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18話 彼の変化

連続投稿、一話目です。

 星乃香が家にやってきてから二週間が経った。


 変わったことと言えば、あの日の宣言通り彼女がいつにも増して気合を入れて料理を作るようになったことだろうか。


 晴夜としては、困ることはない。食費に関してはそれが星乃香のやりたいことであれば多少増えても構わないと両親にも許可をもらっている。


 それに……なんだかんだ、彼もすっかり彼女の食事を楽しみにするようになってしまった。

 ここに来る前は食べられれば何でも構わないと思っていたが、今となってはむしろ何故そう思えたのかが分からない。


 変わったことを素直に認めるのは少し抵抗があるが、それでも日々の感謝は欠かさないようにしよう。


 そんなことを考えつつ、彼は今日も星乃香の作った弁当を持って学校へと向かうのだった。




 本日の二限目は古文。晴夜たちはまだ一年生なのでまず文法を覚えるところからだ。

 今回はその一環で、配られたプリントに書いてある文章を調べていいから現代語訳しろというものだった。


 ……それ自体は構わない。

 ただ問題は、それを『隣の席の人間と協力してやれ』とのオーダーだったことだ。


 ここで再確認しておくが、相葉晴夜はクラスで浮いている。


 県外からやってきた得体の知れない人間、しかもどことなく影を感じさせる雰囲気で人を寄せ付けず、常に仏頂面を浮かべている。

 これだけ並べれば晴夜自身とて積極的に近づこうとは思わないだろうし、『怖い奴』『やばい組織と繋がってそう』などと噂されるのも仕方あるまい。


 なので。


「…………お……お願いします……あ、相葉君」


 運悪く晴夜とペアになってしまった女子生徒が小刻みに震えつつこちらを窺うのもやむを得ないことではある。


 大人しい性格の子のようで、身を縮こまらせて上目遣いにこちらを見上げ、それでも逸らさないのは『逸らしたら逆に何をされるか分からない』と思っているからだろう。

 それはまさしく天敵を前にした小動物のようでいとをかしである。


 ……いや別に趣深くはないな。


(俺の入学してからの態度を考えれば妥当だが)


 普段の晴夜なら、別に他人にどんな評価をされようが構わないので放っておいて勝手に一人で作業を進めたかもしれない。


 けれど……いや今も大して周りの評価に頓着はしていないが。

 それでも、流石に一時間この女生徒にこんな気分をさせるのは忍びないと感じ。


「……取って食おうってわけじゃないんだからそんなに怯えなくてもいいだろ」

「え……?」


 そう言った晴夜に女生徒は若干安堵したように顔を上げる。


「ほう、それで安心するってことは取って食われかねないと思っていたと」

「あっ、ちが……!」

「気にすんな。そう思われても仕方ない態度を取ってきた自覚はある」


 思いっきり顔に出てしまった失態に気付き謝罪しようとする彼女を晴夜は手で制した。


「そもそも何が悪いって、今更こんな強制的に交流を促す授業形態をとる方が悪い。もう高校生なんだから友達なぞ作りたい奴が勝手に作るっての」

「そ、そうだね……」

「あんたも俺なんかと組まされて不本意だろうが、やることはきっちりやるから勘弁してくれ。さっさと終わらせよう」


 軽い苦笑いと共に告げた提案に、女生徒は心持ち緊張がほぐれた顔でこくりと頷く。

 ……これで多少はやりやすくなっただろうか。


「んじゃ早速作業するか。あんた、古文は得意か?」

「実はあんまり……」

「じゃあ文章の分解は俺がやる。そっちはそこで出てきた分からない単語を調べてくれ。その上で最後意味のすり合わせを行おう。質問があれば適宜頼む」

「う、うん!」


 その後、分担した作業によって現代語訳は順調に進み。

 女生徒に任せた発表の方で、綺麗な訳文だと教師に褒められている彼女を見て晴夜はほっと息を吐いたのだった。




「相葉君、なんか変わったわねぇ」


 昼休み。

 文芸部室にやってきた深月の第一声がそれだった。


「唐突にどうした」

「聞いたわよ? 二限、古文苦手だった綾辻さんに現代語訳を手取り足取り教えてあげたそうじゃない」

「短時間でどんだけ尾ひれついてんだおい」


 口しか出した覚えはないしそもそもあくまで協力作業だったはずである。


「お陰様で、二限三限の休み時間はあなたの話題で持ちきりだったわ」

「まじか、あの程度で?」

「まじなのよ。以前言ったでしょう? あなた、顔自体は悪くないのよ」


 いきなり深月が脈絡のないことを言いだした。


「でも態度が悪すぎるから注目されてこなかっただけ。それがいきなり分かりやすい優しさを見せればそりゃね? 評価も急上昇するわ」

「そんなもんか……?」

「そんなもんなのよ。仕方ないわ、全人類はギャップに弱い生き物なんだから」

「主語があまりに大きいな」


 深月が溜息をつく。……少しだけ、寂しげに。


「でも相葉君、本当に最近少し変わったわね。態度が若干柔らかくなったのもそうだけど、雰囲気が健康的になったし」


 けれどすぐに調子を取り戻し、悪戯っぽく問いかけてきた。


「何より……今日もお弁当なのね?」


 端正な笑顔、しかし若干笑っていない目線が晴夜の手元にロックオンされている。


「最近、何かあったのかしら? 良ければ聞かせて欲しいわ。良ければでいいんだけど」

「と言いながら何故椅子を扉の前に移動する」


 言葉とは裏腹に、納得できる答えを聞くまで逃がさないという圧を感じた。


「……分かったよ」


 流石に、深月相手にこれ以上何もないで誤魔化すことは出来ないだろう。


 とは言っても、星乃香のことをそのまま話す選択肢はない。

 ならば問題は、何をどこまで話すかだ。


「実は俺がこっちに来た後、うちの両親が親戚の子を引き取ったみたいでな」

「引き取った? どうして」

「身寄りが無くなったんだよ。具体的に何があったかはその子の名誉のため口を噤ませていただく」


 深月は聡明だ、軽率な嘘は即座に看破される。そうなると正解は、同居の件だけをぼかして話せる範囲で話すことだろう。


「それで俺も最近交流を持ったんだが、まぁなかなかハードな人生を送ってきている奴でな。それに比べりゃ俺は随分恵まれてた、と考えると、多少博愛精神が強くなったわけだ」

「曖昧ね」

「曖昧にせざるを得んだろうが」


 星乃香の名誉を盾にしているようで申し訳ないが、ここは押し通らせていただく。


「でも、生活やお弁当の件は?」

「その関連で、うちの母親が定期的にこっちと向こうを行き来することになってな。これも詳細は言えんが、そういうわけで多少生活習慣が矯正された」


 深月が訝しげな視線を向ける。いったいどんな事情でそうなるのだと考えているのだろう。

 分からなくて当然だ、何せ晴夜も分からん。

『詳しくは言えない』で複雑な事情を匂わせておけば深月はそこまで食いついてくることは無いだろうと見越しての誤魔化しだからだ。


 ただ、あくまで誤魔化し。この場を乗り切るにはまだ足りない。

 なので、晴夜はもう一つ手を用意してある。


「……話しちまったついでに一つ相談したいんだがな、燐道」

「相談?」


 至極単純、別の話題で目を逸らさせることだ。


「ああ。そいつな……うちに来て二か月くらい経つんだが、まだ完全に相葉家に馴染み切った様子を見せないらしいんだよ」


 もとよりこの件は、誰かに聞きたいと思っていたことだし丁度良い。


「それは……当たり前じゃないの? いきなり他所の家で暮らすってなったら遠慮もあって当然だろうし」

「それはその通りなんだろうが……何だろうな」


 深月の疑問に促されて、晴夜の中で違和感が像を結んでいく。


「当人に、馴染み切る気が無いように感じるんだ。まるで……最初からずっとここに居る気はないみたいな。いつか、また追い出されると知っているような」

「それは……」

「言っておくが、相葉家側にそのつもりはない。ちゃんと大人になるまで面倒を見る気でいるし、そう何度も伝えている」


 これまでの交流を通して、星乃香はかなり慣れてくれたと思う。

 けれど、必要以上の援助は頑なに断ったり、晴夜と時雨の兄妹関係を羨みつつも踏み込んでこなかったり。

 肝心なところで一歩引いてしまうことから、晴夜は今の印象を抱いている。


「……その子のことは、よく知らないけど」


 しばらく考え込んでいた深月は、言葉を選びつつ返答を始める。


「今の話を聞いて、一つ思ったことがある」

「何だ?」

「その子、『追い出される』んじゃなくて──いつか『出て行く』つもりなんじゃない?」

「──え?」


 どくりと、心臓が跳ねた。


「聞く限り、その子すごいいい子でしょ? 追い出すつもりが無いってこともちゃんと伝わってるとしたら……逆に親切を受けすぎて申し訳なくなったり」

「それは……」

「それこそ『これ以上迷惑をかけたくない』って思考で自分から、ってことは考えられるかも、と思ったわ。あくまで推測だけど」

「……」


 一理、あると思った。

 話し合う必要が、あるとも。


「……参考になった」

「それは何より。……ていうか、思ったより重い話が来て驚いてるわ」


 暗くなりかけた空気を払拭するように、深月が肩をすくめる。


「だろ? それを二週間前に初めて聞かされた俺の身にもなってくれ」

「それ大丈夫? 家族からネグレクトされてるんじゃないの?」

「は、いると気まずくなることは確かだ。だからこっち来てんだからな」

「ほんとどんな家庭なのよ……」


 呆れたように深月が告げるが、こちらはそこまで深刻でないことは晴夜の態度から察したらしく口調もそこまで重くはない。


「……けど、助かった」

「ん?」

「御覧の通り重い話だからさ。こんなこと相談できるのは俺にとっちゃ燐道くらいのもんだ。改めて、助かる」

「!」


 晴夜の感謝に、深月は一瞬驚いた顔を浮かべたかと思うとすぐこめかみに手を当ててその顔を隠す。

 彼女の頬は珍しく、微かに色付いているように見えた。


「おいどうした」

「……お気になさらず。少々自分の浅はかさに自己嫌悪しているだけだから」

「え、俺のせいか」

「そうだけど本当に気にしなくていいわ。鈍感になりなさい鈍感に」

「中々斬新な注文だな」


 そこまで言われると引き下がらざるを得ない晴夜。

 とりあえず今日の夕方話す内容は決まったと安堵する彼に、


「……本当に。少し変わったわね、相葉君」


 深月の微かな声が届いたのだった。

本日はもう一話投稿します!

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