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23話 晴夜の家族

後半若干視点代わります。

 翌朝。


 起床した晴夜が目撃したのは、いつものように台所で朝食を作る星乃香の姿。


(作らなくても良い……とは言ったが)


 恐らく、こんな状況だからこそいつも通りにすることで精神の安定を保とうとしているのだろう。

 なんだかんだ二週間も共に暮らせば、それくらいのことは見えてくる。


 だから、晴夜も特段責めることは無く食卓に着き、いつものように多少の会話を挟みつつ食事を行い、弁当を受け取って学校に向かう。


「……やっぱり、口数は少なくなるよな」


 星乃香は今まで通り振舞おうとしていたが、それでもどこか上の空になることが多かったのが今朝の印象だ。


 けれど。

 それでも、昨日と違って必要以上に悲観的になったり精神的に不安定だったり、そんな気配は今のところ感じられなかった。


 多分、彼女も考えているのだ。

 昨日の件を経て、土曜日に差し迫った父との話を控えて。

 自分は今どう思っていて、どうしたいのか。何を言うべきなのか。


 だから、晴夜も同じように考えなければいけないだろう。


(……親権を得る上で重要視されるのは、主に『子を養う体力経済力があるか』『子を育てた実績があるか』そして、『子供に共に暮らす意思があるか』ね)


 授業そっちのけで、晴夜は昨夜父から得た知識を基に考える。


 まず前者二つについては考えるまでもない。怜源に経済力があるはずもないし、星乃香は一人っ子と言っていた以上星乃香以前に育てた実績も無い。

 最後の一つは星乃香次第なのでどうしようもないが、前者二つを突けば親権云々の話に関しては優位に立つことが可能だろう。


(後は……どうやってあれの心を折るかだ)


 多分あの父親は、多少論破して追い返した程度ではすぐにまたやって来るだろう。

 何せ、向こうは失うものが無い。どんな手を使ってでもこちらに張り付き、星乃香への情を利用して相葉家に取り入るための言質を引き出そうとするだろう。


 それを、諦めさせる必要がある。

 幸い、その種には一つ心当たりがある。問題はカードをいつ切るか。


 それ以外にも向こうが言いそうな事、用意してきそうなロジックを片っ端から考える。


 昨日出会った印象だと、水草怜源は長期的な考えこそないが短期的には執念深く、その場の口だけは饒舌に回るタイプだ。


 その手の相手に最も恐れるべきことは、言葉の物量に圧されて丸め込まれてしまうこと。

 余程厳密な議論でない限り、人と人との話し合いは多く喋った方が有利。その一点だけで言えば水草怜源は強敵だ。


 だから、対策する。向こうの言うこと悉くに間髪入れず反論し、口を封じたところで致命傷を叩き込んで諦めさせる。


 その勝ち筋に向けて、ひたすら言葉を整理して晴夜は時間を過ごしていった。




 金曜午後五時、呼び鈴が鳴る。

 晴夜が扉を開けると、そこには以前父の言った通り妹、時雨の姿が。


 普段なら多少の軽口でも交わすのだろうが、そんな状況でないことは双方把握していた。


「星乃香ちゃんは?」

「奥にいる。すぐに会ってやってくれ」


 時雨が手慣れた様子で靴を脱いで居間に入る。そしてすぐに机の前で佇む星乃香を発見した。


「あ、しぐちゃ……ん!?」


 迷わず時雨は星乃香に歩み寄り、抱き着いた。


 先週来た時と同じように。ただし違うことは、先週のようにただ会えた喜びを表現するのではなく。彼女を守るように、慈しむように抱き締める。


「……星乃香ちゃん」

「え、えっと……」

「わたしは、ずっと、星乃香ちゃんの味方だから」


 そう言って、時雨は腕に力を込める。

 離さないと言うように。離れたくないと言うように。


 星乃香はしばし戸惑っていたが、それでも先週と同じく、感謝を表すようにおずおずと時雨の背中に手を回すのだった。



 さて。


 時雨がやってきた。以前とは違って泊まり込みの予定だ。

 それ自体はいいのだが、ここで一つちょっとした問題が発生する。


 ……この家には、ベッドが二つしかないのだ。


 一応ソファで寝られないこともないが、仮にも客人である時雨にそのような扱いをするのはよろしくない。

 なのでベッドは女性二人、ソファを使うのは自分の役割かと晴夜は思っていたのだが。


「それには及ばないよー、お兄ちゃん」


 外ならぬ時雨の声で、それは否定された。


「わたし、星乃香ちゃんと一緒に寝るから」

「…………え!?」


 続く発言で晴夜は目を見開き、星乃香は驚愕の声を上げた。


「俺としては助かるが、いいのか?」

「いいよ。お兄ちゃん明日は大事な日でしょ? その前日に変なところで寝て明日に影響が出たら、星乃香ちゃんのためにもなんないじゃん」


 ごもっともである。


「そっ、それはしぐちゃんに悪いよ! あたし、その、結構寝相悪いかもだし!」

「もー、いーの! 明日は星乃香ちゃんにとっても大事な日でしょ! わたしが星乃香ちゃんを抱き枕にしたいんだから大人しくしなさい!」

「はっ、はい!」

「抱き枕て」


 若干個人的な欲望が滲み出ている気がするが、彼女なりの気遣いであることは間違いない。


「とゆーわけで。お兄ちゃん、これからまたお父さんとお話するんでしょ? 行っといでよ、それで早く休んで。星乃香ちゃんとはわたしが話しておくから」

「……悪いな、助かる」


 それに、時雨は聡明だ。自分が今日ここに来た役割をきちんと理解している。

 言葉に促され、彼はいつものようにベランダへと向かうのだった。




 時雨が星乃香の部屋に入るのは、これが初めてになる。

 以前来たときは終始居間で話していたので入る暇が無かったのだ。


 星乃香を促して部屋に入り、扉を閉めてからぐるりと部屋全体を見回す。

 第一印象としては、やはり──


(……すごく、殺風景)


 あるものと言えば机とベッド、それと物置の名残である段ボールが片隅に積まれている程度。


 年頃の女の子らしさなど欠片もない。可愛らしい小物やポスター、ぬいぐるみも無ければ棚にも何も入っていない、本すらない。


 それはまるで、いつ部屋の持ち主が居なくなってもいいように、と言わんばかりで。


(そんなこと、させないんだから)


 自分のおさがりでも良い、物を置きまくってこの部屋に愛着を湧かせまくってやる。二度とここから離れたいだなんて思わないくらいに。

 ひっそりと時雨は決心しつつ、思いを馳せる。


 星乃香が、ここに居るのかどうか。居られるのかどうか。

 その、少なくとも当分の方針を決める話し合いが──


「……いよいよ、明日なんだね」


 星乃香に言葉をかける。


「ねぇ。星乃香ちゃんはさ、今どう思ってるの?」

「どう、って」

「星乃香ちゃんがいずれ出て行くつもりだったこと、でも迷っちゃったことはお兄ちゃんから聞いてるよ。……それから二日経った、今。星乃香ちゃんは、どうしたいと思ってるのかな?」


 答えによっては、明日の結論を左右するほどに重要な質問だ。

 それを理解した上で、星乃香は回答する。


「……やっぱり、分かんない」

「……」

「お父さんをまだ信じたいって思いは、やっぱりあるよ。でも……はる君やしぐちゃん、大地さん、小雪さんがあたしを受け入れてくれて、すっごく嬉しい。それも確かなの。

 ……だからね」


 まず曖昧な答えを述べてから、星乃香が真っ直ぐに顔を上げる。


「明日、お父さんに聞くことは決めてる。その答えで……あたしは、あたしの答えを決めようと思う」

「……そっか」


 決意に揺らぎが無いことは、星乃香の目を見れば明らかだった。


「……明日お父さんは、相葉家のみんなにとって迷惑なことを言っちゃうかもしれない」


 今度は星乃香が時雨に告げる番だった。


「でも、嫌な事にはあたしが頑張ってしないから! だから──」

「ああ、それに関しては心配してないよ」


 悲痛な声で何事かを言いかけた星乃香だったが、あっけらかんと。


「だって、お兄ちゃんがいるもん。お兄ちゃんなら上手くやるよ」

「……え?」


 淡々と事実を語るような声に、星乃香は虚を突かれた。


「さっき見たお兄ちゃんね、本気の顔してた」

「……本、気?」

「そ。お兄ちゃんの過去は大体知ってるでしょ? 挫折しすぎて、何かに挑戦することが怖くなってしまった。何にも本気で取り組むことが出来なくなってしまった──」

「それは……」

「──って、お兄ちゃん本人は言うけど。わたしはそれ、信じてないんだ」


 驚きに顔を上げる星乃香。


「確かにお兄ちゃんは、自分一人が何かをしようとするときは物怖じしちゃうところあると思う。それは境遇を考えればしょうがないこと。

 ……でもね、『何にも本気になれない』は間違い」


 先週も見た、穏やかな表情を時雨は浮かべていた。


「お兄ちゃんは自分じゃない、誰かのために本気になれる人なんだ。自分の大切な人、自分が認めた人のためなら何だって出来ちゃう人。

 わたしはそう思う……ううん、そうだって、知ってるの」


 ……きっと。

 そう断言するに足る、時雨しか知らない思い出がそこにはあったのだろう。


「だから、心配してないよ。あのお兄ちゃんならきっと、わたしにとっても星乃香ちゃんにとっても、最高の結果を掴み取ってくれるから」


 何かを抱き締めるような、そんな顔で語る時雨を見て。


(……羨ましい、なぁ)


 いつかと同じように、星乃香は思ったのだった。

遂に次回より決戦です……!

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