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21話 舌戦

連続投稿、二話目です。

「あのねぇ……さっきから黙っていれば君、少し失礼な言動が多すぎやしないかい?」


 ある夕方突然晴夜たちの前に現れた、星乃香の父親怜源と名乗る男。


 柔和な態度とそれらしい言葉で誤魔化してこそいるが、述べた要望は謙虚とは程遠い。


 ──また、父親として星乃香と一緒に暮らしたい。

 ──けれど、元の家は既に差し押さえられており戻ることは出来ない。

 ──だから、今星乃香を預かっている相葉家で自分も暮らす。


 あまりにも破綻した論理だ。故に彼の目的が三つ目にあることは明らか。


 自分で言うのも何だが、晴夜の家は金持ちだし両親もそこまで浪費家ではない。養う身を一人二人増やしても左程問題は無いだろう。


 そこに付け込み、『星乃香の父親である』身分を利用して相葉家に潜り込む。そして自分も労せずして衣食住を得たい。それがこいつの狙いだ。


 星乃香の境遇を見る限り、怜源がまともな暮らしを出来るほどの稼ぎを得られていなかったのは明らかだ。そんな彼にとって、現在の星乃香の暮らしはひどく魅力的に映ることだろうから。


 しかし、そんな向こうだけに都合のいい話を晴夜の両親が認めるはずはない。無論、晴夜だってそうだ。

 だから、断固たる態度を取ることに迷いは無い。


「周りに反発したくなる年頃なのは分かるけど、そんなんじゃ社会でやっていけないよ?」

「そうですか。『貴方が知る程度の社会』でやっていけなかったところでさして困るとも思えませんが」

「っ。だからねぇ、大人にそんな態度を取ってばかりいると──」

「おや、まさか俺が大人の人全員にこんな態度を取るとでも? ご安心を、敬意を表す相手を選べる程度には器用なつもりなので」

「君──!」

「それともよもや、自分が敬意を持ってもらえる大人であるおつもりですか? 星乃香さんが置かれていた境遇を知る俺に対して? それはまた随分と楽観的な性格のようで。羨ましい限りです」


 高圧的な態度で晴夜をやり込めようとする怜源に対し、三倍の皮肉で返礼する。


 普段さして口数の多くない彼だが、やろうと思えばこれくらいは言える。この程度の大人に気圧されるわけもない。


 だって、幼い日に嫌と言うほど見てきたから。これよりもずっと恐ろしく、ずっと鮮烈で、ずっと凄い大人たちを、たくさん。


 しばし無言で晴夜を睨みつけていた怜源だったが、やがて随分とわざとらしい溜息をつく。


「……はぁ。星乃香を引き取ってくれた家の人だから丁寧に接していたけれど、まさかこんなに躾のなっていない子だったとは」

「子が親に似るとは限りませんよ。そちらのお宅が好例でしょう」

「もういい、もういいよ。全く、君のせいで感動の再会が台無しだ」

「それは失礼しました。ではお引き取り頂けますか?」


 気分を最低にまで叩き落されたのはお互い様だ。さっさと追い返すべく晴夜は話を打ち切ろうとするが。


「そういうわけにもいかないんだよねぇ……」


 こちらを苛立たせるもったいぶった態度で怜源が首を振る。


「……しょうがない。本当はこの話はしたくなかったんだけどね……」

「何でしょう」

「知っていたかい? 星乃香の親権は、まだ私にあるんだよ」

「…………ほう?」


 にわかに突っぱねることは出来ない話が出てきたと察する。


「親権。君のような子供は馴染みが無いだろうがね、子供を育てる権利のことさ。それは本来子供を産んだ親が持つものだ」

「……」

「つまり、私だ。分かるかい? 君たちの立場は言ってしまえば、他所の子供を勝手に引き取って家に置いている、誘拐犯と変わりないんだよ?」


 ……なるほど。

 癪だが、一理あることはある。

 星乃香の性は未だに『水草』だ。つまり相葉家は彼女を養子にする正式な手続きをまだ行っていない。


 そうである以上、法律上の親はあくまで怜源。その辺りだけを切り取るのであれば相葉家に非があるだろう。


「けれど、私としても星乃香を引き取ってくれた恩ある家の人に面倒な真似はしたくない。君の父親は有名企業の社長さんなんだ、こんなことを公言されたら困るだろう?」


 安い脅しだ。

 しかし、無視するわけにもいかないだろう。


「……お聞きしますが。親権を主張するのなら、当然それに伴う義務も十全に果たしてきたと貴方は言い切れるんですね?」

「それは私の決めることではない。そうだね……もしそうなればだが、法廷の人が決めるべきことだろう」


 誤魔化したな。


 流石に親権に伴う義務とやらを詳細に把握してはいないが、常識的に考えて怜源がそれを果たしているわけがない。

 晴夜はそこを追求しようとするが、今度は先んじて怜源が大声を上げた。


「それにだ! この手の話において、一番大事なことを君は忘れていないかい?」

「へぇ。何でしょう」

「──子供本人の意思だよ」


 ぐるりと。

 得体の知れない笑顔を張り付けたまま、怜源が星乃香の方を向いた。


 今まで俯き、押し黙っていた星乃香がびくりと体を震わせて後ずさる。

 それと同じ距離だけ歩みを進める怜源。


「なぁ星乃香! この通り、私は深く反省している。もう一度、一緒に暮らしてくれ。今度こそ父親らしいことをさせて欲しいんだ!」

「あ……」

「先ほど私を見た時、嬉しそうな声を上げてくれたじゃないか! 頼むよ、優しいお前なら分かってくれるだろう!?」


 晴夜は声を挟もうとしたが……星乃香の表情を見て、押し黙る。


(……どうして)


 今目の前で薄っぺらい言葉をまくしたてている男は、父親でありながら彼女にろくな暮らしをさせてやらず、体の良い奴隷のような扱いをして、最後には捨てた人間のはずだ。


 なのに、どうして、彼女は。



 ──まだ、何かを望むような顔で父親を見ているのだ。



「……」

「星乃香、黙っていては分からない。答えを聞かせてくれ」


 ちらりと、星乃香が晴夜の方を見る。

 晴夜の表情をどう読み取ったのかは分からないが、彼女はそこから更に数秒沈黙して。


「……ちょっと、考えさせて……欲しい」


 と、絞り出した。

 それを聞いた怜源は一瞬呆けた後、眉を吊り上げた。


「星乃香! お前は──!」


 続く言葉に、何を言いかけたのかは分からない。

 けれど、寸でのところで晴夜の存在に気付いて口を噤んだ辺り、ろくなことではないのだろう。


「……ふぅ。分かったよ、確かに考える時間は必要だしね」

「では、今日はお引き取り頂けるということで?」

「本当にしゃしゃり出てくるねぇ、君」


 呆れた顔を向ける怜源。その顔をしたいのはこちらだ。


「まぁいいや。でも、いつまでもというわけにはいかないね。私は君と違って忙しい、長くはこっちにいられないからね」

「はぁ。で?」

「分かっているだろう? 次に話し合う時間と場所を決めたい。そうだね……今週の土曜日、午前十時あたりでどうだろうか?」


 晴夜は眉を顰める。


 つまり、三日後。考えをまとめる時間としてはどうか知らないが、性急であることは確かだろう。


 まさかこの男が宣言通り忙しいはずもあるまい。何をそんなに急いでいる?

 何が狙いだ──と考えて、気付く。


 確か晴夜の父親は、今秋来週と社内のプロジェクトが忙しくて家のことに関わっている時間が無かったはず。


 よもやそこまで怜源が把握しているとは思えないが──恐らく奴の狙いは、この話に極力晴夜の両親を介入させないことだ。


「……ちなみに、場所は?」

「そうだね、一先ず駅前に集合でいいだろう。ああ、勿論君と星乃香で来るんだよ? まさかここまで啖呵を切っておいて親を呼ぶなんて情けないことはしないよね?」


 続く怜源の言葉で、予測が正しかったことを知る。


(……ほぉ)


 つまり、話術や人脈に長けた晴夜の父親が出てくるならともかく。

 晴夜と星乃香だけならば、どうとでも言いくるめて言質を取れると考えているわけだ。


 早い話、晴夜は舐められていると。


「……いいでしょう」


 敢えて晴夜は乗ることにした。


 本当はだめなことは把握している。ここは何としても躱し、おとなしく父に交渉権を明け渡すことが正解であることは分かっている。


 けれど。


 晴夜は引けない。否、引きたくない。

 この程度の人間には言いくるめられない自信がある……のもそうだし、断ればまた別の厄介な手を打たれかねない懸念もある。


 でも、何より。

 この男は、晴夜が自分自身で決着を付けたい。


 あまりに幼稚な意地だけれど、そう思ったのだ。


「よろしい。あ、当日逃げるのもだめだよ? 君の住所はもう知ってる、押しかけても良いんだよ?」

「ご安心を、逃げませんので来ないでください。不法侵入で叩き出しますので」


 怜源がしてやったりの笑みを隠さずに頷き、あっさりと身を翻す。

 その背中に向けて、晴夜は。


「……最後に一つ聞きたいんですが」


 最も気になっていたことを問いかける。


「再会して初めに、星乃香さんは貴方に『体は大丈夫?』と聞きましたね」

「? そうだね。それがどうかしたかい?」



「貴方は言わないんですね、星乃香を心配する言葉を。二か月半会っていなかった娘に対して、出会ってから別れるまで、ただの一度も」



「──ッ!」

「あ──」


 何より許せなかったのは、そのことだ。


 ……正直なところ。

 貧乏暮らしをしていた自分を差し置いて、星乃香だけが裕福な家に拾われていることに嫉妬する。その心持ちだけならば分からないことも無かった。


 けれど、この男は。

 今言った通り、星乃香を心配する言葉を一言たりとて吐かなかった。


 それは、彼にとってもう星乃香は相葉家に取り入るための道具に過ぎず、家族の情など欠片も戻っていないことの証左に他ならない。


「おとう、さん……」

「っ……チッ」


 星乃香の縋るような声に、これ以上何か言っても墓穴を掘るだけと悟ったから。

 舌打ちを一つ残して、足早に怜源はその場を去っていった。



「……」


 残されたのは、その場に佇んで父の去った方角を見ている星乃香。


「……星乃香。どうする?」

「え?」


 振り向いた彼女の顔は、頼りなさげに揺れていた。


「どうする、って……?」

「色々あって混乱しているだろう、そういう時は一番安心できるところに行くと良い」

「安心できる、ところ?」

「このまま家に戻るのでも良いし、あんたが望むなら今から相葉家の本家に戻っても良い。案内はするし、今日起きたことを話せば母さんも親父も時雨も絶対悪い顔はしない」

「……」

「……勿論、それ以外の選択肢が星乃香の中にあるのならそれでも。あんたのやりたいように決めてくれて構わない」


 また、しばしの沈黙を星乃香は挟んでから。


「…………はる君の、おうちがいい」


 消え入りそうな顔で、幼子のように呟いたのだった。

星乃香パパの好感度は既に割と最低に近いと思いますが、一応念入りに下げておきます(゜▽゜)

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