20話 父の真意
連続投稿、一話目です。
「はる君? その……」
背中で戸惑いを見せる星乃香を他所に、晴夜は眼前に現れた星乃香の父親から目を離さない。
その父親は、星乃香と同様間に立ち塞がった晴夜に戸惑った様子を見せつつも、こちらに近づいてくる。
「……」
至近距離で見ると、改めて感じた。
顔立ちに、星乃香の面影があると。
優しげな、柔和な表情。とても娘を捨てるような人間には見えない。
見えないことが、逆に晴夜の警戒心を引き上げる。
「ええと、君は……」
その父親が、口を開いた。
それ以上近づくな、との圧を出しつつ、晴夜は返答する。
「……相葉晴夜。現在星乃香さんをお預かりしている相葉家の長男です」
「ああ、そうか。君が」
答えを受け、得心が言ったように頷くと。
「私は水草怜源だ。気付いているとは思うが、水草星乃香の父親だよ」
「そうですか」
端的な晴夜の返しに父親──怜源は一瞬ぴくりと眉を動かす。
だが一瞬だけ、すぐに元の柔和な顔に戻すと、続けて神妙そうな表情を作り。
「まずは、ありがとう。星乃香を今まで引き取ってくれて」
頭を、下げてきた。
しかし晴夜は、その言葉に含まれた不穏な単語を読み取る。
「『今まで』と言いましたね?」
「ああ。……星乃香と話をさせてくれないかね?」
晴夜の態度から埒が明かないと察したのだろう、後ろにいる星乃香への取次ぎを頼む怜源。
当然、晴夜は断ろうとしたのだが──
「……はる君。お父さんとお話させて、お願い」
そのタイミングで、背後の星乃香からも声が上がった。驚きの表情で晴夜が振り返る。
「ほら、当の星乃香がそう言っているんだ。これ以上家族の語らいを邪魔するのは無粋ではないかね?」
──どの口が、家族だなんて。
言いかけたが、恐らくここで更に口を突っ込むと余計に面倒なことになる。
そう察した晴夜は、一旦大人しく二人の間から身を引いた。
それに、見極めなければならない。
聞く限り、星乃香に家庭内でひどい扱いをして、最後には扶養義務がなくなった瞬間に捨てた父親が、何故今更彼女に接触してきたのか。
そして──そんな父親に対して、どうして彼女があのような態度を取っているのか。
「……お父さん」
歩み寄った星乃香が、怜源から三歩の距離で口を開く。
「その、体は大丈夫?」
「ああ。あの後色々大変だったが、何とかやっていけているよ」
父の体調を気遣うような態度。彼女がされたことを知る晴夜からすると、どうにもちぐはぐに見える。
しかし当の怜源はそれに対し安心させるような微笑みで応え。
「そして、済まなかった。お前を置いていくような真似をして」
「!」
晴夜と同じように、頭を下げてきた。
「お前が居なくなってようやく気付いたんだ。これまでお前にどれだけ支えられて来たか、どれだけお前に負担をかけてしまっていたか」
「お父さん……」
「謝って許されることではないかもしれない。だが……こんな私を父と呼んでくれるのなら、もう一度、やり直させてはくれないか?」
怜源の言葉を真に受けて、星乃香の顔に喜色が浮かび始める。
まるで、『ようやく戻ってくれた』と言わんばかりに。
その感情に押されるように、彼女は震える声で。
「じゃ、じゃあ……! またあの家で、前みたいに……」
「──いや、それは出来ない」
しかし、父親から思いもよらぬ否定の言葉を受け、呆然とする。
「お前も知っているだろう? あの家はもう、怖い人たちに差し押さえられてしまった。私も懸命に努力して取り返そうとしたのだが……叶わなかった」
「そんな……」
「けれど、私は考えたんだ」
怜源の表情と身振りは真に迫っており、吸い寄せられるように星乃香はその言葉に耳を傾ける。
「星乃香。お前はもう相葉家に引き取られている身だろう? そちらの……晴夜君とも随分仲良さげだ。それを今更引き離すのも忍びないだろう。だから」
そして。
「私も、相葉家で暮らすことにしよう。それで万事解決する!」
『これが最善』と疑っていない満面の笑顔で、怜源は高らかに宣言した。
「……え?」
「これで星乃香は、相葉家の人たちとも私とも一緒に暮らせる。何も寂しいことは無いだろう?」
「で、でも……」
なるほど。
「それは、相葉家の人たちに迷惑じゃ……」
「何を言う! 相葉家の人たちはそれくらいの迷惑も覚悟で星乃香を引き取ってくれたんだ、それにいつまでも遠慮する方が悪いことだと思わないのかい!?」
こいつの狙いは、そこか。
「──失礼」
ヒートアップする怜源の語りに、意図的に水を差すように晴夜が冷たい声で割り込む。
「……何だい?」
邪魔された怜源が不機嫌そうな視線をこちらに向けてくる。
随分安い仮面だと思いながらも、晴夜は心を抑えて口を開いた。
「今の話だと、元の家にもう帰れないから貴方も相葉家に移る、とのことでしたが」
逆に心中を悟られないよう、薄笑みの仮面を晴夜は貼り付けて。
「実は、そちらの家は既に相葉家が所有権を買い戻しているんですよね」
虚を突かれたことがバレバレの顔を晒す怜源。
「……は?」
「元々は星乃香さんが大人になった際にお返しするつもりだったんですが、貴方が帰ってきてくださったのならば話は早い。戻ることに何の問題もありませんよ、どうぞまた元の家で家族仲良くお暮らしください」
「いや、しかし、それは……」
先程までの自信満々な顔は何処へやら、途端に狼狽え始める怜源。
そうだろう、困るだろう。
表面上は非情に穏やかで誠意に満ちた態度だ。……だが、これまで多くの大人たちを見てきた晴夜の経験から彼は看破する。
──ひどく薄っぺらい、内に卑しい欲望を隠した表面上だけのものだと。
故に、この男の目的。
今更星乃香の元に戻ってきた目的は──恐らく、星乃香をダシにして相葉家に取り入ることだ。
どう嗅ぎ付けたのかは知らないが、星乃香を引き取った相葉家がかなり裕福な家庭であることをどこかで知ったのだろう。
その上で、星乃香の父親であることを利用して自分も相葉家で──あわよくば何の苦労もなく悠々自適に過ごしたい。
そう言った狙いを持っていると看破したからこその、先程の言葉だ。
案の定、怜源は目に見えて狼狽え始める。
「さ、先ほども言った通り! いきなり相葉家と引き剥がされるのは星乃香も困るだろう!」
「問題ありませんよ、そちらの家は相葉家本家に近い。ご近所付き合い程度なら問題なくできますから」
「しかし君は……いやそもそも君の親に聞いてみないことには……」
戸惑っているが、恐らくこの父親はすぐに尤もらしい言い訳を捻りだすだろう。
だが問題ない、これはただのジャブだ。本題はここから。
だから晴夜は余裕の表情を見せて、畳みかけるように。
「まぁ、買い戻した件は嘘なんですけど」
種明かしを、行う。
「…………は?」
先ほど以上に呆けた顔を見せる怜源だが、揶揄われたことに気付くと徐々に顔を怒りに染めていって。
「──君! 大人を馬鹿にするのもいい加減に──」
「でも妙ですね」
激昂させる暇は与えない。鋭い眼光と共に晴夜は致命的な言葉をぶつける。
「『懸命に努力して取り返そうとした』んでしょう? なら何でこの程度の嘘すら見抜けないんですか?」
「──な」
「……あ」
図星を突かれた怜源の声と、気付いてしまった星乃香の声が重なった。
そう、もし本当に取り返そうとしたなら今家を所有している人間のことくらい知っていないとおかしい。
晴夜の嘘に気付かないということは、もとより調べてなどいなかった。
つまり、『最初からあの家に戻る気などなかった』と虚偽を証明したようなものだ。
「……貴方の態度、どうも幼少期に既視感がありましてね」
ある意味、晴夜は安心した。
もしこの父親が本当に改心していて、心から昔のように星乃香と暮らしたいと望んでいたのなら、逆に晴夜は態度に迷ったかもしれない。
「不自然なほどにころころ変わる張り付けた表情とか、上っ面の言葉は綺麗でも振る舞いの端々に相手への敬意が感じられないところとか」
けれど、間違いない。初対面だけれど確信した。
こいつは、星乃香を捨てた水草怜源のままだ。
「──うちの親にどうにか取り入ろうとする連中とおんなじ顔してんだわ、あんた」
ならば、迷う必要はない。
徹底的に、追い返すまでだ。
本日はもう一話更新します。




