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4話 同居生活、開始

連続投稿、4話目です。

「それで、だ」


 ごほんと咳払いを一つして、晴夜は切り出す。夕食の一件で何やら威厳的なものが大きく損なわれてしまった気がするのだが、気のせいだと断じて真面目な顔を作った。


「親父から経緯は聞いた。あんたは路頭に迷ってたところをうちの両親に拾われて、仕事として俺のところの家事を行うべく派遣されてきた。その認識でいいか?」

「そうだよ~。よろしくね!」

「……先に言っておくが、俺はまだその件を許可した覚えはないぞ」


 あっけらかんと答える星乃香に釘を差す。


「えっ。あ、あたし、何か悪いことした……?」

「そういうことじゃない。おとなしくはいそうですかと言うには少し話が大きすぎるんだよ」


 いくら事情があったとはいえ、一人暮らしだったところにいきなり同居人が増えると言われてあっさり受け入れられる人間はいないだろう。

 話を聞いてもなお、十分自分には拒否する権利があると思っている。


「……いや、そもそも」


 それ以前の問題として、晴夜は星乃香がやってきてからの違和感を口にする。


「……あんたはどう思ってるんだ」

「あたし?」

「ああ。ここに来ることはうちの親に言われたんだろ?」


 今までの態度を見る限り、星乃香は何の疑問も持たずにそれを受け入れていたようだが、しかし。


「はっきり言うぞ。『嫌だ』と思わなかったのか?」

「……え?」


 そう。

 いきなり同年代の異性の使用人が来ると言われて、晴夜が真っ先に拒否感を覚えたように。


 星乃香も同様──どころではない。性別と立場の違いがある分より激甚な拒否を示しても何らおかしくはないのだ。


 にも関わらず、星乃香は嫌な顔一つせず家に上がり、夕食を作り、こうして素直に晴夜の言葉を待っている。


「いくら拾ってくれた人間の血縁とは言え、俺とあんたに今まで面識はなかった。いきなり知らない男の家に住み込みで働けと言われて、忌避感の一つや二つ持っていいと思うんだが」


 それがひどく奇妙で、晴夜は直接的にそう問いかける。


「……思うわけないよ。嫌だなんて」


 しかし、彼女の答えは否定だった。


「あたしね。相葉家のみんなには、すっごく感謝してるの」

「……」

「行く当てのなかったあたしを拾ってくれて、あったかいごはんとお布団を用意してくれて。毎日食べて眠れるだけで、どうしようもなく幸せで」


 その返答は、先ほど父親から聞いた彼女の身の上を実感と共に想像させるのには十分な代物だった。


「その家族であるはる君のお世話をすれば、相葉家のみんなの役に立つことが出来るんだよね? だったら、嫌だなんて思うわけがないよ」


 嘘だ。


 明るく振舞いつつも、言葉尻に緊張が見て取れる。玄関で初対面の時も多少の不安を浮かべていた。


 星乃香は感覚のおかしい人間ではなく、見知らぬ一人暮らしの男の家に住むことを忌避する真っ当な心も持ち合わせている。


 だから──

『嫌だと思わない』のではない。

『嫌だと言えない』のだ。


 彼女を拾った相葉家に対する恩を大きく感じすぎて、その決定に逆らうことなんて考えられない。

 裏を返せば、それほど今まで彼女が居た環境はひどいものだったのだ。


「だ、だから! あたしはぜんぜん嫌じゃないから!」


 故に、彼女は内心を見せまいと必死に否定する。


「あたし、なんでもするよ! ごはんもお掃除もお洗濯もちゃんとやる! それ以外だって言われたとおりにするし、迷惑もかけないから! だから──!」




 だから──捨てないで。また捨てられるのだけは、やめて。




 言外に告げられたその願いを感じ取った瞬間、彼の中で何かが切れた。


「……やめてくれ」


 ああ、嫌だ。

 これだから、他人と関わるのは嫌なのだ。


 知らなければ無関心で済んだ。関わらなければ無感動でいられた。


 でも、もう自分は彼女の酷い身の上話を聞いて、悲しい願いを知った。



 なら──同情してしまう。感情移入してしまう。

 なんとかしたいと、思ってしまう。



 母小雪は、晴夜のことをよく『ちょろい』と揶揄う。

 その表現には断固意義を唱えたいが……的外れとも言い切れない。


 どうやら自分は、他人に対して極端に共感しやすい人間であるらしいから。


 よって、晴夜の取れる返答は最早一つしかない。


「……分かった」


 絞り出すように、そう告げる。

 この性質でどれほど苦労してきたか知っているのにまた繰り返すのかと、自嘲気味の表情を浮かべながら。


「え?」

「許可すると言った、あんたがここで働くことを。……そもそもこの家も親父の稼ぎで借りているものだ、もとより俺に厳密な拒否権は無い」


 返答を聞き安堵の表情を浮かべる星乃香。

 それに対し、晴夜は人差し指を立てて見せる。


「ただし、条件がある。……本当に嫌なことは、ちゃんと断れ」


 それを聞いて、星乃香が首を傾げた。


「俺とあんたの関係は、ざっくり定義するなら雇用者と被雇用者だ。そして、本来この二つに上下関係は無い」


 彼女が『仕事』にこだわっていたので、それに即した説得を晴夜は行う。


「あんたの立場はつまるところ住み込みのバイトだろ? 住居を得る対価と引き換えに、この家の家事をする必要がある。それは雇用されてる側の義務だ」

「そ、そうだね。だから……」

「だから何でもしなければならない、ってわけじゃないんだよ」


 少し語気を強めてしまったか。びくりと体を震わせる星乃香を見て晴夜はいったん深呼吸をする。


「いいか? あんたに働く義務があるのと同様に、俺たちにもあんたが快適に働ける環境を提供する義務があるんだよ」

「!」

「少なくとも俺は、そう思ってる」


 これは父親から聞いた話だが、当時の彼は納得したし今も間違ってはいないと考えている。


「だから、ここで働くにあたって嫌だと思うことは断れ。欲しいものがあるのなら言え。何か要望があれば遠慮なく交渉しろ」


 我ながら、随分と偉そうなことを言っていると思う。

 でも、どうしても我慢できなかった。


 聞いた話を統合するに、星乃香は晴夜と同い年だ。

 同い年の子が、こんな。何一つ我儘を言わず、逆に言われたことは全て受け入れて。まるで『そうすることにしか自分は価値が無い』と言わんばかりに振舞っている。


 そうなってしまった環境にも腹が立ったし、そんな人間を見ているのが……晴夜は、どうしようもなく、嫌だったのだ。


 それに、星乃香を拾った両親も。

 この少女を、何も自分の意思を持たない人形のような人に仕立て上げたいわけではない。むしろそれをどうにかしたいと思っているのだから。


「あくまで俺とあんたは対等だ。『なんでもする』はなし。その辺りを履き違えないなら、俺はあんたがここで働くことに反対はしない」


 そこまで言い切って、彼は食後のお茶で喉を潤す。


 それから星乃香の方に目を向けると、彼女はしばし呆けた表情を見せてから、やがて晴夜の言葉をかみ砕くように俯いて考えこんだ後。


「……わかった」


 そう、頷いた。


「……一応言っておくが、『ここで働くこと自体が嫌』ってことならそれで構わん。俺の方から両親には説明するし、分かってもらえるだろ」

「ううん、やっぱりそれは嫌じゃないよ。……正確には、今嫌じゃなくなった、かな」

「え?」


 晴夜は後半の言葉について聞き返そうとしたが、それより早く。


「じゃあさ。早速一つ、お願いしていいかな?」


 控えめな表情で星乃香が提案してきたので、彼の意識はそちらに持っていかれた。


「あたしのことは、名前で呼んで欲しいの」

「名前?」

「『水草』って苗字の方では、呼ばれたくないんだ。……少なくとも、今は」

「っ」


 再度、先刻知った彼女の家庭の事情がフラッシュバックする。

 どのような感情の流れでその要求をしたかはっきりとは分からないが、申し出自体は妥当だと思えたから。


「分かった。……星乃香。これでいいのか?」


 なんだかんだで初めて彼女のことを、同年代の美少女を名前で呼ぶことに対して若干の気恥ずかしさを感じつつもそう告げると。


「……うん。何度目か分かんないけど、これからよろしくね。はる君」


 そう返した彼女の表情は、先ほどまでの明るくありながらも少し強張りを見せていたものとは違う、ふわりとした雪解けのような微笑みだった。


 僅かだけど、確実に。彼に心を許したことが分かるその可愛らしい表情を見て、晴夜の動悸がまた早まってしまったことは言うまでもないだろう。




 こうして。アパートの一室にて男子高校生一人と、同い年の少女使用人一人。

 端から見ると中々奇妙な同居生活が、幕を開けたのだった。

本日はここまでとなります。


久しぶりに書くラブコメです。拙い点は多々あると思いますが、自分のラブコメに対する好きな要素を全力で詰め込みました!


しばらくは毎日投稿できると思うので、気に入って頂けたなら是非とも高評価、ブックマークをよろしくお願いします(✿´⌣`✿)╯♡


晴夜君と星乃香ちゃんの生活模様を見守っていただけますと幸いです。

それでは、また明日!


twitterやってますので、よろしければそちらもフォローよろしくです!

https://twitter.com/llf5gnQqRusuAcv

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