんだろう。
寝ないのかな。わたしとあすくさんも含めて。
「あ、こまちちゃん、寝ましたね」
「ほんとですね。寝顔可愛いなぁ…」
ちなみに、男子のメンツ(+いりあさん)はリビングで寝ていたり、屋根の上で寝ていたり、バラバラだ。まだ、お互い慣れていないのかな。…わたしも、完全に慣れてはいないし、まだまだ緊張が解れていないけど。
静かだ。
また、皆さんがわたしの家に来る前に戻った(と言ってもまだ出会って何時間しか経っていないけど)ような、静けさだ。
でも、少し違うような気もした。
もっとこう、なんというか。
その気持ちが行動に現れていたのか、あすくがそっと、わたしの背中を摩った。それから、突如に、
「あの角にある箱って、オルガンだよね」
「えっ、あ、はい。……どうかされましたか?」
「一曲弾いてもいい?」
「えっ!?」
すごく嬉しいが、それにとてもきいてみたいが、あまりにも突拍子もない質問に、わたしは慌ててしまった。
オルガン。ピアノ。今は亡き管理人さんのおじいさんが、いつも弾いていた。聞かせてくれた。ピアノってすごいなって思いました。
何時でも、それを聞くと落ち着くのだった。
「いいですが…こまちちゃんが…」
「大丈夫。聴きたい」
むにゃむにゃと、こまちがだいたいそんなことを言った。ありんを見る。こくりと頷いていた。結局、誰も寝ていないんだ……
さっそく、「それでは失礼しまーす」と起き上がり、カバーをそっととってピアノの前に座るあすく。
灰を、軽く払う。
オルガンの鍵盤に、指を当てる。
「あ、あの…」
声をかけようとしたわたしだが、こまちに口を抑えられた。
その後は、ほぼ、記憶がない。
夢の中で、誰なのか、優しい二人の人間に、抱かれたような気がしました。見覚えのあるような、ないような二人でした。
それ以外は覚えていない。
その、次の朝が特に衝撃的で、忘れもしない瞬間だったから、なのかもしれない。
朝、七時。
あすくさんはなんと───。
まだピアノを引き続けていた。ところどころ止まりつつも、引き続けていた。目は瞑って、うたた寝しながら。
あとから聞いた話だけど。
あの、何時間も続いたあすくさんの曲。
「汐ノ黎明狂想曲」というらしいです。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
朝。眩しい朝。
昨日しっかり閉めていたはずの窓が全開になっていて、カーテンが風なびくたびに躍る。
ありんさんはもうどこかに行ってしまったのか、部屋にはいなかった。窓から出ていったのかな。そんなことありますか。
こまちはまだぐっすり寝ていて、上半身を起こしてまじまじとあすくの演奏を聴くわたしの、太ももに両手を回している。ときどき「美味しそう…むにゃむにゃ」と寝言が聞こえてくるが、どんな夢を見ているのだろうか。
さすがにもう体力的に限界だったのか、あすくはメロディのテンポを崩して、座ったまま後ろに倒れ込んだ。
「あすくさん!!」
わたしは慌てて起き上がった。ついでにこまちも起こしてしまった。
だがわたしよりも早く、誰かが、気を失ったあすくを支えた。
速い。さっきまでドアは閉まっていたのに、いつの間にか。わたしからは背後しか見えないが、さすがに驚いてしまった。寝ぼけているのかわたしは、と目をこすってもう一度見る。間違いない。
昨日の、あいつだ。
意識はまだ少し残っていたのか、
「そると……聴いてくれてたのね。これで私も安心して成仏…痛ッ」
「ばかかお前は。死んでもねぇのに成仏のこと考えんな。」
そう、りくだった。
デコピンを食らわせ、「重っ」とわざとらしく喚きながら、あすくを抱き上げる。あ、これが伝説のお姫様抱っこ……。
昨日だったらおそらく、ひどっ、女の子になんてこと言うの、と反抗していただろうけど、今は精も根も尽き果てた様子で、あすくは頬を膨らました。
「あと、うるさい」
「??」
「僕は、平気だったけどね。りくって、屋根の上にいたんじゃなかったっけ」
部屋を覗くとほ。それをみて、こまちが「あっ、二人ともノックしないでプリンセス部屋に入った!」と言った。
プリンセス部屋って……。
「とほは引っ込んでろ。あのなぁ、う・る・さ・い・っつってんだろ」
「ちなみにどこら辺がですか?」
さすがにムッと来て、あすくの代わりにわたしが身を呈した。
すぐそばのリビングにいたとほ君も大丈夫だって言ってるのに。それに、わたしは普通にうるさくないと思った。むしろ、ずっと聞いていたいくらいだ。
「一回目のダ・カーポのとこだよ。シャープの強さが足りねぇ!!第五百二十小節はもっとアクセントがつくだろ。それくらいちゃんと弾けよ!弾くなら!」
あ、そっちですか…………。
「だかぽ?……」「第五百…?」と頭にハテナを浮かべるわたしとこまち。全く分からない。音楽用語なのかな。いかにもそれっぽい。
わたしもそんなふうに、指摘をしてみたかった。
そのどこが「うるさい」の表現に繋がるのかは全く分からなかったが、それを聴いてあすくが完全に目が覚めたような表情をして、りくを見つめたことには変わりはない。
「なんでそれを……」
「いや、俺…」
「この曲ずっと弾いてたからね」
りくが言いかけた言葉に繋げるようにして、とほが笑顔を浮かべて言った。
「……っ!!とほてめぇ……。だからなんなんだよ。好きで悪いかよ。俺はこの曲も、作曲者『アスク=フルコット』も好き……えっ、待てよ…………えっ!?!?」
あれこれ言うのがめんどくさくなったのか、いっそ言い切ろうと作者名を出したりくが、目を丸くする。おそるおそる、もうさすがに疲れて、静かな寝息を立てているあすくをみた。
アスク=フルコット。
振琴、あすく(あすくの本名)。
「待って待って!待て!おかしい!…何かが間違っている!いや、だって俺っ、もう、生まれた時から、じいちゃんが…書庫からとってきたって言って、ひいてくれてきたやつなんだぞ!?おまっ、こいつ何歳なんだよ!?」
「りくきゅん、まぁだ気づいてないの?あたしよりバカ?もしかして」
元気そうにベッドから飛び降りるこまち。
自分より馬鹿な人が現れて嬉しそうだった。───昨日から。
わたしが昨日、赤点テストを地下に捨ててたんです、と言って、点数を仕方なく報じた時、
『あ!あたしのほうが一点高い!』とテンションが高かったのを覚えている。
「は……?お、おい、とほなんか言えよ」
「んー、りくはそういうところあるよね。なんというか、肝心なところでちゃんと気づいてくれないというか」
「えっ」
わたしも正直、あまり現状が把握出来ていなかった。そう、どちらかと言うと、りく寄りの気持ちだった。
あすくさんが作った曲。
それをりくのおじいちゃんが弾いてくれてたという。
その間に嘘が一つもないとする(しかないが)と、 わたしの脳みそで考えつくのは二パターンだった。
一つが、あすくさんが本当にその年齢で、色んな世界から飛ばされてきたわけだから、不老不死のような能力を実は持っていた、という可能性。
だが何となく、それはない気がした。
昨日の会話をぼんやりと思い出す。
携帯とかいう薄っぺらいアイテムを使うと、それ一基で通信や交流、果てにソシャゲという遊戯もできるという。
だが、あすくさんの「ガラケー」は、機能はほとんど一緒とは言えども、こまちちゃんからすると古いもので、「ラ・フランス」という機種のほうが様々なことができるらしい。
それから、りくの昨日の様子を見ると、もっといいものを持っているみたいだ。
実際、どれも共通して────なにかしらの力がなければ動かないらしいが。
そとから、商いの準備の雑音や、子供のはしゃぐ声が聞こえて来た。
それっきり、だれもその話題については触れなかった。りくも聞かなかった。わかりきってはいないが、心がそれなりにスッキリしたから、なのかもしれない。
もしかして、わたしたちは違う世界から集まってきた(わたし、あやはその場にとどまったと考える)だけでなく……。
────『違う時代から、集まってきたのかもしれない』
とほが、一番最初に口を開いた。
「さて、こんな話より。昨日はバタバタしちゃったから、まだ家の外には出ていなかったね。せっかくだし、みんなで一度散策しようよ」
「賛成!!」
こまちが両手をあげて行きたいアピールをする。
「俺も問題ねぇ。しかも昨日はあのボロ屋根が堅くて体がスッキリしてないからな。仕方ねぇな、ついて行ってやるよ」
「それは屋根の上で寝る人が悪いね。……あやちゃんも平気?さっきからなんか元気なさそうだけど」
「あ、え。大丈夫ですよ、ただ……」
目をそらして、ガラ開きの窓を見た。
だがわたしが何を心配しているのかが、すべて見透かされていたのか、りくに、
「ありんのやつなら心配ねぇだろ。あとあすくはベッドにでも寝かせたげたら?紙切れでも残しときゃ気づいてくれるだろ。いりあの奴は……そういや見てねぇな。まああいつの妖刀でどうにかなるだろ。いつかあれと戦うと考えると腕が鳴るぜ」
「戦うなら誰もいない所で。わたしが保護者です」
「小学校の運動会かよ」
なんでわかったんだろ。わたしが心配していることが。
あ、いりあさんのこと、忘れていた。
確か、一回帰ってきたんでしたっけ。またどこかに行ってしまったのかな。
「…でもあすくさんを一人家に置きっぱなしにしちゃって大丈夫なんでしょうか。基本泥棒は入らないとは思いますが……」
「あやって、真面目に話してそうで恐ろしいことを言うよな。あすくは財布か。……まぁ、心配するなら、俺の魔術で……」
「悪意特化、四季障壁、春望。……あやちゃん、あすくちゃんの体に防壁貼っておいたから、心配することないよ」
「ありがとうございます」
りくが技を繰り広げる前に、とほが障壁を完成させた。
昨日の会話で、そういえば、とほ君が防御特化の魔術使いで、りくが操作特化と聞きました。
「さ、行こ」
「やったぁ♪とほきゅんかっこいい♡」
「あ、わたしも行きます」
ちょ、お前ら待てよ!!とほおめぇ勝手にでしゃばってんじゃねぇええ!───と怒鳴りながら、りくが後からついてきた。
商店街近くは、なかなかの賑わいだ。見ているだけでも活気着く。
「あやー、後でやる特訓、楽しみかー?」
「楽しみではありますけど、痛いので頭ポンポンしないでください」
そういうこという誰かさんがいると、溜めたやる気が消えるんです。
「まぁでも……」
「でも?」
わたしは少しみんなより何歩か先まで、タイルの上をスキップして、立ち止まり振り返った。
個性的な人ばかりだけど、みんな根はいい人。
なんだかカオスになっていきそうな感じ。
まだであって一日もないのに。
色んな「初めて」に触れました。
ゆっくり生活していく。スローライフというものでしょうか───そう、とても憧れていました。
でもでも。
「初めてこんな沢山の人に大切にされて……とても嬉しいです。本当に────ありがとうございます!!」
───こういうのも、楽しそうですね。
ちょうどその時、わたしの頭上を白い渡り鳥の群れが横切った。空から、雪のような羽根が舞い降りた。
✳✳✳
りく「おいあや、ひとつ質問するぞ。」
あや「え、道中ですか」
とほ「答えたらりくがなんでも買ってくれるらしいよ」
りく「おいとほおめぇ!まぁいいか、一個だけな。それでいいか?」
あや「はい!!」
りく「よし、じゃあ質問……ってなんでみんな満面の笑みなんだよ。俺なんかしたか?」
とほ「(ボソボソ)こまちゃん、さっきのって質問っていうよね」
こまち「うん、いう」
りく「……」
あや「りく〜」
りく「っ、なんだよ」
あや「全員分の朝ごはん、お願いね」
こまち/とほ「あやちゃん優しい……!!」
りく「どこがだ!!あやのやつが高級レストランを指さしてんの見えねーのか!!!」
✳✳✳✳✳
(その頃あやの家)
あすく「誰もいない……」
ありん「ここにいるよ」
あすく「えっ、どこ!?……(あっ、こんなとこに)ピアノの中?」
ありん「いやなんか、昨日夜あんま寝れへんかったから、身体縮小を使って寝床探してたら……鍵盤の隙間に挟まってもうて……でれへん…」
あすく「あっ、か、可愛い……!!」
ありん「………………。」
いりあ「我が(逃げて)きた!!もう(ここなら)大丈夫だ!我がやってやろう───!!」
ありん「助かる」(ありんに向けて刀を構える)
あすく「待って!今のありんが一番可愛いの!!」
ありん「待って!うちを斬るな!」