9話 疑いようもなくデート回
デート回です。
(…………これはデートではない)
土曜、午前十時。
晴夜の住む住宅街から少し離れた大型ショッピングモールにて、彼は店のベンチに座ってそう心中で呟いた。
ちなみに同行してきている星乃香は現在晴夜の居る服飾店の試着室の中だ。
彼女は昨日言った通り他所行きの服をここに来たときの一着しか持っていなかった。
なのでそれらを用意させるべく、朝一でショッピングモールに移動。問答無用で適当なアパレルショップに飛び込み、店員を捕まえて
「多少高くても良いので、彼女に似合うものをお願いします」
と説明して星乃香を差し出した。
晴夜は当然ながらファッションに対してさして造詣が深いわけではない。星乃香もその手のことに時間を使っている余裕は無かったとのこと。
つまるところお互い素人なわけで、ならば大人しくその手のプロに丸投げするのが妥当な一手だ。
店員は当初面食らっていたものの、プロ意識を発揮してか言われた通り星乃香を案内してくれた。
むしろ最後の方は目が輝いていたように思う。星乃香という極上の素材を前にして腕が鳴るとでも思ったのかもしれない。頼もしいことだ。
一方、対する星乃香は最後までどこか遠慮している様子だった。
店員に連れられる時も、『本当にいいのかな』と言いたげな態度で。
……それを見ていると、同行して良かったと思う。
もし彼女に行かせていれば、適当な量販店で一番安いセットを一つだけ買ってくることが容易に想像できたから。
そう、だから、これはデートではない。
父親に『楽しんで来い』と言われたことを意識などしていない。
やむを得ない同行であって、例えるならばそう、子供のお使いに付き合う姉兄のような……それは少々彼女に失礼か。
などと益体も無いことを考えていると、試着室の扉が開く音がする。
どうやら彼女……は主張をしないだろうから、店員のお眼鏡に合うコーディネートが見つかったらしい。星乃香が歩いてくる気配がする。
……さて。顔を上げる前に一つ確認しておこう。
ここでのお約束は、彼女の服装に目を奪われてしまってフリーズする自分──という流れだろう。だが分かっていてその流れに乗るほど晴夜は単純ではない。
あくまで余裕を見せつつ、かと言って褒めないのも失礼に当たるのでさりげなく称賛を口にすることにしよう。顔を上げつつもその流れを忘れないように
「……か」
普通に無理だった。何ならものすごい恥ずかしい感想が半分くらい出かけた。
彼女の装いは、ここに来た簡素な服とは一線を画す、装飾の多いガーリーなワンピーススタイル。
人形のような可愛らしさを演出しつつも子供らし過ぎず、ウエストをリボンで絞るタイプで彼女のスタイルの良さを際立たせている。
色素の薄いブラウンの髪に淡色の服装は非常に良くマッチしており、優しげな雰囲気と愛らしさが全身から溢れ出てくるようだ。
そんな文字通りの変装を果たした星乃香は、どうもカラフルな服を着ることに慣れない様子だ。顔を赤らめつつ、しきりに袖や裾をいじっている。
「……ど、どうで、しょう」
「…………その」
一方の晴夜も当初言おうとしていた言葉が完全に吹き飛んでしまい、二人して向かい合って固まるという大変間抜けな構図が出来上がった。
「や、やっぱり似合ってない!? 無理してる感出てない……?」
「大丈夫ですよ星乃香さん! これは完全に見惚れてるやつです!」
おい店員、貴様いつの間に星乃香と仲良くなった。
服飾店の店員は他人との距離を縮めるのが上手いそうだが、それにしたって限度があるだろう。客と店員の距離感ではない。
服を着せている間に余程有意義な交流をしたのか、店員が星乃香を全力で励ましている。
その店員がこちらを向く。『ほら、感想をどうぞ』とその顔に書いており、言う通りにするのは癪だが何も言わないわけにもいかない。
「……ああ。よく似合ってる」
「!」
結局、感想はひどくありきたりなものになってしまった。
「もう何着か用意しておくと良い。一着だけだと普段着るときにも困るだろ。……そういう訳で店員さん、お願いします」
「えっ、そんな──」
「了解です! 今のに勝るとも劣らないコーディネートを用意しましょう!」
晴夜の提案に星乃香が声を上げかけるが、それより早く店員が勢いよく星乃香を引っ張って試着室へと向かっていった。
あれはもう、星乃香を着飾ること自体が楽しくなってしまっているようだ。
……職務を果たしてくれるなら気にするまいと晴夜は考え、星乃香の格好で跳ね上がってしまった鼓動を抑えるべく務めるのだった。
その後、無事数着の普段着を用意することに成功して。
本日の予定は終了──というわけでは実はない。
昨日、星乃香の服を買いに行く件を父親に話したところ、
『それならついでだ、何か星乃香ちゃんの欲しがっているものを買ってやりな。あの子、本当に必要最低限のものしか持っていかなかったみたいでな』
と言われたため、二人は現在も買い物を続けている。
ちなみに今星乃香が着ているのは、最初に着替えた例のワンピースだ。そして──
(そりゃ目立つよなぁ)
この格好でも、彼女は別の理由で人目を集めていた。
もとより星乃香は非常に整った容姿をした少女だ。それが今風の可愛らしい格好をして、人目の多いところを歩けばこうなることは当然である。
そして、それらの視線は自然と共に歩いている晴夜の方に向くこととなり。
(値踏みされてんなぁ……)
星乃香から見えない場所で、晴夜はげんなりとした顔をする。
晴夜は自分の容姿に対して頓着していないが、流石に星乃香と並んで釣り合うレベルである自信も持ち合わせていない。
以前、話の流れでそのような話題になった時深月から、
『悪くはないけれど、雰囲気が致命的にイケメンじゃないわね。『実はあの人結構格好良いってことを私だけが知っている!』枠で人気出る可能性が辛うじてあるくらいかしら』
と非常に微妙な評価を頂戴している程度である。
「け、結構見られてない……? やっぱり貧乏娘が無理してお洒落な格好をしてる感が隠しきれてないんじゃないかな……!」
だが視線を向けられている当の星乃香は、それを若干ずれた方向に勘違いしているようだ。
「……さっきも言ったろ。似合ってるよ。美人だから注目されてるんだとでも思っておけ」
思っておくどころか完全に事実なのだが、微妙に素直には言えない晴夜である。
それはそうとして、と晴夜は視線から意識を逸らすべく話を変える。
「やっぱり思いつかないか、欲しいものは」
「うん……ごめんね」
「謝る必要はないだろ」
今回の買い物の目的を果たすべく先程から星乃香に問いかけてはいるのだが、その件に関しては芳しい回答を今のところ得られていない。
「あたしはほんとにね、ここでお仕事を貰えて、ご飯とお布団があれば十分なんだ」
「……」
「今回も……こんなにお洋服を貰えて、すごくありがたくって……申し訳ないの」
ふと、いつか読んだ本の一小節を思い出した。
曰く『泣かない子はいい子ではなく、泣くことを諦めた子である』らしい。
赤ん坊が泣くのは、親の気を引くためである。
そこで狙い通り親が自分に構ってくれれば、その子は今後も我儘や感情を素直に出す健全な子に成長する。
しかし、そこで親が構ってくれなかった場合。
その子は『何をしても自分は構われない』と思い込み、それは今後の成長にも影響を与え、自分の欲求を素直に出すことが出来なくなるらしい。
勿論、彼女がもとより謙虚な人間であることも手伝っているのだろう。
けれど……そのあまりの無欲さと断片的に聞く彼女の家庭環境から、何らかの抑圧を感じずにはいられない。
それが、やっぱり何となく彼には癪で。
ささやかな反抗を込めて、晴夜はこう提案した。
「……ならさ。『必要なもの』で考えてみたらどうだ」
「必要なもの?」
きょとんと視線を向けてくる星乃香。
「ああ。何か欲しいもの……趣味で楽しめる類のものが見つからないんだろ。でも、あんたにとっての仕事は──」
「勿論仕事も楽しいよ!」
「お、おう。なら、『これがあると便利だ』と思ったことはないか?」
今回服を買った原理と同じだ。
『これが無ければ業務に支障をきたす』と考えられるものであれば。仕事というワンクッションを挟めば、彼女の欲しがるものは見つかりやすいのではないだろうか。
「分かりやすい例だと……やっぱり料理か? なんだろうな、これがあればもっと色々な料理ができるとか、時間を短縮できるとか──」
「あ! そういうことなら!」
星乃香が何か閃いたようだ。
「あたし、圧力鍋が欲しいかも!」
「ほう?」
中々渋いところが出てきた。
「圧力鍋って、便利ですっごいの! 特に煮込み料理とかをね、火を付けっぱなしにしなくても良くなったりしてすごいんだよ! ガス代とかの節約になるのもすごいから!」
「とにかくすごいのは分かった」
晴夜の眼前で身振り手振りを使って一生懸命に力説する星乃香は可愛らしいが、まずは落ち着けと手で制す。
「なら買うか」
「あっ、で、でも! あくまであたしがそう思っているだけであって──」
「星乃香が便利だと思ったなら十分だろ。業務が円滑になる道具である以上これも経費だ。他にも買いたいものがあるなら言え。大体何でも強引に理屈をつけて経費にしておくから」
「最後のは良くないやつなのでは!?」
半ば無理やり購入を決定し、晴夜は調理品売り場に足を向けた。
……仕事を挟んでいるとは言え、星乃香が自分から欲しいものを言ったことは前進と捉えるべきだろう。
なら、買っておいた方が良い。それが悪いことではないと彼女に教えるために。
彼女が本来の家庭でどんな経験をしてきたかは知らないが──
(……いや)
知らない、ではもう済まされないかもしれない。
本人の意思はどうあれ、恐らく星乃香との生活はしばらくは続くだろう。その際、ここ二日間で体験したような認識の齟齬は今後も起こりうる。
その理由を探るためにも、ある程度彼女の事情は深く把握しておいた方がいいのかもしれない。無論、彼女の話せる範囲でだが。
何より。
晴夜自身が、彼女のことを知っておきたい。
今はそう、素直に思ったのだった。
デート回、もう一話続きます。
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