19話 望まない邂逅
連続投稿、二話目です。
放課後。
晴夜は半帰宅部らしく家に直行した後、そのまますぐ星乃香と共に家を出た。
本日の用事は、夕食の買い出しだ。
今までは星乃香一人に任せていたのだが、先日ついに危惧していたこと──他人の視線を集める容姿をしている星乃香が見知らぬ男性に声をかけられる件──が発生したのだ。
幸いその時は何ともなかったようだが、今度似たようなことがあった時世間知らずな彼女が対処を誤らないとも限らない。
加えて、近頃料理を張り切っている彼女の買い出し量が日を追うごとに増えて行っており、一回の買い物でも彼女一人で持つには辛い量となってきたことも重なって。
結局、買い出しには晴夜も同行することで決着したのである。
そういうわけで、近所のスーパーに到着して買い物が始まった。
「今日は何を買うんだ?」
「んーとね、基本的なお野菜と、切れてたごま油と……あとは牡蠣! 岩牡蠣ってのが最近美味しいらしくてね、お高いみたいだけど挑戦してみようと思うの!」
「了解、楽しみにしておこう」
とは言っても、晴夜の仕事は基本荷物持ちだ。
調味料などの包装品ならまだしも、野菜などはちゃんと物事に良し悪しがあって見分けるコツも違う。
よく聞くキャベツは芯の底の大きさがどれくらいだと良いとかその手のやつだ。
「んー……これかな」
そしてどうやら、彼女はそれらを見分ける技術に大変優れているようだ。
特に野菜は目につくものを一つ一つ吟味して、その上で最適なものを選んでいるらしい。傍目には違いが無いように見えるが、星乃香視点だと色々あるのだろう。
「やっぱり、そういうのを見分けるのって慣れてるのか?」
「慣れてる……って言えば慣れてるかも。ちっちゃい頃からずーっとやってたからね。ご近所の人にコツとか教えてもらったりしたんだ~」
……そこは、母親とかではなかったのか。
流石にそこを指摘するのは良くないと分かっているので、気を取り直して晴夜は周囲を見渡す。
(……それにしても)
やはり、星乃香は目立つ。
非常に見目麗しい少女、それが可愛らしい服を着て、しかもエコバック片手に食材とにらめっこする姿が家庭的な魅力を全面に押し出しており、有体に言えばとても可愛い。
それが他者の耳目を集めないわけがない。
ほら、今も近くを通りがかった主婦が思わず星乃香の様子を見かけて──そのままずんずんとこちらに向かって歩いてきた。何だ?
「あらー星乃香ちゃんじゃない! 今日もお買い物? 偉いわね~」
「篠原さん! 三日ぶりです! あの時はお裾分けありがとう!」
「いいのよあれくらい、星乃香ちゃんにしてもらったことに比べたら全然足りないくらいだわぁ」
すると、その主婦と星乃香が随分仲良さげに会話を始めたのだ。内容から察するに……
「最近知り合った人か?」
「あ、うん! 前にこのスーパーでね」
「うちの息子がかごの中身を派手にぶちまけちゃったことがあってね。その時星乃香ちゃんが誰よりも率先して拾ってくれたのよ。ありがたかったわぁ」
何故か星乃香の解説の続きはその主婦が割り込んで続けるのだった。
「い、いえそんな! 多分誰だってそうするし、あの時も周りの皆さん全員手伝ってくれたし……」
「そんなことないわ。ああいうのって最初に動く人が一番勇気を必要とするのよ。尊敬するわ、うちの子にも見習わせたいくらい」
褒め殺しながら彼女の頭を撫で回す主婦。星乃香は恐縮して赤面しているが、決して嫌がっているわけではなさそうなのでそのままにしておいた。
すると、その主婦が手を止めて晴夜の方に目を向けてくる。
「それで、今日は彼氏さんも一緒なのかしら?」
表情に若干微笑ましげな笑みが浮かんでいたのでその勘違いは予想できた。
「中々の男前じゃない! そうよねぇ。こんなに可愛くていい子なんだもの、男の子が放っておくわけないわよね」
「えっ、あっ、その……!」
この手の人種特有の勘違いに気付かないマシンガントークに押され、星乃香が口の出しどころを見失っておろおろし始める。
久しぶりに見る彼女の動揺した様子は可愛らしかったがそれどころではない。
「あの、違います。彼氏ではありません」
そして、この手の相手には多少強引にでも最初に断っておいた方が良い。話を阻害されても特段気分は害さないことが多いから。
「あら、そうなの? それじゃあ……」
「ええっ、と…………」
それじゃあ誰なのか、との疑問を星乃香に向ける主婦。それを受けて、また彼女が動揺し始める。
「じ、実は……」
境遇を素直に言うことは禁じられている星乃香だが、器用に嘘をつける性格でもない。
結局言いかねて、晴夜の方に縋るような視線を向ける。
……向けられた、その顔に。
『自分は何なんだろう』という、迷子のように悲しげな気配を読み取って。
それが何故か、ひどく腹立たしかった彼は。
「──家族ですよ」
勢いのまま、その表現を選択していた。
「え?」
「家族です。彼女は、うちの」
星乃香の疑問の声に被せるように、晴夜は単語を繰り返す。
「あら……そうなの? お兄さん……にしてはその……あんまり似てないような」
「ええ、血は繋がっていないので。……複雑な事情とご理解いただければ」
「あら、余計なこと聞いちゃったかしら。ごめんなさいね」
幸い、変な疑いを向けられることは無く納得してもらえた。
「でも、家族ってことは……ひょっとして星乃香ちゃんは、あなたの家の家事を?」
「はい、諸事情により人手が不足してまして。勿論無理はさせてないつもりですが」
「そういうことだったの。でも、ちゃんと労わってあげるのよ? 家事ってすっごく大変な事なんだから」
「ええ、俺も一時期やろうとしたことがあったので理解は出来ているつもりです」
星乃香が来る前のことを思い出して苦笑と共に肩をすくめる晴夜。
「俺は星乃香ほど料理も出来ませんし掃除洗濯も上手くはありませんが、彼女が快適に過ごせる環境は可能な限り整える気でいます」
ここの言葉は、半ば以上星乃香に言い聞かせるように告げたものだった。
「ただ、俺の見ていないところでは少々心配でして。彼女はこっちに来たばかりですし、世間知らずなところがあるもので。
だから……これからも見かけた時だけでいいので、気にかけて頂けるとありがたいです」
「あら、そういうことなら任せなさい! これでも顔の広さには自信があるのよ」
その後の提案にも、幸い快諾を頂くことが出来た。
「なんだ、今時珍しいくらい誠実な子じゃない! 星乃香ちゃん、良い家族を持ったわね」
「え? う、うん! はる君はすごいので!」
「……その肯定に限って迷いが無いのはやめてくれ」
「あら照れちゃって。可愛いところもあるのねぇ」
それから、その主婦を交えて二言三言会話して。
今日もいくつかの果物をお裾分けされてから別れ、本日の買い物は終了した。
帰り道。
買い物を終えてから、二人は奇妙に無言だった。
晴夜は、勢いに任せて中々恥ずかしいことを喋ってしまっため現在少々星乃香と目を合わせ辛い状況になっている。
一方の星乃香は、俯いたまましばしの無言の時間を経て。
「……ねぇ、はる君」
家までの道の半ばほどで、ようやく口を開く。
つられて、晴夜も星乃香を見て。
「……さっきの、『家族』って──」
──その時の彼女の表情を、なんと表現すれば良いだろう。
確かな喜びと、恐縮と、悲しさと、後ろめたさと、自己嫌悪。
全てを悟りきった聖者のような、あまりに無垢な子供のような。
それでいて、年相応の悩める少女のようでもある。
あまりに多くの情報がその顔には浮かんでいて、なんと反応すべきか晴夜は一瞬分からなかったけれど。
……それでも、彼女に何かを言わなければならないということは分かって。
数瞬躊躇いつつも、晴夜は心のままに口を開こうとして──
「星乃香!」
──第三者の声に、それを遮られた。
二人は弾かれたように、声のした方を見やる。
そこにいたのは、見知らぬ男性だった。
年のころは四十ほどだろうか。明るい茶髪に柔和な顔立ち。
一見するとたただの優しげな男性……のはずだが。
張り付いたような笑顔と、どこか底知れない光を湛える瞳。
そして──その男性に覚えた既視感。それらすべてが、晴夜の心中に最大音量で警報を鳴らしていた。
晴夜の警戒心が正しかったことは、その男性を見ての星乃香の台詞で証明される。
「……おとう、さん?」
総毛立った。
伝聞で散々知らされていた、星乃香の父親に遭遇したこと自体もそうだが。
伝聞で散々知らされて、その人となりも所業も分かっているはずの父親に遭遇したにも関わらず──
何故、彼女は、嬉しそうな表情をしているのだ?
まずい、と思った。
「……はる君?」
思った瞬間には、星乃香の手首を取っていた。
父親がやってきた目的も意味も何一つ分からないが。
それでも、彼女をあちらに行かせてはいけない。
そして自分が、彼女の前で立ち塞がらなければならない。
今、自分が、なんとかしなければいけないんだと。
理屈と直感、両方に背中を押され、晴夜は星乃香の前に立ち。
初対面である星乃香の父親を、睨みつけるのだった。
本日はここまで。
遂に星乃香パパ登場! ここからは二話投稿も織り交ぜつつ一気に突っ走って行こうと思います!
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