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24話 決戦

連続投稿、一話目です。

「やあ、よく来たね! 晴夜君、そして星乃香」


 ついにやってきた土曜、駅前にて。


 先に到着していたらしい星乃香の父親怜源が、大げさなほどに両手を広げて出迎える。


 先日あれ程言い合いをしたことなど無かったかのような態度。


(いや、違う)


 無かったことにした方が自分にとって都合がいいから、強引にでもそうしてしまおうとする態度だ。


 ……本当に、この男は。


 先日も感じた怒りがふつふつと再燃してくるが、それに呑まれてはいけないと自己を律する。


 今日の目的は、あくまで冷静に話すこと。恐らく怜源が提案するであろう理不尽な要求を丁寧に突っぱねて、現実的な落としどころを探ることだ。


 向こうはこちらが怒ったならば嬉々としてそれを利用してくるだろう。そしてそうならないと信じたから父はこの場を自分に任せてくれたのだ。


 それを、裏切るわけにはいかない。


(……よし)


 隣の星乃香は、今は一言も発さない。ただ何かに耐えるような表情で父親を見つめている。


 それで構わない。彼女も話すことは決まっていると今朝時雨から聞いたし、いずれ話すべきタイミングも来るのだろう。


 覚悟を決めて、晴夜は怜源の案内に従って歩き出した。




 辿り着いたのは、駅前から少し歩いた路地裏にある人気のない喫茶店。

 他に客はおらず、店主も呼び鈴を押さない限り店の奥から出てこない。なるほど、話をするにはもってこいの場所だ。


 そして目の前には、三人分の飲み物。全て怜源が注文したものだ。

 少しでもご機嫌を取るつもりなのかもしれないが、逆効果だ。この男の買ったものに口を付ける気など微塵たりとも起きるわけがない。


「……さて」


 その怜源が、口を開く。


「先日は済まなかった、私も星乃香と久しぶりに会えて舞い上がってしまったんだ」

「……」

「しかも再会できた一人娘の隣に見知らぬ少年がいるんだ、少し熱くなってしまう親心だったということで一つ、水に流してくれるだろう?」


 疑問の体を取っているだけで、ほとんど命令であることが語尾から透けて見える。

 無論、従ってやる道理など無い。


「その時の感情を持ち込まないことには同意しますよ。……無かったことに、なんて都合の良いことはできませんがね」


 向こうが一番嫌がるだろう言葉を選んで返答する。眉をぴくりと動かした辺り多少は成功したのだろう。


「それより、早く本題に入っていただけますか?」

「……ああ、そうだね。本題は勿論、星乃香のことだ」


 隣に座る星乃香が体を震わせる。


「君たちがこれまで彼女に良くしてくれたことは知っている。けれどこの子はまだ年頃の女の子、本当の親がそばに居なくて寂しい思いをしたこともあったはずだ」


 そばに居られなくした当人が、知ったような口を聞くものだ。


「君たち相葉家も、星乃香を大切に思ってくれているのだろう? ならば星乃香のためにも、実の父親である私が相葉家で暮らすことを認めてはくれないだろうか?」


(……来たな)


 向こうの一番の要求はそれだ。

 これを鵜呑みにしてしまえば水草怜源は労せずして住む場所を手に入れ、それを維持するための労力は全て相葉家に任せて好き放題楽な生活を享受することは想像に難くない。


 ならば一蹴すれば良いかと言えば、それも違う。

 何故なら、先程の怜源の言葉があながち間違っているとも言い切れないからだ。


 彼女が、未だ父親を信じたがっていることは先日聞いている。だから無理だと問答無用に突っぱねるのは彼女のためにならない。


 だったらどうするのか。

 それを考え付くのは──三日もあれば十分だ。


「構いませんよ」

「! 本当かい!?」

「ただし」


 喜色を露にする怜源に冷や水を浴びせかけるように、晴夜は怜源を睨みつけ。


「その場合、あくまで『相葉家が水草家に家の一部を貸し出す』という体を取っていただきます」

「……は?」

「分かりませんか? 相葉家で暮らすのは構いませんが、それしか許可はしない。それ以外の生活は全て自分でやって下さいと言っているんです」


 端的に言うならば、『相葉家に居つくのならば生活費諸々は自分で工面しろよ』である。

 これは父と話し合って決めた条件であり、実際そうすることも出来なくはない。

 だが。


「無論、部屋も貸し出しである以上相応の家賃はいただきます。ああ、額は妥当なものにしておきますよ。法外な値段を吹っ掛けるつもりはありませんのでご安心を」


 晴夜の言葉と比例するように怜源の顔が歪んで行く。


 当然だ、彼の要望は言葉を飾らないなら『星乃香を使って相葉家で働かず好き放題暮らしたい』なのだから。


 それを耳触りのいい言葉で誤魔化しているに過ぎず、根本はそこから一歩も譲る気など無いのだろう。

 ふざけた話だ。


「……それはおかしくないだろうか?」

「何がでしょう」


 おかしいのはお前だろうが、との言葉を飲み込めた自分を称賛したい気分だ。


「だって、君たちは星乃香を無償で家に置いてくれていたのだろう? それなのに父親の私が一緒になった途端そのような条件を突きつけるのは非情ではないかね?」

「それは、貴方と星乃香さんの立場が同じだと仮定した場合ですよね?」

「同じだとも、星乃香はもう中学を卒業している。働ける年齢、立派な大人だろう?」

「──」


 ……ああ、そう言えば。

 この男が星乃香を捨てた理由も、『中学を卒業したから』だったな。


「それに、もう一つの問題を君は忘れていないかね?」

「もう一つの問題とは?」

「都合の悪いことに耳を塞ぐのは良くないよ? 無論、君たちが私に無断で星乃香をかくまっていた件だ」


 物言いに怒りを覚える間もなく、怜源が薄っぺらな言葉を並べ立ててくる。


「しかるべき場所に訴えれば立派な事件となることだよ、これは。おまけにそれをしていたのが今急激に業績を伸ばし、勢いに乗っている大企業の社長さんの家となればねぇ。小さな騒ぎでは済まないんじゃないかい?」

「──は」

「……何かね」


 晴夜は思わず笑う。全く芸が無い、と。

 当然先日の話、怜源の言う『もう一つの問題』は晴夜も覚えている。


 そして覚えているなら当然、対策も立てているに決まっているのだ。


「どうぞ」

「……はい?」

「『どうぞ』と言ったんです。しかるべきところに訴えるなりなんなり好きにしてください。それを止める権利はこちらにはありませんので」


 ──けれど、と晴夜は指を立てる。


「その場合、こちらも相応の処置を取らせていただきます」

「……何だねそれは」


 返答代わりに、晴夜は鞄の中から書類の束を取り出して叩きつけた。


「水草家のことを、こちらでも調べさせていただきました」

「──!」

「随分と世間体に気を遣っていたようですね。周辺住民や中学校の関係者から明確な証拠は得られませんでしたが……それでも、どこかしらからは漏れるものです。貴方が星乃香さんに日常的に行っていたことも、家での扱いも、貴方が普段何をしていたかも」

「ッ、これは許されないことだ! 他人のプライバシーを勝手に──」

「こちらの住所を勝手に突き止めた貴方が今さら何を?」


 水草怜源は、究極的に自分本位の人間だ。

 この手の輩の特徴として──自分がやったことをやり返されると考えない傾向にある。


 多少危険な手段を選んでいる自分に酔って、グレーな手段を取るのは自分だけの特権でないと気付かないのだ。

 そしていざやり返されたらずるいと喚くのは見ての通りだが……当然それは通らない。


「貴方が積極的に諍いの方向に持っていくならば、これらの資料も参考として提出されるでしょうね」

「この……っ」

「それともう一つ。貴方の論法には致命的な矛盾があります」


 見るからに狼狽した怜源に、晴夜は畳みかける。


「結局あなたは星乃香さんを『扶養対象』としているのですか? それとも『自立した一人の人間』としているのですか?」

「な──」

「前者であるならば、相葉家で暮らす上で生活費の工面に難色を示すのはおかしいですね、星乃香さんの親権を主張する以上それは当然の義務ですから。

 後者であるならば、家族であることを理由に相葉家に取り入ろうとするのも、星乃香さんを相葉家が引き取ったことに文句を言うのも筋違いです」


 この二つ。星乃香の立場を、都合の良いときに都合の良いように使い分けてこちらを煙に巻こうとしていたのが今回の流れだ。

 その根本を突いてやれば、怜源の主張は全て瓦解する。


「以上のことから、貴方の言わんとすることはどうあっても通りません。

 ──さて、他に何か言いたいことは?」


 歯噛みしてこちらを睨みつける怜源に、晴夜は冷ややかな視線を送るのだった。

もう一話続きます。

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