32話 一人だけでは
連続投稿、三話目です。
「…………整理するわね」
話し過ぎたことを後悔しても時すでに遅し。
現在の晴夜と星乃香の状況をいらぬところまで完璧に把握してしまった深月が、額を抑えつつ情報をまとめにかかる。
「今相葉君の家には、その星乃香ちゃんとやらが住み着いていている……加えてその子が相葉君の代わりに家事全般をやってくれている。実質十代男女が二人暮らし状態と」
「……寝室は別だぞ」
「んなこたどうでもいいのよ」
ごもっともである。
しかし、改めて言葉にまとめられると現在の晴夜と星乃香がいかにとんでもない状態か再確認させられる。
「……ああ、だから先月から顔色が良くなったり帰りが早かったり毎日お弁当だったり……色々と腑に落ちたわ。落ちたけどごめん、もう少し心の整理をさせて」
なんだか晴夜の想像以上に動揺した深月が片方の手で頭を抱え、もう片方の手を突き出して時間を要求してくる。
衝撃的な話であることは理解しているので待つことしばし。
「それで。その星乃香ちゃんが夏休みに編入試験を受けるから、受験勉強を私に手伝って欲しいってわけ」
「……ああ」
とんでもない話の後の無茶な頼みと分かっているが、頷かざるを得ない。
「なにせ一月で一学期分、通常の三倍ペースかつ教師抜きでの学習だ。……俺一人じゃ、厳しいと言わざるを得ん。それが今日、よく分かった」
「……」
「あんたが手伝ってくれるなら、この上なく心強い。出来る範囲で構わないし、先の頼みと同じだが埋め合わせが必要なら後でいくらでも。……どうか、頼めないか」
自分ではできない、と認めることは変わらず非常に悔しいが。
悔しさを飲み込んで、晴夜は先と同じように、先とは真逆の頼みで頭を下げる。
「──受けてもいいわ」
対して、深月の返答は淀みのないものだった。
「──本当か」
「ええ。ただし」
思わず顔を上げる晴夜の前で、深月はぴっと人差し指を立てる。
「まずその星乃香ちゃんに、私も会わせなさい。今日、放課後すぐ。話はそれからよ」
驚く──が、考えてみれば不思議な事でもない。これから教えるかもしれない相手を直接見てから決めるのは当然のことだ。
「しかし……今日か。急だがそっちはいいのか?」
「ええ。時間が無いんでしょう?」
「分かった。すぐ星乃香にも確認を取る」
直後、晴夜が連絡を取ったところ星乃香からは快く了承を貰い、とんとん拍子に放課後の予定が決定した。
予想以上にスムーズな協力者候補の確保が出来たことに驚く晴夜だったが──更なる驚愕が、その放課後に待ち受けていたのである。
「……えっ。あなた──」
「──あっ! 前に学校で会った美人さん!」
「…………は?」
そして放課後。
深月を伴い帰宅した晴夜だったが、何故か玄関で鉢合わせた少女二人が同時に驚きの声を上げた。
どういうことかと問いかけてみると、以前星乃香が弁当を届けに学校に来た際に偶然会ったらしい。
「ああ、そう言えばあの時話してたな」
「そう、学校が楽しいって言ってた子」
「………まさか燐道とは」
「……何よその目。私が学校生活をどう思おうが私の勝手でしょう」
まさかその回答によって深月の可能性を除外したとは言えず、ひっそりと目を逸らす。
「でも、すっごい偶然。ええっと……燐道さん、はる君のお友達だったんだ」
「深月でいいわよ、私も下の名前で呼び慣れちゃったし。……でも確かに、あの時あなた学校に通えてないって言ってたわね」
けれど、これは僥倖かもしれない。
既にお互いの人となりをある程度分かっているのなら、話もスムーズにいく可能性がある。
「それで燐道。確か聞きたいことがあるんだよな?」
「そうね。あまり時間をかけるのもあれだし、二つだけ」
恐らく、その質問の如何によって協力するか否かを決定するのだろう。真剣な空気を感じ取ってか、星乃香も背筋を伸ばす。
「まず一つ目。あなたがうちの高校に通いたいと思った理由。既に相葉君から凡その事情は聞いているけれど、もう一度あなたの口から聞かせてくれるかしら」
最初は、晴夜も予想していた範囲の質問。
星乃香はしばし考えこむ素振りを見せてから、
「……その。聞いてるかもしれないけど……あたしはね、これまでずっとお父さんのためだけに生きてきたの。それ以外のことなんて、考える暇が無かった」
「……」
「だからそのお父さんがいなくなって、あたしはずっと空っぽだった。やりたいこととか目標とか、見つけられなくって」
「それが、見つかったの?」
「ううん。でもね──見つけたい、って段々思うようになった」
星乃香は胸の前で軽く拳を握る。己の心を確かめるように。
「こんなあたしでも頑張れることを、夢中になれることを見つけたい。……何でもできる、って言ってくれた人に応えたい。だからそれを見つけるために、また学校に行きたいの」
「『うちの高校』である理由は?」
「! それは……その……はる君と一緒じゃないと……まだちょっと……不安なので……」
動機を言い切った時の潔さは何処へやら、どんどん声のボリュームが下がっていった。
「……随分懐かれたものね」
「……うるせぇ……」
そして、同時にいたたまれなくなる晴夜が呆れた視線を向けられる。
「まあいいわ、じゃあ次の質問」
幸い深月は深く詮索することなく次の質問に移ってくれた──と思ったが。
「相葉君のことは、どう思ってるの?」
「──んなっ」
「?」
二つ目の質問でとんでもない爆弾を投げ込んできた。
「おい、それは俺が居る所では──」
「いいえ、居なさい。『相葉君本人の前でどう答えるか』を私は聞きたいの。……星乃香ちゃん、一言でいいわ。相葉君があなたにとってどんな人か、答えて欲しい」
「……」
一言で、と言われると逆に難しいのかもしれない。先の倍ほどの時間、星乃香は俯いて思考を巡らせていたが。
「……『いろんなものをくれた人』」
探り当てるような声で、そう答えた。
「まず、いきなりやってきたあたしをお家に置いてくれた。ちゃんとやるべきこととやっちゃだめなことを教えてくれたし、ちゃんとあたしのことを考えてくれた。
……それで、あたしのことを『家族だ』って、言ってくれた」
一つ一つ言葉で確かめてから、ふわりと愛らしく微笑んで。
「うん。だから、一言で表すなら、あたしはこう答えると思う」
……しばし、言葉を失った。
見惚れていたのだ。彼女の微笑みに自分も、そして横の深月も。
そして晴夜よりも若干早く意識の戻った深月が、深く嘆息してから。
「……駄目ね、相葉君」
──背筋が冷え込んだ。
星乃香の回答は彼女のお気に召さなかったのだろうか、深月に断られてしまうと本格的にまずい事態に……と思ったが、違和感に気付く。
言葉のわりに彼女の表情に冷徹さが無い、むしろどこか苦笑じみた気配を滲ませている。
その推測を裏付けるかのように、深月が続けた。
「駄目だわ……この子、めちゃくちゃいい子じゃない」
「……じゃあ何が駄目なんだ?」
「言葉のあやよ、気にしないで」
晴夜の心からの疑問はさらっと流し。
「いいでしょう。星乃香ちゃんの勉強、私も手伝います」
「!」
そのまま同時にさらっと協力を告げてくれた。
「ほら相葉君、予定表出しなさい。貴方のことだからどうせ日単位できっちりスケジュール調整してるんでしょ」
「あ、ああ……けど、本当にいいのか?」
「いいわよ。知りたいことは知れたし、ちゃんと協力したいって思ったから。
……っと、その前に本人の意思も問わないとね」
深月が晴夜の肩越しに、呆然としている星乃香へ珍しく屈託のない笑顔を見せる。
「というわけで星乃香ちゃん。あなたさえ良ければ、私も貴方の受験勉強手伝わせて欲しいのだけれど。これでも私学年で一番頭が良いから、役立つと思うわよ」
「えっ……う、うん! り──深月ちゃんが良いならぜひ!」
「じゃあ決まりね」
その後。
先までの緊張感は何だったのかと思うくらい、あっさりと深月主導でスケジュールの現実的な調整が行われ。
ついでと言わんばかりに早速星乃香への指導を行い、晴夜一人では確実に本日発生しただろう遅れ──晴夜が分からなかった部分をあっという間に取り戻してしまうのだった。
「……本当に助かった」
時刻は午後七時半。
夏と言えど既に日は沈んでしまっており、深月を家まで送り届ける道中晴夜は改めての礼を述べる。
「気にしないで。さっきも言った通り、知りたいことは知れたもの」
「その『知りたいこと』って何だ?」
「それは勿論、星乃香ちゃんの人となりよ」
晴夜の質問に、前を向いたまま妥当な答えを返す深月。
「私ね、『相葉君が同い年の女の子と一緒に暮らしてる』って聞いた時、正直女の子の方の心配は一切しなかったわ」
「そうなのか?」
「だって相葉君よ? どうせ邪な事なんて一切考えないし、家に置くくらいだからすっごく大事にするに決まってるじゃない。それが強引な事情だとしても」
「……」
……邪念を一切抱かなかったと言えば嘘になるが、実行に移す気が微塵も無かったことは確かだ。
星乃香を最大限尊重していることも、間違いではない。
「だから私が心配してたのは、相葉君の方。相手の女の子が悪い奴で、お人好しの相葉君に付け込んで取り入ってるんじゃないか……と、思ったんだけれど」
既に星乃香の人となりを知る彼としては想像だにしない仮説だ。
そして、実際に星乃香に会った後の深月も同様の感想を抱いたのだろう。
「ほんっっっとに純粋でいい子だったわね。びっくりするくらい」
「気持ちは分かる。俺も出会った当初は驚いた」
「……正直、そうじゃなかった方が私にとっては都合が良かったのだけれど」
「はい?」
後半の台詞の意味が分からず問い返すが、
「気にしないでいいわ、個人的な事情だから。……学校で他に相葉君と親しい人間がいないことで、油断しすぎてたのかもしれないわね」
その後も深月は色々と呟やくが、晴夜が首を傾げるのを見て「忘れなさい。貴方は分からないって知ってて言ってるから」とはぐらかされた。
「ともかく。勉強の件、私も出来る限り協力するわ。あんなに可愛くていい子がクラスメイトになってくれるのなら私にとっても願ったりだもの」
……そう思ってくれるのなら、何よりだ。
「……改めて、助かる」
「ええ、これは大きな貸しよ。夏休みにしっかり返してもらうから、覚悟なさい」
くすくすと楽しげに笑う深月と共に、晴夜は帰路を歩くのだった。
本日はここまで。
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ラストエピソードも折り返し。運が良ければ明日で一気に最後まで行くつもりです。宜しければ見守ってくれると嬉しいです。
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