22話 星乃香の家族
大変お待たせいたしました……! 本日は一話のみです。
『よくやった』
晴夜の家に戻った後。
星乃香を休ませて、晴夜が真っ先にしたことは当然父への連絡だ。
起こったことを一通り説明し終えてからの、父の第一声がそれだった。
『いやまぁ最後、話し合いの期日を俺を通さず勝手に決めた件は最善かどうか怪しいが、状況を考えればそう言わざるを得んだろうさ。──それより、だ』
電話越しで大地が息を吐く。晴夜の話を聞き続ける間溜まっていた怒りを吐き出すように。
『──良く手を出さなかった。そのクソ親父、俺だったらぶん殴らなかった自信ねぇわ』
「……気持ちは分かる」
実際晴夜も何度拳を握りかけたか。
星乃香の面影がある顔でそんなことを宣ってんじゃねぇ、と。
『とにかく。そのクソ親父が指定した話し合いの日は三日後。悔しいがそいつの狙い通り、俺はその日会社があってそっちには行けない』
「……悪い」
『だから謝んなって。考えようによっては悪いことばかりでも無いんだ、その日確実にそいつとそこで話せると分かっていりゃ、やりようはいくらでもある』
謝罪を軽く笑い飛ばしてから、大地が真剣な声に戻し。
『向こうの狙いは、お前たちを何とか言いくるめてうちに取り入るきっかけにすることだ。それをさせないために、これからどうにか時間を取って可能な限り対策しよう』
「了解」
『それと、並行して忘れちゃならないのが──』
「星乃香のケア、だろ」
ベランダからちらりと居間の方に目をやる。
そこには、俯いたまま微動だにしない星乃香の姿があった。
……知る必要がある。
聞いていた星乃香が受けた怜源からの扱いと、先刻の怜源への態度。そのちぐはぐさの理由を。
『金曜夕方には時雨も寄越す、それまでどうにか支えてやってくれ。今一番しんどいのは絶対あの子だからな』
「ああ」
『……こっちこそ悪いな、晴夜。正直親が戻ってくるのは想定外だった、また面倒ごとに巻き込むことになる』
気にしていない。
むしろ感謝しているくらいだ、先刻決めた通り自分の手で決着を付ける機会を与えてくれて。
その後次の電話の予定を決めてから、晴夜は通話を切って居間に戻る。
「……」
俯いたままでいる星乃香の向かいに座って、しばし晴夜も沈黙に付き合う。
夕食は出前で構わないだろう。星乃香は他のことが出来るメンタルではないだろうし、食材もすぐ食べなければまずいものもない。
唯一牡蠣の消費期限が明日だが、最悪適当に蒸すだけなら晴夜でもできる。
そんなことを考えながら、待つこと数分。
「……あの、ね」
星乃香も晴夜の聞きたいことは分かっているようで、たどたどしくも話し始める。
「……あたしのお父さん、昔は、すっごく優しい人だったの」
……少々信じたくない言葉が飛び出した。
けれど、彼女が言うならばそうなのだろう。晴夜は現在の水草怜源しか知らないが、彼女はそこに至るまでの軌跡も把握しているはずなのだから。
「ミュージシャン、って言うんだっけ。自分で曲を作って、それを歌って、お客さんを集めてお金をもらう人」
所謂、シンガーソングライター。
晴夜も幼少期に何人か会ったが……なるほど、言われてみれば近い雰囲気はあったかもしれない。
「結構、人気だったんだよ。ちっちゃな頃、ライブに連れてってもらったりもしたんだ」
過去を慈しむ表情で、星乃香が語る。
「ステージの上のお父さんはね、すっごく楽しそうで、きらきらしてて……かっこよかったの。夢に向かって全力で、それでもあたしには優しいお父さんが……大好きだった。お母さんの顔は知らなかったけれど、あたしはお父さんが居れば十分だった」
綺麗な、話だ。
「……でも、ある日。突然人気が出なくなっちゃったんだ」
けれど、それだけで終わるはずがないのは明らかで。
「近くでね、別のミュージシャンの人が人気になったらしいの。ものすごい勢いでファンを増やしていって……お父さんのライブに、人が来なくなっちゃって」
その別のミュージシャンとやらの名前を聞いて、得心が言った。
晴夜も知っている有名人だ。十年ほど前インディーズから急激に人気が出て、今やメジャーの最前線を走るバンド界のスター。
その陰に埋もれた無数の一人が、星乃香の父親だったと。
人気商売ではよくある話だ。
人が趣味に費やせるリソースには限界がある以上、それの取り合いに負けた方が食べていけなくなる。どこの業界でもある話。
「……それから、お父さんは変わっていって」
つまるところ、星乃香の父親は挫折してしまったのか。
「あたしにも、きつく当たるようになった。迷惑をかけるなって、何度も怒られた」
『迷惑をかけたくない』。
彼女がこの家に来てから、口癖のように言っていた言葉。
「でも仕方ないって思ったよ。自分の追いかけていた夢がすぐ近くの人に丸ごと奪われちゃって、心に余裕が無くなったんだから」
……やはり。
以前晴夜と時雨の関係について問うた時の件は、実体験を基にしたものだったか。
「……だからね。あたし、頑張ったの」
星乃香の声が震える。ぎゅっと膝の上で拳を握ったのが分かった。
「一生懸命、ご飯も作った。お父さんのお世話もして、迷惑かけないようにした。今は傷ついてるだけで、いつか、いつか元の優しいお父さんに戻ってくれる。そう信じて……っ」
……けれど。
努力は実を結ばず、星乃香は捨てられた。
その事実を把握したうえで、彼女は。
「……それでも、あたしはまだ信じたいの。お父さんは、やり直せるって」
未だ、父親を見限っていないと語る。
「決めてたんだ。もしまたお父さんに会えたら、その時あたしは相葉家を出て行って、お父さんについていくって」
「!」
「もしお父さんがあの時のままでも、あたしがもっと頑張って元の優しいお父さんを取り戻す。そう決めてたの」
『捨てられるんじゃない、自分から出て行くつもりなんじゃない?』
深月の言葉が思い出される。
「……言わせてもらうが、馬鹿なんじゃないか。そうして、そこまで」
「ッ!」
あの時の父への態度に得心は言ったけれど。
耐え切れず、晴夜は率直な言葉をこぼしてしまう。
それを聞き届けた星乃香は、肩を震わせ奥歯を噛み締めて。
「分かってるよ……」
「っ」
「多分無駄なんだって分かってる、他の人から見たら馬鹿なことに見えるって知ってる! でも、それでも……っ!」
出会ってから最大の音量で、吐き出すように告げた。
「あたしはっ、家族を、嫌いになんてなりたくないの!!」
「──」
「あたしにとってたった一人の、大好きだった家族なんだよ。大好きなままでいたい、そう思うのは、おかしいこと……?」
ぽたりと。
涙を一粒机に落とし、星乃香は晴夜に問いかける。
初めて目の当たりにした、彼女の激情。
言葉を失う晴夜に対し、星乃香はしばしの後自嘲気味に笑って。
「……何より、許せないのはね」
その許せない対象が誰なのかは、彼女の自己嫌悪の表情が物語っていた。
「そう決めてたはずなのに。あたしがお父さんを取り戻すんだって決心してたはずだったのに。
……あたし、迷ったの」
「!」
「あの時、お父さんに聞かれたときに言えば良かったんだよ。一緒に暮らすのは良い、でも相葉家にはいられないよ。元の家には戻れなくても、また別の場所を見つけようって──でも!」
彼女があの時そう言わなかった理由は。
「思っちゃったんだよ、相葉家の人たちともっと一緒にいたいって!」
そんな願いが、彼女の中に生まれていたからだと。
「相葉家の人たちと離れたくない。でも、お父さんのこと嫌いにはなりたくない。むしろ、お父さんの言ってたお父さんも相葉家で暮らすのが──あたしにとっても一番都合が良い」
「な──」
「でも、相葉家のみんなに迷惑もかけたくない。そんなことできない! そのことばっかり考えて、もう、どうしたらいいか、わかん、なくて……っ!」
激しく話し過ぎたのだろう。肩が激しく上下し、荒い息を吐いて星乃香は黙り込む。
それが止むと、居間に響くのは彼女の小さな嗚咽だけ。
……様々なことに、納得がいった。
彼女が相葉家に馴染み切らなかった理由。深い援助を断固として断っていたわけ。再会した父親への態度の謎など、諸々が繋がった。
その上で、自分は、どうしたいと思っているのだろうか。
晴夜は虚空を見つめ、しばらく考えてから。
「……悪い。色々と納得はしたが、なんて言ったらいいかちょっとまとまりきらん」
「……うん」
「だからさ、一つだけ言う」
視線を、星乃香に固定し直す。
「星乃香。買い物のとき言った通り、あんたはもううちの家族だ。相葉家の一員だ」
「!」
「少なくともうちの連中はみんなそう思ってる。親父も母さんも時雨も……それで僭越ながら、俺も」
ああ、認めよう。
これほどまでに健気で、頑張ってきた子を。
辛い環境でも明るく振舞うことを忘れず、どんな状況でも誰かのことを思いやり。周りから好かれて、一生懸命になれる。
物覚えも比較的よく、誰とでも仲良くなれる努力家。きっと環境さえ真っ当ならすごい人に慣れたであろう少女に。
同情するなと言う方が無理な話だ。思い入れない方が難題だ。
自分であれば、尚更。
「だからさ、こんなこと言うのはあれだが有り難かったよ。あんたが自分のことを素直に話してくれて」
「……」
「何度も言ってるだろ、多少の迷惑は許容範囲内だ。あんたはもっと俺を見習え、俺なんか現在進行形で親に無限の迷惑をかけ続けてんだぞ」
少し気恥ずかしさを自覚してか、若干言葉に遊びが入るようになる。
「ともかく。何度も言うが、あんたはもう家族だ。今日はそれだけ覚えておいてくれ。……そんで、もう休め」
赤く腫れあがった目元と共に、顔全体に疲労が浮かんでいるのが良く分かる。
「こんだけ色々あって泣いて叫んで、疲れないわけがないだろ。夕食は良い。なんなら明日の朝食もきつけりゃ作らなくて良い。ここはあんたの家だ、休んでいい場所なんだから」
「…………うん」
単純に否定する体力が残っていないだけかもしれないが、星乃香は大人しくふらりと立ち上がって自室に歩みを進める。
扉を開けて戻る際、彼女は少しだけ顔をこちらに向けて。
「……あり、がと」
控えめに、そう告げた。
「……さて」
考えろ。
彼女のために、今自分が出来ることを。
残された時間をフルに使って、最善を見つけ出すのだ。
そう決心して、晴夜は調べ物のため自室へと戻るのだった。
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