6話 クラス一の人気美少女が俺だけに以下略
本日は2話投稿。
新キャラ登場します!
あの後、星乃香は寝かせることにした。
明らかに眠そうだったし、下手に体調を崩される方が面倒だと言えば納得してくれた。
……それでも見送りには来てくれて、パジャマのままふにゃふにゃした様子で告げられた『いってらっしゃい』に不覚にもときめいてしまったことは内緒である。
(……しかし、だ)
彼女の異常なまでの献身的な性格は、随分と根深いものであることが今朝のやり取りから推測できた。
『星乃香ちゃんはどうやら何か役割を持たないと不安になってしまう性質らしい』
父親の言葉が思い出される。
何かの役割を果たすことでしか、何かの役に立つことでしか自分の価値を見出せない。
それは大なり小なり誰もが抱く意識だろうが、自分と同い年の少女が、それもあそこまで極端なレベルで持っているのはどう考えてもおかしい。
何とかしないといけない──と、そこまで考えたところで晴夜は一人苦い顔をする。
(何を考えているんだ、俺は)
いくら同居生活を成り行きで始めてしまったとは言え、そこまで踏み込むのは明らかに分を超えている。
自分がこの手のことを過剰に考えてしまう性質であることは理解している。
だからこそ、制限は自分の手でかけなければならない。
過剰な感情移入は双方にとって毒になる。彼女側にも踏み込んでほしくないラインはあるだろうし、一定の距離は保つべき。
彼女が今家に居るのは、あくまで彼女の事情と相葉家の事情が奇妙な噛み合いを見せた結果によるもの。
彼女の性格について考えるのは、多少は直してもらわないと自分の方の気が休まらないから。
そういうことにしよう、そういうことにした方が良い。
思考をまとめつつ、晴夜は学校へ向かって自転車を走らせるのだった。
晴夜の通う高校は、この県においてはそれなりに上位の公立進学校の一つだ。
故に、県内全域からそこそこ勉強のできる人間が集まってきており、割合出身地には多様性がある。
とは言っても。
あくまで『県内では』という但し書きがついてのことであり、晴夜のように越境入学してきた人間となると極端に少数派だ。
そして、こういった高校に入学したばかりの人間が中を深める際の共通の話題として、ご当地ネタや近い地域の中学の話がよく使われる。
それらのネタを持っていなかったこともまあ原因かもしれない。
……もう色々と回りくどいので直截に言ってしまうと。
相葉晴夜は、クラスで浮いていた。
「……」
教室の隅で頬杖を突きつつ、晴夜は入学後からこうなるまでの経緯を想起する。
最初は他県出身の人間として多少物珍しがられもしたし、好奇心旺盛な人間が積極的に話しかけてくることもあった。
けれど、晴夜はご覧の通りの性格だ。
面白みのない人間であることの自覚はあるし、同年代の人間と積極的に交流を深めようとも思っていない。
そのような態度で、会話を弾ませる努力も愛想笑いもしなければまあこうなることは必然と言えば必然だ。
お陰様で晴夜のクラスでの評価は『なんかよく分かんない奴』『異様に気真面目な陰の者』『裏社会と繋がりとかありそうで怖い』等々散々である。
けれど、もう慣れた。
もとよりそうなるよう誘導した、というよりそうなっても仕方ないしどうでもいいと思いながら振舞っていたことには変わりないし、ある種妥当な評価ではある。
理解することも、理解されることも拒む。晴夜の精神安定にとってはそれが最も良い。昨日の星乃香がある種異常に異常を重ねただけで、これが彼のデフォルトだ。
そんなことを考えながら、ぼんやりと教室の喧騒を聞き流していると。
「燐道さんおはよー!」
「あ、その髪飾りきれーい! どこで買ったの?」
入ってきた一人の女生徒に、それまで雑多だったクラス中の注目が一気に集中した。
クラスの中での、立ち位置のようなものがあるとして。
外縁も外縁、なんなら体半分外側にはみ出しているくらいの晴夜とは対照的に、所謂中心人物なるものがここにも存在する。
晴夜のクラスの場合それは今教室に現れた女生徒、燐道深月に他ならない。
艶やかな長い黒髪と、凛とした紫紺の瞳が印象的な少女である。
その彫刻のように整った顔立ちと隙の無い立ち居振る舞い、おまけに勉強も運動もトップクラスの成績を維持していることから『高嶺の花』との言葉が非常によく似合う。
けれど不愛想なわけでは決してなく、丁寧で柔らかな受け答えから常に彼女の周りで人垣が絶えることはない。
実際話してみるとそのギャップにやられる男子生徒も多く、入学後僅か二か月で既に告白された回数は二桁に上るとかなんとか。
「これ? ええ、昨日の帰り道に駅近くの小物屋さんで見つけて、可愛かったから買ってみたの。ちょっと私には派手すぎるかと思ったのだけれど」
「そんなことないよ! すごく似合ってるって!」
「ねー。髪サラサラだし綺麗だし、なんでも合うのほんと羨まし~」
「そう? なら良かったわ」
周りの賞賛を受け、控えめに笑顔を見せる彼女。
その破壊力に周りの女子生徒はおろか、周囲及び遠巻きに彼女を見ていた男子生徒までもが悶絶していた。
ちなみに、悶絶した男子生徒はクラスのほぼ全員にあたる。つまりほぼ全男子生徒が燐道深月を見ていたということだ。
「朝から燐道さんの笑顔を見れた、今日はいいことが起こりそうな気がする」
「馬鹿言え、見れたこと自体が最上級のグッドイベントだろうが。これ以上を望むと罰が当たるぞ罰が」
「もう駄目だ……俺は告白するぞ……断られてもいい……むしろすげなく断られたい……」
「おいやめろ、お前ごときがそんな迷惑かけていいと思ってんのか。……気持ちは非常によく分かるがな」
どいつもこいつも阿呆である。
半眼で嘆息する晴夜だったが、ふと斜め前方から視線を感じてそちらへと顔を向ける。
すると目が合ったのは、今まさしく周囲の話題に上っていた燐道深月。
こちらを見た彼女は──くすりと。
先ほどのものとは違う、少し悪戯っぽい色を含んだ微笑を一瞬見せた。
途端にざわめき、色めきたつ付近の男子生徒達。
お決まりの、『今笑いかけられたのは誰だ』争いを繰り広げる彼らを他所に、晴夜はとある予感を覚えて自らのスマホを取り出す。
するとそこには案の定、通知が一件。
アプリは某緑色のコミュニケーションサービスで、差出人は燐道深月。
メッセージの内容を確認すると、
『昼休み、部室に集合♪』
と書かれてあった。
それを見た晴夜は、何とも言い難い表情を誰に見られるともなく浮かべてから。
『了解』
と簡潔に打ち込んで、送信ボタンをタップした。
本日はもう1話投稿します。