7話 人気者の素顔
連続更新、2話目です。
昼休み、彼が弁当を引っ提げて足を向けたのは部室棟。
放課後ともなれば部活に精を出す生徒で溢れかえるはずのこの場所は、本校舎から離れていることもあって昼休みは非常に閑散としていることが特徴だ。
そんな部室棟の一室、扉に立てかけてあるプレートは文芸部。
一応は部員である権限で以て、職員室で借りてきた鍵を扉に差し込んでがらがらと開く。
教室を出る際、彼女は友人と談笑に興じていたので来るのはもう少し後になるだろう。
「まあ、わざわざ待つこともないか」
そう判断して晴夜は椅子に腰かけ、星乃香お手製の弁当の包みを開く。
「……随分気合入ってんな」
内容は卵焼きにアスパラベーコン、ミートボールきんぴらごぼう。彩りにも気を使って仕切りにレタスを配置する辺りも抜かりない。
『子供のお弁当』感がすごくて高校生としては少々恥ずかしいが、出来栄えはやはり見事の一言。
冷めても美味しいもの統一されたメニューに舌鼓を打つ。
どれも作る上でそれなりの手間を必要とするものばかりだ。それを四品となると朝食と合わせてわずか一時間で作ったことにむしろ戦慄する。
(……無理してないかだけが気がかりだな。別に夕食の残り物とかでも構わない旨をそれとなく伝えておくか)
ここで、『弁当自体必要無い』と言う発想が彼の中から出てこなかった。
つまりそれくらいには彼自身星乃香の料理を楽しみにしてしまっているのだが、今の晴夜はそのことには気付かなかった。
いつもより心持ち味わって箸を進めること数分後。
がらりと扉の開く音がして、晴夜はそちらに視線を向ける。
そこに立っていたのは、艶やかな黒髪と紫紺の瞳を持つ美しい女子生徒。
晴夜のクラスメイトではあるが、その立ち位置では天と地ほどの差があるはずのクラスにおける中心人物、燐道深月。
隙の無い立ち居振る舞いと柔らかな受け答えが印象的──なはずの彼女は、かなり雑に後ろ手で扉を閉めると、そのままずかずかと部室の中に歩を進め。
あろうことか、ほとんど飛び込むような形で備え付けのソファに身を投げ出した。
勢いでスカートがまくれ上がって若干際どい感じになってしまうが、それを気にする素振りもなく深月はぐでーっと体の力を抜ききったまま息を吸い。
「──はーっ! 今日も今日とて面倒臭いわね、高校生活!」
「……分かったから少しは声量を抑えてくれ。部室棟に他の人が居ないとも限らん」
クラスの連中が聞いたら卒倒しそうな台詞を大声でのたまった彼女に、晴夜は耳を抑えつつ苦言を呈したのであった。
……まあ。つまりはそういうことだ。
教室では完璧な高嶺の花である彼女も、多少──彼女の名誉のために多少と表現する──それを演じている節があり。
素ではない以上気疲れしてしまうこともあるので、それを発散する場が晴夜のいるこの文芸部室というわけらしい。
「ねぇ相葉君、聞いてくれるかしら」
「聞くだけでいいなら聞くが」
ソファの上で隙だらけな体勢のままでいる深月を礼儀として見ないようにしつつ、晴夜は話の続きを促す。
ここから彼女との会話が始まるのがいつもの流れであり、今回も──
「私ね、今日また告白されたのよ」
──初手から中々すさまじい話題をぶち込んできたものである。
「……悪い、どう反応したら良いか分からん」
「そうねぇ。興味無いふりをしながらも気になってるのがバレバレな感じの表情で『ど、どうだったんだよ。断ったのか?』って聞いてくれると私的には高評価ね」
「お前は俺に何をさせたいんだ」
呆れ顔で晴夜が突っ込む。一瞬そうしている自分を想像しかけて──あまりに似合わなさすぎる&気持ち悪いので強制的に思考をシャットダウンした。
「意外と顔に出るわよね、相葉君って」
表情から考えを読み取れてしまったのか、くすくすと笑いながら深月が揶揄ってくる。
ここでの彼女は、教室の時と比べると随分と表情豊かなのである。
「安心なさい、ちゃんと断ったから。そもそも今日の件に至っては一切面識のない上級生からなのよ? なぜ受けてもらえると思ったのかしら」
「さあ、その人なりの勝算があったんじゃないのか? 知らんけど」
「私も見当がつかないわね。ほんと、その人は私のこと何だと思ってたのよ」
はぁ、とため息をつき、恐らくその場では言えなかったことをここでぶちまける深月。
きっかけは随分とありきたりなことだった。
四月下旬の昼休み、購買でパンを購入した晴夜。
教室は未だ見知らぬ人間と積極的に交友を深めようとする空気に溢れており、それがひどく億劫だったため静かに昼食を取れる場所として文芸部室を選択。
そこで偶然同じ思考に辿り着いたであろう深月、加えて教室とは違う所謂『素』の彼女をばっちり目撃してしまい。
以下ひと悶着あったものの、いっそのことと開き直った彼女にそれから数日に一回ペースで呼び出され、学校内の愚痴を聞く要員とされている次第である。
「正直言うと、告白自体はいいのよ。私に人気があること自体は私も好きだから。
でも、もう少しする側も身の程を弁えて欲しいものなの。ねぇ?」
ここまでの過程を回想していると、深月が随分返答に困る所で同意を求めてきた。
聞き役に徹していたが、これくらいは返答しないと機嫌が悪くなるのも経験則で分かっている。
数秒思考したのち、晴夜はこう答えた。
「身の程を弁えるなら、告白する人間自体がいなくなりそうなんだがいいのか?」
「……あら、意外」
深月がぱちりと目をしばたたかせる。
「一応、認めてくれてはいるのね」
「そりゃな。優れたものを優れていると言わんことは主義に反する」
「あら意外。あなたにも主義なんてものがあったなんて」
「おい」
「冗談よ」
じと目を向けると、予想通りの反応とでも言いたげに彼女は笑う。
「ええ、よく知ってるし察せられるわよ。あなたが中々尖った考えを持ってることも、ここに来る前にかなりハードな事情があったことも。
……そして、あなたが無気力系男子高校生の皮を被った聖人君子だってこともね」
なんか最後に変な例え方をされた気がする。
「それ、褒めてんの?」
「褒めてるわよ。私にとっては最上級の賛辞と言っても良いわ。だからこうやって色々と愚痴に付き合ってもらってるんじゃない」
そこで会話を打ち切って、彼女はまた不満だったり報告だったりを語り始める。
……晴夜としては、そこまでストレスが溜まるならクラスで演じている優等生などやめてしまえばいいのではと思わなくもない。
というか、実際聞いてみたことがある。
すると彼女は、少し自嘲気味に笑って言ったのだ。
『その通りだと思うわ。もしそうしても、あなたなら接し方を変えないでくれそうだし。
それでもやめたくないのは……やっぱり、怖いんでしょうね。私も』
曖昧な言葉だったが、そこを深く踏み込むことは彼女の表情を見ていると出来なかった。
他人の事情に必要以上に深入りしないのが信条の晴夜は『そんなものか』と流し、結局今の関係が続いている。
燐道深月。クラス一の人気者であり文武両道の完璧超人、同性の羨望と異性の好意を浴びるほどに受けている少女。
けれど……それは決して生まれつき持っていたものではなく、多くの努力と苦難の結晶として得たものであることを晴夜は知っている。
……それは、晴夜が過去決して得られなかったもののひとつであるのだから。
故に彼は、深月に対しては一定の敬意をもって接している。
こんなことを言うと絶対彼女は調子に乗るので黙ってこそいるが。
だから、それに付随してしまうストレスを誰かに話すことで多少なりとも発散されるのなら、ここでくらい好きに愚痴ればいいと思う。
……それに。
晴夜も、周りの人間と仲良くしようとは全く思わないが。
それでも、話し相手がいないで寂寥を感じることくらいは、あるのだから。
「そう言えば相葉君、今日は随分可愛いお昼ご飯ね」
そんなこんなでお互い昼食を取りながら話を聞いていた途中、深月が晴夜の持つ弁当に目を付けた。
「ちょっと一つ貰うわね」
「あ、おい」
指摘に一瞬固まる晴夜の隙を突いて、深月は横合いから箸を伸ばしてミートボールを一つ掻っ攫う。行儀が悪い。
晴夜の制止も間に合わない速度で、彼女は星乃香お手製の料理を口に放り込み。
「え、美味しすぎない?」
目を見開いた。
「うそでしょ、これ作った人絶対私より料理上手いわ。え、相葉君一人暮らしだったわよね。自分で作ったの? ちょっと女子としてはショックよそれ」
驚きと共に晴夜を問い詰めてくる深月。
晴夜は表面上平静さを保ちつつも、内心は若干焦っていた。
(……決めてなかった。星乃香のことをどこまで話すか)
もとより学校で話すことなど数日に一回深月とあるかどうかだったので、ほとんど失念していた。
流石に深月相手でも星乃香のことを赤裸々に話すわけにはいかない。何かと誤解されるのは明らかだし、何より普通に話すにしては事情が重過ぎる。
「……実は、昨日母さんが泊まりに来てな。せっかくだからと作ってくれたんだ。弁当を作るのは小学生の時以来だからメニューもこうなったらしい」
咄嗟に考えたにしてはまともな言い訳をひねり出せたのではないだろうか。
「へぇ……そうなの」
幸い、深月も深く問いただすことはなく納得してくれて、その話は流れることとなった。
それに安堵して気が緩んだ晴夜は気付かなかった。
「……にしては随分味付けが今風だと思ったけど……まさか、ね」
晴夜に背を向けて、深月が小さくそう呟いていたことに。
本日はここまで。
新キャラ、学校ヒロインの深月が登場です!
彼女もちょいちょい活躍させていく予定なので、好きになっていただけると嬉しいです(꜆꜄•ω•)꜆꜄꜆
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