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30話 覚悟

連続投稿一話目です。

 その日から早速、晴夜は動き出した。


 まずは電話の直後、星乃香に話の内容を共有。

 大地の提示した『条件』を聞いた星乃香は一度息を呑んだが、次の瞬間には決意を宿した顔で頷いてくれた。


 その晩に押入れを漁って必要な資料を取り揃え、翌朝。


「星乃香。まず俺が帰って来るまでに、これを一通り解いておいてくれ」


 晴夜が星乃香に渡したのは、晴夜の通う高校、その入学試験だ。


 ともかく、現状における星乃香の学力を把握しなければ話にならない。そのため──星乃香が中学レベルの内容をどこまで理解しているか図るために、入試はうってつけだ。


「表紙に書いてある時間通りに、国数理社英全教科。半日でこなすにはきつい量だが、いけるか?」

「分かった。やるよ」


 間髪入れず星乃香は返答した。


「一日だって無駄にできないってのは分かってるし……

 それに、もしあたしが受からなくって、それでも学校に通いたいなら……この家から離れないといけないんでしょ?」


 大地の条件によればそうなる。


 合格しなかった場合、星乃香は相葉家に戻って大地の知り合いが居るらしい私立高校に編入する。そちらは試験も必要ないそうなのですんなりと決まるだろう。

 だが、それが意味するところは──


「はる君と離れ離れになるのは……嫌だ。あたしはこの家で、はる君と一緒に、学校に行きたいの」


 向けられた真っ直ぐな信頼に、一瞬息がつまるも。


「だから、何でもするよ。はる君が言ったことなら、無理な事じゃないんだよね?」


 ここに来たばかりの頃とは違う、確かな前向きの決意がこもった言葉に、晴夜も小さく頷きを返したのだった。




 授業中も、残された一か月の使い方をひたすらに考える。


(入試の出来次第だが、とにかく苦手科目を把握してそこを重点的にやるべきだろう。編入試験の性質的に全教科満遍なく取れた方が高評価のはずだから──)


 思考を巡らせつつも、授業内容もきちんと耳に入れておく。


 何せ、編入試験は夏休みに行われる以上実質的に一学期の期末試験と範囲は同じだ。


 つまり、期末を控え一学期の復習に入り始めている授業内容がそのまま星乃香に教える内容になるのだ。

 その道のプロである教師の話を聞かない道理はない。


 文字通り二倍頭を使いつつ、常に無い程集中して晴夜は授業を受けていった。




 考え過ぎたせいか、少し熱を持つ頭を冷やしつつ自宅に戻る。


 言った通り全教科の入試を終わらせていた星乃香から答案を受け取って採点し──


「……まじか」


 驚愕した。


「えっ……ひょっとして、とんでもなく点数悪かった……?」

「逆だ。良い。想像以上に」


 正直、星乃香を見くびっていたかもしれない。

 普段の若干抜けている様子からは思いもよらず、勉学面において彼女は優秀だった。


 全教科合わせて七割七分。これは丁度今年の合格ボーダーラインだったはず。基礎で躓いている様子もなく、文系科目に至っては入学時の晴夜を凌ぐ点数を叩き出している。


 ブランクによる低下を鑑みるならば──普通に受けていれば十分晴夜の通う高校に合格できる学力を既に星乃香は持っていることになる。


 恐らく満足な勉強も出来なかっただろう家庭環境からすればこれは驚異的だ。


「……逆にネックは理系科目か」


 むしろこれも朗報かもしれない、何せその辺りは晴夜の得意科目なのだから。


 それらも含め、現状における評価を素直に星乃香に伝えた後。


「点数如何では中学のおさらいからと思っていたが、その必要もなさそうだ。だから」


 早速、高校内容の学習を始めることにしよう。

 その宣言と同時、晴夜はどすんと持ってきたものを机の上に置く。


「これは──」

「うちの高校で使う教科書と、俺のまとめたノートだ」


 正確にはそのうち、明日の授業で使わないものだ。


「やるべきところは付箋で示してある。あんたは明日俺が帰って来るまでに、指定した範囲を可能な限り独学しておくこと」

「け、結構あるね……」

「悪いがやってくれ、このペースでないと間に合わないと今日立てた計画では──っと、これも見せておかないとな」


 眼前に積まれた本やノート、その中学までとは比較にならない分厚さの圧力に星乃香が一瞬怯む。

 だが次の瞬間、それが吹き飛ぶほどの衝撃を目にすることとなった。


「! これ……」

「見てのとおり、今日から試験の日までの計画表だ。やっていることの全体像を把握することは重要と親父が言っていたからな」


 晴夜の言った通り、それは計画表だ。……凄まじく細かい書き込みがされた。

 やる範囲が日単位で正確に書かれており、予定の遅れを前提とした予備日、加えて一定期間ごとに到達度を確認する小試験まで組み込まれている徹底ぶり。


「これ……いつ作ったの……?」

「? 今日学校に居る時以外ないだろ」

「それっ、すっごく手間がかかったんじゃ」

「……あー、まぁ確かに休み時間とか昼休みフルに使って、それでも間に合わなさそうだから仕方なく授業中もこっそりやったくらいには」


 おかげで、妙に目ざとい深月に気付かれないのが大変だった。


「でも、この程度これからの手間に比べれば大した量じゃない」

「え?」

「さっき独学しておけって言ったろ。安心しろ、全部完璧に理解する必要はない。むしろ帰ってから分からなかったところを俺から教わるのが本番だと思え」


 晴夜が学校に行っている間星乃香が勉強、帰ってから晴夜と共同で復習。躓きそうなところは休日に。それが少なくとも教科書内容を一通り終えるまでの方針だ。


「そして学習している間、俺は学校でその日あんたがやる場所を全て復習しておく」

「!」

「生憎と、人に教えられるレベルの理解力を維持できるほど俺は賢くないんでな」


 彼女の驚きをどう取ったか、晴夜が自嘲気味に肩をすくめる。

 それを聞いた星乃香は、しばし何事かを考えた後、控えめに聞いてきた。


「……できるの?」

「やるさ」


 間髪入れず、晴夜は答える。


 自信がある──わけではない。

 彼のこれまでの軌跡を考えればそんなもの、持ちようがないことは明らかだ。


 けれど、ここは迷ってはいけないところだ。

 彼女は、晴夜を信じてくれている。その自分が迷うところを見せればそれは伝染する。


 だから虚勢であろうと空元気であろうと、いくらでも張ろう。


 ……それに。

 この挑戦が生半な何度でないことは知っている。今までの彼ならば間違いなく尻込みしていただろう、けれど。

 彼女のためなら、できそうな気がしていたのだ。


「むしろ大変なのは俺よりも星乃香だ。ここから約一か月、恐らく休む間もないだろう。今日入試を解いた時と同じ──いや、それ以上の集中と労力を毎日必要とすると思う」


 それでも、できるのかと。晴夜は目線で問いかける。


「……」


 星乃香はしばし、困惑と……おそらく恐れ以外の何かによる迷いを見せたが。


「……うん」


 最後は正面から晴夜の顔を見返し、頷いたのだった。


 それを見て、晴夜はもう一度気合いを入れ直す。

 ──絶対に。己の全てをかけても、やり遂げて見せようと。

お待たせいたしました……

本日は一気に三話投稿します!

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