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31話 勉強は、意外と難しい

連続投稿、二話目です。

 かくして。


 お互いの意思を確認し、その日から星乃香の編入試験に向けた勉強が本格的にスタート──したのだが。


(…………)


 晴夜が学校に行っている間、星乃香は既定範囲の自習を行い、晴夜が帰ってきてからは分からないところの解決。


 それをこなすため、現在晴夜は授業を聞きながら今日やる部分を見ているが。


(想像以上に、しんどいな)


 晴夜にとっては一度学習した場所を教えられるよう復習するだけ、期末の勉強も兼ねている以上さして問題ない……と思うかもしれない。


 しかし、大前提として。

 そもそも高校の勉強は、原則全てを理解することが必須なように作られていない。


 六、七割程度の理解さえあれば後はテストの技術や強引な暗記などで十分な点数は取れるし、事実晴夜もそうして中間試験は乗り切った。


 だが、他人に教えるレベルとなるとその前提は役に立たない。

 端的な話──テストで満点を取れるくらいの理解でなければ十全に内容を教えることなど不可能なのだ。


『他者に教えることが勉強になる』とはよく聞くが、それはそのままでも十分内容を把握しているものが更に理解を深める場合に限るのである。


(……くそ)


 晴夜を苦しめているのは、その差分。

 分かっていたつもりだったが、想像以上と言わざるを得ないだろう。


 特に厄介なのは晴夜の苦手な文系科目。

 既に教科書を読んでも覚えきれないところが多く……このままでは今日の勉強すら間に合わないと、脳内の冷静な部分が残酷な結論を出していた。


(……はは。啖呵を切っておいて初日にこれかよ。ざまぁないな、本当に)


 こういう場面に直面すると、嫌でも思い出す。

 自分はどうしようもなく凡庸で、多少やる気を出したところで何ができるわけでもない。


 世界を変える力も無く、何処までも突き進めるエネルギーも無い。

 どこにでもいる、ありふれた存在以上の何者でもないと。


(……くそっ)


 改めて見せつけられた己の限界に再度悪態を吐くも、有用な解決策も進捗も無く。

 気が付けば、授業終了のチャイムが鳴っていたのだった。




 チャイムが終了した途端、教室を満たす喧騒。

 それに顔を顰めつつも、流石に休息を取った方が良いと考え机に突っ伏しようとしたが──その直前、鞄のスマホが音を立てた。


 手を伸ばして取り出すと、画面に表示されたのは新着メッセージ。

 差出人は燐道深月、要件はいつものごとく『昼休み、部室に集合』。


「……」


 ……最初、断ろうかと思った。

 けれど、そういう訳にもいかない。


 何故なら、彼女には話しておくべきことがある。

 その内容は、面と向かって言わないのは不義理なことだと思ったから。


 そう考え、晴夜は若干の時間を置きつつも了承の返事を打ち込んだ。




「そろそろ期末だけど……勉強会、いつからどこでやる?」


 これである。


 先日約束していた勉強会の件、晴夜も深月から学ぶことは多いため普段ならば快く了承するのだが。


「……悪い」


 ──今ばかりは、事情が違う。


「その件、今回は見送らせてくれ」

「……え?」


 先の授業で、改めて理解した。

 星乃香の件で手一杯な以上、他のことをしている余裕は微塵も無い。


「先に言っておくと、あんたと勉強することが嫌なわけじゃない。むしろその点だけを言えばこちらから頼みたいくらいだ」

「じゃあ……どうして」

「……やむを得ない事情が出来た。しばらく、そっちにかかりきりになる」


 星乃香のことを言うわけにいかない以上、曖昧な言葉にせざるを得ない。

 その件への謝罪も込めて、頭を下げる。重すぎないように、けれど誠実さは伝わるように。


「二学期以降であれば、ぜひともお願いしたい。今回の件で埋め合わせが必要なら後でいくらでもする。だから今回ばかりは……頼む」

「……」


 深月は、しばしこちらの顔を見て黙り込んでいた。


「……分かったわ」


 けれど最後には息を吐いて理解を示してくれ、そのまま立ち上がって椅子と共に出口を塞ぐように扉の前に移動──って待て。この流れ以前にも覚えがあるのだが。


「ただし──その『やむを得ない事情』とやらをきっちり説明してくれたらね」

「──んな」


 言い切って、深月は椅子に腰かけ腕と脚を組む。納得できる説明を聞くまでここから動かない、と宣言するかのように。


「……俺の家庭環境がややこしいのは知ってんだろ。それに深く関わる話なんだが」

「知ってるけど知ったこっちゃないわ」

「あのなぁ、他人の事情に──」


 肝心なところでは引き際を心得ていた、普段の深月らしからぬ強引さ。

 加えて先程思い知らされた、自分の能力不足と時間が無いという焦り。


 それらによってただでさえ苛立ちが蓄積していた晴夜は、思わず声を荒らげようとするが。


「っ、私だって! 普通ならここまでしないわよ!」


 機先を制すかのような深月の声に、口を噤まされた。


「ええ、私は所詮他人だもの。他所様の家庭事情に対して無遠慮に口を突っ込むような真似はしない。……でもね。気付いてる?」


 そのまま彼女は椅子から立ち上がり、こちらの目の前で指を突き付けて。


「あなた──今、ひどい顔してるわよ」

「!」

「普段も仏頂面だけど、今はもっとひどい。疲れていて、焦ってて、そして何より……自分のことが嫌いでしょうがない、って顔」


 驚いた。

 深月に異常を見抜かれていたこともそうだが、何より最後の言葉。


「何か問題を抱えていることはすぐに分かった。でも、今日は何も言ってくれなかったわね。……いえ、今日だけじゃない」


 突き刺すような声色で、深月が切り込んできた。


「相葉君。あなた少し前、何か別の大きな問題を抱えていたでしょう」

「!」


 驚愕した。

 星乃香の父親の件は、当然他人には話していない。問題の最中深月と昼食を取る機会が無かったため、問題があったこと自体当然気付かれていないと思っていたのだ。


「週半ばから週末にかけて、あなたが見たことの無い顔をしていた時間があったわ。その時はすごく怒ってて、でも今みたいに大変そうだった」

「……気付いてたのか」

「そうよ。気付くくらいには見てたし……その。心配も、していたのよ?」


 少しばかり気恥ずかし気に告げるが、直後また顔を上げて。


「でも、あなたはその時何も私に言ってくれなかった。そして今回も。

 何を抱えているかは知らないけれど……そんなにしんどいなら、一言くらい相談してくれてもいいじゃないっ」


 その言葉に晴夜は顔を上げ──また息を呑んだ。


「それとも何。あなたにとって私は相談にも助力にも値しない、取るに足らない人間だとでも言うつもり!?」


 彼女もまた、初めて見る顔をしていた。

 唇は歪み、眉は下げられ。今にも怒声を上げそうな、それでいて泣き出しそうな、怒りとも悲しみともつかぬ表情。

 それでも綺麗な彼女の顔に、一瞬目を奪われる。


「三か月間、それなりに話をして。それでもあなたが私をそう思っているのなら……

 ……少し、嫌だわ」


 そこまで言い切って、深月は目を伏せる。


「……」


 衝撃から覚め、少しは頭も冷えた。


 その上で、冷静に考える。

 自分は何故深月に話さず、今も突っぱねようとした?


 当然、星乃香のことを無闇に他者に言いふらすことはよろしくないから。

 それ自体は間違っていないだろう。


 だが──それは『自分一人ではどうしようもない現状』に優先されるものか?


(……馬鹿か、俺は)


 答えは当然否だ。


 現在の星乃香、そして自分にとっての最優先事項は『編入試験への合格』である。

 そのために、多少のリスクを負う程度の柔軟性をなぜ今まで持てなかった。


 何より、だ。


「……悪かった」


 まず、晴夜は頭を下げる。


「話す、今抱えてること。こっちも色々立て込んでて冷静じゃなかった、済まない」

「え、ええ」

「そして……出来れば協力して欲しい。この問題を解決するために、ある意味あんた以上の適役はいないかもしれない」


 そう。

 勉強に関する問題なら、今目の前に居る学年一位の秀才に相談しない手は無いだろう。


 決意と共に、晴夜は自分と──星乃香の置かれた現状を話し始めた。




 ……ただ。

 疲労に侵された頭では、話すべき情報の取捨選択までは出来ず。


 上手く話せば隠し通すことも出来たのだろうが、星乃香のことを説明するにあたって彼女の立場や軽い生い立ち、どうしてここを受ける事になったのか。


 更には彼女が今どこに居て、誰とどういう生活をしているかまで気付けばまるっと全部包み隠さず話しきってしまい。



「………………は?」



 全てを話し終えた後の文芸室に、深月の心からの疑問符が木霊したのだった。

本日は三話投稿します。

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