13話 学校
「……そういうわけで、だ。あんたがここで暮らしていることがバレると何かと面倒なことになるんだ。弁当を忘れたことは済まなかったが、学校に来るのは控えてくれると助かる」
「ごっごごごごめんなさい!」
その日の夜。食卓を囲みながら晴夜が言った言葉に星乃香が平謝りをする。
「いや、そこまで謝ってもらわなくてもいいんだが……」
別段説教のつもりはないし、彼女が良かれと思ってしたことだとも分かっている。
お互いに非の無い状況、あえて原因を上げるとするなら普通に弁当を忘れた晴夜が悪いだろう。
とにかくあれやこれやと言葉を尽くして彼女の頭を上げさせる。
「それで、大丈夫だったのか? 柄悪い男子生徒に声かけられたりとかしなかったか?」
「うん、大丈夫だよ。……あ、でも一人、女の子には声かけられたよ。お弁当を届けに来たって言ったら分かってくれたけど」
「ほう?」
「あ、言われた通りはる君に届けに来たってことは言ってないから大丈夫だよ! ちょっとだけ言いかけたけど!」
言いかけてしまったことを律義に報告する辺りが彼女らしい。
「ちなみに、どんな子だったんだ?」
「うーんとね、すっごい美人さんだった!」
どんな子、と聞かれて真っ先にそれが出てくるあたり余程見目麗しい女生徒だったのだろう。
晴夜の中でその条件に当てはまる生徒と言えば深月だが……まさか、と思いつつ質問を続ける。
「どんな話をしたんだ?」
「学校は楽しいのかってこと。あたしが聞いたら楽しいって答えてくれたよ」
「なるほど」
間違いなく深月ではないな。
あの数日に一回部室で学校生活やクラスに対する不平不満を延々話している彼女が、よもや学校を楽しいと思っていることなど万が一にもあるまい。
晴夜はそうかなりの確信を持って結論付ける。
彼女ならふとした拍子で星乃香と晴夜の繋がりを看破しそうで怖いので、彼は心中で胸を撫でおろす。
「……しかし。学校は楽しいか、ね」
正直言うと、晴夜は大して楽しいとは思わない。
辛い──とまでは思わないが。勉強はそれなりにきついけれどついていけるレベルだし、友人も深月をカウントして良いならいないこともない。
それでも、特段通うことに対する積極的なモチベーションも見当たらない。
(……まあ、お前は学校に限らず何に対してもそうだろって言われてしまえばそれまでなんだが)
声には出さず自嘲する。
しかし、彼が思ったのは自分のことではない。
「……なあ、星乃香」
「ん?」
「あんたはどうなんだ? 学校、通いたいとか思わないのか?」
その女生徒とどんな話の流れでそうなったのかは分からないけれど。
少なくとも、『学校が楽しいのか』と聞いたのは星乃香だったようだ。
そもそも、彼女は高校に通える予定だったところを父親の夜逃げのせいで断念したことは知っている。
ならば……未練があっても、おかしくはない。
そう思っての質問だったが……
「ううん、思わないよ」
彼女は、柔らかくもそう断言する。
「何回か言ったと思うけど、あたしはここに居られて、ごはんを作れるだけで楽しいの」
「それは……」
「それにね。学校に通うのって……お金、かかるでしょ?」
「え?」
当たり前だけれど、普段意識していなかった事実を彼女は指摘する。
「はる君の通っているような公立高校はまだ少ないけど……それでも、すごく沢山お金がかかるよね」
「そりゃ……それなりの学費はあるが」
「……なら、悪いよ。はる君は相葉家の家族だけど、あたしは置いてもらってるだけの身だもん。そんな迷惑は、掛けられない」
彼女の口調に、強いところは見当たらない。
けれど、何故か。その一連の話には、彼女の確固たる意志が感じられた。
(……ああ、まただ)
星乃香から時折感じる、このどうしようもない壁。
これを自分は……どうしたいと思っているんだろうか。
訳も分からぬまま晴夜は言葉を重ねようとしたが、その前に。
「……っと? 電話か」
晴夜のポケットが振動する。カバーを開いてみると、表示されているのは『相葉大地』の文字。
「悪い、親父からだ。先に食べててくれていいぞ」
「あ、お、おかまいなく!」
通話ボタンを押しつつ、晴夜はベランダへと向かう。
星乃香はそれを見送ってから、
「……思っちゃ、いけないよね。通いたいだなんて。……はる君が、羨ましいだなんて」
十分離れた距離と、通話口からの父親の声で。その小さな呟きが晴夜の耳に届くことは無かったのである。
『おう晴夜。もう一週間だが、星乃香ちゃんとは上手くやってるか?』
「親父の言う『上手くやる』の定義は知らんが、思ったよりは不自由ない生活を送れていると思うぞ」
初夏のベランダ、少し蒸し暑い風を感じながら晴夜は父親の声に返答する。
『そいつは何よりだ。あの子は妙なところで世間知らずっつーか、良かれと思って意外なことをやらかすからな。その辺は目を瞑ってくれ』
「ああ……」
まさしく本日それでちょっとした驚きがあったばかりだ。
それを話し、ついでに先程の話も父親に報告する。
『……あー、学校なぁ。うちに居た時もそれとなく言ってみたさ。もう一人通わせるくらいの金は余裕であるってな。でも『そこまで迷惑はかけられない』の一点張りさ』
彼女にしては妙に頑なだ。やはりかかる金額に躊躇しているのだろうか。
『まあ、なんだかんであの子はまだ相葉家に来てそんなに経ってない。こっちは完全に受け入れているつもりだが、向こうにその実感が無いのかもしれないな』
「そう……かもな」
『ま、ゆっくり見守ってくれや。聞くだけだとやることが明確にある分、あの子はうちにいた時より生き生きしてる。その調子だ』
「いや、その調子も何も特段何かした覚えは無いんだが……」
『ばっかお前、住むとこを整理して共同生活の問題もきちんと考えて、挙句の果てに服も用意したんだ。それを何もしてないとは言わねぇよ。お前はほんとお前だな』
「なんだそりゃ」
電話口の豪快な笑い声に、晴夜は思わずスマートホンを耳から離す。
その後軽く雑談をした後、そろそろ料理が冷めるからと通話を終えようとした──
『あ、そうだ晴夜』
そのタイミングだった。
『今週末な、時雨がお前ん家いくからよろしく』
「…………おい」
与えられた情報を一瞬受け入れられず、数秒フリーズしてからの彼の第一声がこれだった。
「なぁ親父、今日何曜日か知ってるか?」
『金曜日だな』
「週末間近どころか定義によってはもう週末と言ってもいいよな? おい、まさか時雨が来るのって」
『明日だ』
「だったら最初からそう言えや! いや最初じゃねぇもっと前から言え!」
『しょうがねぇじゃんかよ、あいつが行くって言い出したの今朝なんだぞ。そこから仕事があったり、言うのギリギリにした方が面白そうだと思ってたりしたら伝えるのがこんな時間になっても仕方ないだろ?』
「ぶっ飛ばせばいいのか?」
その後二分ほど突っ込んだり揶揄われたりしていた結果、いつの間にか明日この家に来る訪問者の件は了承させられてしまっていた。
これが社長の交渉術というやつなのだろうか。だとしたらこんなしょうもないことではなくもっと有意義なことに使って欲しい。
そう思いつつ、晴夜はダイニングに戻りながら明日の予定を決定するのだった。
次回、新キャラ(女の子)登場します。
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