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29話 挑戦

連続投稿、二話目です。

「……いいんじゃないか?」

「えっ軽っ」


 学校に行ってみたい。

 玄関先でそう神妙な面持ちで告げた星乃香に対し、晴夜はノータイムで返答した。


「でっ、でも! 高校だよ? あたしはここで今働いてる身で、その時間も少なくなっちゃうし、何よりお金だって──」

「あのな、書類上はまだだがあんたはもう相葉家の一員だ。うちで働くことを最優先にしなくても良いんだ」


 彼女が相葉家に馴染み切らなかった理由、ここに来るようになった原因についてはもう決着が付いている。


「金銭的な面は──俺に決める権利はないが、多分親父たちは反対しないと思うぞ」


 そもそも、星乃香が相葉家に引き取られた時点で大地たちは彼女を高校に入れる気だったと聞いている。


 それが成らなかったのは、星乃香がいずれ相葉家を出て行くつもりで、相葉家の皆に遠慮していたからだ。


 だからむしろ、彼女が今回その決心を──前に進む決意を固めてくれたことは、晴夜にとっても嬉しい事態である。


「問題は、今の星乃香を受け入れてくれる高校があるかどうかだが──まぁ探せばどっかにはあるだろ。編入か、最悪高校浪人もレアケースだが無いわけじゃないし……」

「まっ、待って! ごめん、言葉が足りなかったかも!」


 現実的なプランを挙げ始める晴夜に、しかし星乃香は慌てた表情で待ったをかける。


「あのね。あたし……はる君みたいに高校に行きたいの」

「いや、それは聞いて──」

「はる君と同じ高校に行きたいの」

「──はい?」

「もっとわがままを言っていいなら……同じ高校に、同じ学年……出来れば同じクラスで。はる君と一緒に通いたい。一緒に……高校生活をしてみたい」


 星乃香の言葉が、耳に届いて。

 それが思考停止から復活した晴夜の脳に染み込み、意味を理解し。

 同時に喜ばしさとか羞恥とかその他もろもろの感情が襲ってくるまで、数瞬の間を要したのだった。




 何はともあれ、ことは晴夜だけの問題ではない。

 なので夕食後、恒例のベランダで父へ今日の件を報告する。


『はっはっは。随分好かれたなぁ、晴夜』

「予想通りの反応をありがとうくたばれ」


 案の定めっちゃ揶揄われた。


「星乃香は今実の父親と手酷い別れ方をしたばかりで心が弱ってる。そんな中未知の高校に行くのはいくらあいつでも辛いだろう、多少なりとも見知った人間がいるところに行きたいと思うのは自然でそれ以上では無いと思うんだが」

『……まぁ、そういうことにしておくか』


 心持ち早口気味な晴夜の推測に、大地は電話越しに苦笑だけを返す。


『そんじゃ真面目な話をするとだ。どうなんだ? 編入は出来るのか』

「調べてみたが……一応不可能ではない。けれど」


 晴夜の通う高校の公式サイトから編入の要綱を確認したところ、編入を認める要件は三つ。


 一つ目は、高校がある県東部に住居があること。

 二つ目は、学費を納めるだけの当てがあると証明すること。

 三つ目は、編入試験で一定以上の成績を収めること。


 どれも不可能ではない。住居は晴夜の家に引っ越し手続きをすれば良い話だし、学費に関しても相葉家の収入を示せば問題ない。


 だが……三つ目。つまるところ『入った後授業についていけるレベルか』を図る編入試験。これが凄まじい難関だ。


 改めて言うが、晴夜の通う高校はそれなりの進学校。

 そして、基本的に義務教育終了後の教育である高校の学習内容は、中学までと比べて難易度が跳ね上がる。


 そんな中、彼女は約三か月高校に通っていない。高校の教育を受けていないのだ。


 高校の一授業は約一時間、それが一日六つ、一週間で三十時間。

 一か月を四週間とすると、単純計算で約三百六十時間分の遅れがあることになる。

 そこへ更に、想定されている予習復習の手間も加わるのだ。


「もし試験を受けるなら、ほぼ一学期丸々分の遅れを取り戻さないといけない。今年はもう二学期編入しか残されてないから、編入試験のチャンスは夏休みの一回だけ。

 つまり準備期間はあと一か月。……相当厳しいと言わざるを得ない」

『聞くだに難しそうだが──無理とは言わないんだな?』

「言い方からして分かってんだろ。意地が悪いぞ、親父」


 迂遠な質問は、彼の本心を的確に見抜いているからこそ。

 どこか悔しく思うものの、促されるままに心の奥底を口にする。


「──言いたくないんだよっ、無理だなんて」

『……』

「星乃香が、初めて大きな自分の意思を見せてくれたんだ。あれだけ辛い出来事を乗り越えて、前に進もうとしてくれた。

 それを無理だと突っぱねるなんて、出来るわけが無いだろ!」

『……じゃあ、どうする?』


 ああ、そうだ。

 本当は自分の意志など聞いた時から決まっていた。それを叶える上でのあまりに大きな問題が目の前に横たわって、尻込みしていたにすぎない。


 でも、ここまで曝け出させられて。その上でこう聞かれたのなら、もう言うしかない。



「──やるさ。俺が教える、俺が星乃香を試験に受からせる。あの子の願いを、叶えて見せる」



 きっぱりと。

 挑戦状を叩き付けるような声で、彼は言い切った。


「編入試験はうちの授業内容に沿って出題される。なら、そこの現役生徒である俺が教師役としては適任のはずだ」

『そうだな』

「やってやるさ、家族のためだ。……だから頼む、親父。星乃香の挑戦に、あんたも協力して欲しい」


 いくら晴夜が覚悟を決めたところで、実際に手続きを行って金を出すのは大地だ。


 電話越しでは伝わらないが、頭を下げるつもりで晴夜は声を出す。


『……』


 しばし、緊張を伴った息遣いのみが響いて。


『……条件がある』

「何だ?」

『まず、お前の学校生活に支障をきたさないこと。多少成績が下がるくらいは許容するが、学校を休んでまでってのは許さん。それは星乃香ちゃんのためにもならん』

「……分かった」

『後は、この件をきちんと星乃香ちゃんに話して了承を取ること』


 当然の条件だ、晴夜は了承の声を出す。

 だが。


『最後に──もし編入試験に受からなかった場合、星乃香ちゃんはこっちに戻ってもらう』

「……え?」


 最後の条件だけは、疑問の声を上げざるを得なかった。


『こっちの近くにあるんだよ、星乃香ちゃんみたいな訳ありの子でも問題なく通える私立高校がな。俺の知り合いもいるし便宜も多少は効く、高校に行くだけなら余程好条件だ』

「それは──」

『高校浪人って選択肢も無いわけじゃないが、やっぱりお前たちの年代で一年はでかい。お前と離してでも、同い年の人間と居てもらった方が星乃香ちゃんにとっても良いと俺は考える』


 ……一つの正論だ。

 反論の余地はある、だが敢えてしない。


 だって──受かれば何の問題も無いのだ。

 ならここで異議を唱えることは、自らの決意に対する自信が無いと宣言するも同然だ。


「……了解した」


 静かに、揺らがず、晴夜は告げる。


 その宣言は大地にとっても満足のいくものだったようで、安堵の息が響く。

 そして一点、穏やかな声が聞こえてきた。


『なぁ晴夜、気付いてるか?』

「ん?」

『……お前が俺に真正面から我儘を言うのも、これが初めてなんだよ』

「!」


 ……その言葉を、大地はどんな思いで口にしたのだろうか。

 親でない晴夜にそれは推し量れない、けれど。


『頑張れよ、晴夜。厳しい条件も言ったが、俺は応援してるぜ』

「……あんたに言われなくても、やるさ」


 何故か少しだけ、やる気が漲った。



 こうして。

 本当に──何年振りかも分からない。

 相葉晴夜の全力の挑戦が、幕を開けたのだった。

本日はここまで。遂に第一章ラストエピソード開幕です!

そしてブックマーク頂いてました、ありがとうございます!

気に入って頂けたら、また高評価ブックマークよろしくお願いします( ¯꒳¯ )b✧

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