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3話 所謂即落ち2コマ

連続投稿、3話目です。

「……なにしてんの?」


 突如家に押し掛けてきた謎の少女、星乃香の身の上について父親から話を聞いて。

 通話を終了し、ベランダから戻ってきた晴夜の第一声はそれだった。


 何せリビングで待機しているはずの星乃香が何故か居らず、その代わりと言わんばかりに何やら香ばしい匂いが漂ってきていて。

 まさかと思いつつキッチンまで足を運んだら、案の定星乃香が鍋に火をかけていたところだった。


「あ、はる君。お話は終わったの? ごめん、キッチン使わせてもらってるよ。綺麗だね!」

「……俺待ってろって言ったよね?」


 勝手に台所を使い始めるのはいくら何でもまずいだろうと晴夜が咎めると、星乃香は返答代わりに彼女のスマホを取り出した。

 その画面に書いてあったのは通話画面。相手は……『相葉小雪』。

 まさかの晴夜の母親だった。


「えーっとね。はる君の家に着いたら電話してって小雪さんに言われてて。そしたら、『とりあえず問答無用で夕食を作りなさい。まずは胃袋を掴むの。はるはちょろいからなんとかなるわ』って」

「おい」


 そのぶっちゃけた物言いは間違いなく母親のものだったが、内容があんまりにもあんまりだった。


 どうやら父親との話がそれなりに長引いたようで、既に調理も大半が済んでしまっている。流石にここで無理やり辞めさせるわけにもいかないだろう。

 丁度夕食もまだだったし、止むを得ず晴夜は許可することにした。




 なんだか順調に流されている気がする……と一人悩みつつ待つことしばし。


「おまたせしました!」


 熱々の鍋を抱え、星乃香がやってきた。

 その手には薄桃色のミトンが嵌められており、彼女の容姿も相まって先ほど以上に家庭的な愛らしさを醸し出している。

 ……思わずグッと来てしまったことは内緒だ。


 大丈夫、母親は自分をちょろいと言っていたがそんなことはない。そう言い聞かせつつ晴夜は卓上の料理を見渡す。

 メニューはじゃがいもとわかめの味噌汁、野菜炒めに豚肉の生姜焼き。比較的シンプルで外れの無いラインナップと言えるだろう。


(……とは言え、だ)


 実を言うと、晴夜は料理に大したこだわりがない。

 一人暮らしを始めた際軽く自炊も始めてみたものの、『手間と時間を鑑みると作らない方がマシ』と即座に判断した程度には無頓着である。


 晴夜は好き嫌いが無いとよく言われるし、その通りだと思う。嫌いな食べ物がないことは誉め言葉だと思われがちだが……裏を返せば、好きな食べ物も特にないのだ。

 特段手料理に幻想を抱いているわけでもなく、市販の総菜で十分満足している。


 だからまさか。胃袋を掴まれるだなんてそんな。

 そう思いつつ、ただ出されたもの自体はありがたく食べることが礼儀だろうと考え。

 晴夜は粛々と、まず味噌汁を口に運び。






 めちゃくちゃ美味かった。






 味噌汁の肝は味噌と出汁だが、そのバランスが抜群だ。お互いがお互いの邪魔をせず、重層的な美味しさを交互に舌に叩き込んでくる。


 加えて程よく煮込まれたじゃがいもの旨味が時間を経るごとに溶け出し、一食を通じて飽きが来ないようになっているのも素晴らしい。わかめがいい仕事をしており食感も申し分なし。


 味噌汁の絶妙な味わいに促されるように、晴夜はおかずにも箸を伸ばす。


 野菜炒めは簡単なようだが奥が深い。なぜなら野菜の種類によって最適な炒め加減が異なるからだ。

 しかし、星乃香の野菜炒めはその辺りも申し分なかった。


 もやしはシャキシャキとした食感を損なわない絶妙な火の通し加減になっており、そこに加わる人参やピーマンの適度な甘みと苦み。

 味付けも、主張し過ぎず野菜の味を損なわない塩梅に収まっているのが素晴らしい。


 そしてメインである豚肉の生姜焼き。火の通し方は最早言うまでもなく完璧。噛み締めた瞬間に溢れ出る肉汁と脂が口の中を幸福で満たす。


 だが、それだけではない。油のしつこさを爽やかに断つ生姜の風味に加えて白米と相性抜群のコク。恐らくその秘密はタレにあるのだと思うが、その正体が分からない。


 だが、美味しいものは美味しい。いずれも劣らぬ彼女の料理に、いつもは適当な総菜と食べている白米まで何か特別なものに感じてしまう。


 気付けば茶碗の中身は空になっていた。お代わりをよそうべく立ち上がろうとして。



「……えーと、はる君?」



 困惑した様子の星乃香と目が合い、ようやく晴夜は自分が無言で大半を食べ終わってしまったことを認識した。

 星乃香は続いてやや苦笑じみた顔を浮かべる。多分食べている時の反応でおおよその感想を察したのだろう。どうやらよほどの百面相を晴夜は浮かべていたらしい。


「どうかな? あたしのごはん」

「…………大変美味でございます……」

「何でいきなり敬語なの? ……うん。でも、ありがと」


 気恥ずかしさのあまり口調を変えた晴夜に戸惑いつつも、ふわりと。

 安堵したように柔らかい笑みを浮かべる星乃香の美貌を直視してしまい、晴夜は更に目を背ける。


「なんて言うか……ほんとに小雪さんの言った通りの人なんだね」

「やかましい、どういう意味だ」


 少しだけ緊張が解けたような口調でそう呟く星乃香に、晴夜は手で顔を覆いつつも突っ込む。

 けれど、その強い口調に対しても彼女が表情を強張らせることは無かった。


 ……そして、ふと思う。


 もし、父親から言われた通り彼女がここで働くことを受け入れたのならば、よもやこの食事が毎日三食食べられることになるのだろうか、と。


(……いやいやいや、何考えてんだ)


 それだけでひどく魅力的に感じてしまった自分の思考を頭を振って振り払う。これでは母親の評価に一切反論できないではないか。


 居住まいを正し、晴夜は星乃香に向き直る。


 聞くべきことは多くある。父親から聞いた話とのすり合わせ。彼女がどういう人間なのか。そして肝心の……彼女自身はこの件に対してどう思っているのか。


 決めるのは、それを聞いた後でも遅くあるまい。


 そう考え、晴夜は真っ直ぐ星乃香を向いて口を開いた。

本日は4話まで投稿します。

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