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2話 お手本のような押しかけ少女

連続投稿、2話目です。

 晴夜の判断は素早かった。


「人違いです」


 それだけを言うと瞬時に扉の取っ手に手を掛ける。


 だってそれ以外考えようが無いだろう。


 雇われた、とお世話、の言葉を素直に受けとるならば使用人的な役割を果たすべくやってきたのだろう。

 親が裕福だったので、そういう職種の存在は多少身近ではあった。それでも何故こんな若い子が、との疑問は残るが。


 しかし晴夜は使用人を雇った試しはないし雇うほど困ってもいない。特殊な風俗を利用した覚えもなければ記憶もはっきりしている。


 もしや晴夜が知らないだけでこれは新手の美人局というやつなのだろうか。だとしても詳しく知りたくはないので関わらないに限る。


 何であれ、ここで扉を閉める判断だけは一貫して正解のはずだ。取っ手を引き寄せる晴夜だったが、逆方向からの力でそれが止められる。


「待って待って待って! 話を聞いて、少なくとも人違いではないから!」

「何を根拠にそう言う、少なくとも俺は使用人を呼んでなどいない」

「表札に相葉晴夜って書いてあったよね!? あたしは晴夜君の家を探してきたので!」

「そんな相葉晴夜に覚えはない、そうなると多分俺は晴夜君ではないんだろう」

「それはそれで別の問題があると思うんだけど!?」


 晴夜も自分が何を言っているのか分からない。扉を引っ張ることに全力を使っていて余裕が無いのである。この女意外と力が強いのだ。


「そも、雇われたって誰にだおい。どこのどいつだ俺の家なんぞにけったいな使用人を送り付けてきた奇特な野郎は」

「じ、自分の親のことをそんなふうに言うのは! 相葉大地さんと相葉小雪さんです!」


 晴夜の手がぴたりと止まった。


 相葉大地と相葉小雪は、確かに晴夜の両親の名前だ。それが彼女の口から出てきたことによって若干だが話の信憑性が増す。

 とは言っても、晴夜の両親の名前くらいならば調べれば分かる範囲だろう。だから問題は自分の両親が無断こんなのを送り込んでくるような人間かどうかという話だが……


 晴夜は思ってしまった。


(……正直、大いに有り得る)


 両親……というか主に父親は、勿論悪人ではないのだが、職業柄愉快なサプライズなどを好む傾向にある。

 良く言えば遊び心が豊富、悪く言えば傍迷惑な人間なのだ。


 晴夜は考える。まず両親に連絡を取るのは確定として、その間この──水草星乃香と名乗った少女をどうするか。


 見知らぬ人間を家に上げるのには抵抗がある。

 が……こんな女の子を家の前に放置することへのリスク、加えて先の言い争いを近隣住民に聞かれていた場合のあらぬ誤解を考え。


「…………とりあえず、上がるだけなら許可する」


 絞り出すように、そう告げたのだった。


 この子が何を画策しているのかは知らないが、言うことを鵜呑みにするならばこれから晴夜はこの少女に世話される羽目になるらしい。

 何の冗談だと言いたくなる。そういうことを羨ましく思うのは創作の中だけであって現実では色々と面倒くさいことが伴うのは想像に難くない。


 ……そもそも、先に述べたように晴夜は独りを好む。パーソナルスペースに他人を入れることは断固拒否したい。


 ──話だけ聞いてから、元居た場所へと丁重にお帰りいただこう。


 そう考えつつ、晴夜はリビングに案内した星乃香を横目で見つつ、ベランダでスマートホンを取り出した。






 結論から述べると、両親の仕業だった。


『ああ、星乃香ちゃんの言ってることは全部本当だぞ。相葉家で雇って、お前の所に派遣した。以上だ』


 電話越しに聞こえる父、相葉大地の能天気な声を聞いて晴夜はもう片方の手で握り拳を作った。

 色々と言いたいことはあるが、とりあえず現時点での最大の文句を一つ。


「……前もって言えやコラ」

『はっはっは! だって使用人を送るっつったらお前は断るだろ? なら事後承諾させた方が通りやすいと思ってな』


 それは無断で送り付ける理由にはなっていない。


「そもそも、あれはどこの子なんだ。俺がそっちの家を出てから一体何があった」


 続いて、現在一番気になっていることを晴夜は尋ねた。


 晴夜が実家を出て、一人暮らしを始めたのは高校入学時。

 それ以前に相葉家で使用人を雇ったなど聞いたことが無い。そもそも実家はそれなりに立派なだけの普通の一軒家で使用人など必要ないはず。


 僅か二か月で相葉家に何が起こったと言うのだ。晴夜のその問いかけも予測していたのか、大地は少し声のトーンを落として返答する。


『ああ。まあ一言で言うと──拾ってきたのさ、母さんが』

「……拾って、きた?」

『文字通りな。お前が家を出てすぐの頃、母さんが路地裏でこの子を見かけたらしい。

 しかもその時星乃香ちゃん、段ボールのベッドに掛布団の毛布一枚っつー完全無欠のホームレス状態だったからな。そりゃ流石に放っておけんだろうさ』

「──んな」


 淡々と紡がれた想像以上の内容に、晴夜も電話口で瞠目する。


「……それ、彼女の親はどこに」

『お察しの通り、もういない。母親は小さい頃に亡くなったそうで、父親は三日前に家を借金のカタに売っ払ってドロンだ。典型的な蒸発だな』


 そこで晴夜は気付く。淡々と話している大地の声から……僅かに抑圧した怒りが滲み出てきているのを。


『しかもな? 去り際に星乃香ちゃんが『どうしてあたしも連れて行ってくれないの』と聞いたそうだ。当然だな。それに対してその父親、なんて答えたと思う』


 一拍置いてから、大地が言った。




『──『中学を卒業したから(・・・・・・・・・)』だそうだ』




「…………え?」

『中学を卒業、つまり義務教育が終了したから。法律上は働くことが出来るようになったから。だからもう自分が扶養する義務はない、ってことだとよ』

「…………」

『安心しろ、晴夜』


 言葉を失う晴夜の心理を正確に把握し、大地が告げる。


『ここはキレていいところだ。俺もその話を最初に聞いた時はブチギレたからな』

「なんだよ……それ……」


 その父親の言っていることは、確かに一定の理は通っている。

 でも、だからって。それはないだろう。

 少なくとも自分が同じ状況下に置かれたら、間違いなく星乃香と同じ状態になっていた自信がある。


『更に話してみると、他に身寄りもないらしい。だからうちで引き取ることにしたんだ。幸いお前の使っていた部屋が丁度空いてたからな』

「……あの子の身の上は、分かった」


 だが。


「それがどうして、俺のところに来る流れになる」

『……ああ。星乃香ちゃんがうちに来て、一月ぐらい経った頃かな。あの子が言ってきたんだよ、『何か手伝うことはありませんか』ってな』

「引き取ってもらって何もしないのが罪悪感だったってことか? そんなに変な事でもないと思うが」

『普通はそうだな。でもあの子の場合は、目が違った』

「……目?」

『ああ。単なるお手伝いがしたいって感じじゃない。もっと切実で、深刻なんだ。その目に雄弁に書いてあったんだよ』


『『ここで何もしなかったら、また捨てられるんじゃないか』ってな』

「──!」


 その一言で、察してしまった。


『しかもその後、『あたしは、役に立たないといけないんです』って続けてな』


 彼女が元居た家で、父親にどんな扱いを受けていたのか。


『それでもう、大体分かったね。……すげぇよな。会ったこともない人間をここまで嫌いになったこと、俺初めてだわ』


 怒りを押し殺した声でそう言ったのち、大地は電話の向こうで息を吐いて。


『それで、だ。とは言ってもうちの家事は専業主婦の母さんがいる以上間に合ってる。別に仕事を与えられないわけじゃないが、あの子は意外と聡いから気を遣われていることぐらいは気付いちまうだろう』


 つまるところ、彼女の不安は相葉家にいる限り払拭されないというわけだ。


『そこでお前だ。別に見栄とか張らずに正直に答えてくれていいんだが……お前、家事ロクに出来てないだろ。特に料理』

「……まぁ、多少は」

『安心しろ、怒るつもりはねぇよ。俺も学生時代は母さんに頼りきりだったからな!』


 あまりにも確信を持った口調で図星を突かれ、晴夜は呻くことしかできなかった。

 大地の言う通り。正直晴夜は一人暮らしを始めるにあたって家事を甘く見ていた節がある。


 炊事、洗濯、掃除。一つ一つに個別の技術がいることも勿論だが……何より、一人で毎日続けるには想像以上に根気がいるのだ。

 晴夜の生活環境及び食糧事情は二か月で既に若干の乱れを見せており、改善の見通しは実のところあんまり立っていなかったりもする。


『とりあえず、これで大体の事情は分かったろ? 星乃香ちゃんはどうやら何か役割を持たないと不安になってしまう性質らしい。だから若干生活に問題のあるお前のサポートをさせようって魂胆だ。ああ、勿論住み込みな?』

「……まず、役割が無いと不安になる性質の方を直すべきだと思うんだが」

『その通りなんだが、それは多分改善に時間がかかる類の問題だろ? その間ずっとこっちに置いとくってのも心配だしな』


 言わんとすることは分かるが……それ以前に。


「父よ。仮にも高校生男子である息子が一人暮らししている家に、同年代の女子を使用人として送り込むことに対する心配はないのか?」

『息子よ。ぶっちゃけるといいご身分だなと思ったことは否定しない』


 しないんかい。だからその手のシチュエーションは現実にあっても面倒なだけだと。


『でも、一般的な心配に関してはしてないぞ。だってお前、手を出すとかそういうことは絶対しないだろ?』


 そりゃここですると答える人間はいないだろうが。


『だから、お前にとって無理のない範囲で構わない。あの子に役割を与えてやってはくれないか』

「……」

『……悪いな。こっちの勝手な同情であの子を引き取ったってのにそのツケをお前に押し付けて。色々と面倒をかけちまう、そもそもお前の一人暮らしも──』

「いや、いいさ」


 少々厄介な問題に踏み込もうとした父親の台詞を、晴夜は制す。

 別段両親との仲が険悪なわけではない。だが……とにかく、色々と複雑で。

 それでもあえて一言で表すのならば──気まずい、のだろう。


(……どうするかな)


 今の話を聞いた上で彼女をどう扱うか。

 それを考えつつ、晴夜は通話を終了するのだった。

本日は4話まで投稿します。

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