12話 遭遇
深月視点のお話。ついに二人が出会います。
「……相葉君の性格なら、自分が後で戻るって言いそうなものだけれど」
燐道深月は、晴夜が去っていった曲がり角を眺めつつそう考える。
けれど、そこまで気にするほどのものでもない。彼女は言われた通りしばらく時間を潰すことにした。
(……それにしても)
晴夜が、あのようなことを言うのは意外だった。
彼はぶっきらぼうに見えて非常に優しい人間だが、それでも優しさを押し売りするような人間でもない。
極力誰かと深く関わらないようにしつつ、けれどその範囲で誰かのために出来ることなら何でもする。
そんな、少しちぐはぐなお人好しだとの印象を出会った時から受けていた。
だから彼が自分から助力を申し出てくれることは、少し驚くと同時に。
……今までよりも少し親しくなれたのだろうか、と自分にとって都合のいい推測も少ししてしまって。
「……我ながら単純ね」
苦笑を一つ刻んで、彼女は立ち上がる。
そろそろ戻っても問題ないだろう。そう考えて深月は教室に足を向けようとした──その時。
「ん?」
ふと、視界の端で見慣れない色が横切る。
目を向けると、そこにあったのは……
「……女の子? しかも私服じゃない」
見慣れぬ格好をした少女が、体育館裏の草むらに佇んでいる光景だった。
少し興味を抱いた深月は、その少女に近づいていく。
「あなた、ここの生徒……じゃないわよね。何をしているの?」
声をかけると、その少女がびくりと怯えた様子でこちらを振り向く。
おっと、少々言葉選びがきつすぎたか。
別に自分はお堅い人間ではない、部外者が校内に入っていることを殊更咎め立てするつもりはない。
そう告げようと彼女は、振り向いた少女の顔を真正面から見る。
非常に愛らしい容姿をした子だ。あどけなさの残る整った顔立ち。綺麗に揃えられたセミロングの髪に流行りのワンピースがよく似合っている。
その少女は、怯えた表情でこちらを窺う──かと思いきや。何やら呆けた表情で深月のことを見つめていた。
訝しげに目を細める彼女の前で、その私服少女は口を開く。
「す……」
「す?」
「すっごい美人さん……」
「あ、ありがとう」
真っ先に口から出てくる感想がそれなのか。
深月にとっては言われ慣れたことだが、こうも純朴な感想としてぶつけられると鼻白むやら気恥ずかしいやらなのである。
「そ、それで。いったい何を」
「あ、えっと! とにかく怪しいものでは! テ、テロリストとかではないので!」
「それは見ればわかるわ」
むしろテロリストが来たら真っ先に人質になるタイプの人間だ──と思ったところで、その少女が手に持っているものに気が付く。
「……お弁当?」
「そ、そう! は──うちの人が、お弁当忘れちゃって! それで届けに来たら、ここで待ってろって言われたの!」
その少女──星乃香は、彼女が言った通り先ほど深月と別れた晴夜が
『よくよく考えれば探さずとも連絡すれば良いか。流石に星乃香もスマホを持ってきてないことは無いだろうし』
と思い至ったことにより、彼から通話で現在位置を聞かれここで待機するよう言われた──との経緯でおとなしく彼が来るのを待っているのである。
「……そういうこと」
そうなると、何で落ち合う場所が校門付近ではなくここなのかという疑問を抱く。
その回答は、連絡を貰うまで星乃香が晴夜を探して迷走していたからなのだが、詳しく聞くことでもないと思い深月は口を噤んだ。
「その人が羨ましいわね、こんな可愛い子にお弁当届けてもらえるなんて」
「え、そんな」
「でも……見たところ、あなた私と同い年くらいよね。いくつ?」
ふと疑問に思って深月が問いかけると、星乃香はきょとんとしながらも答える。
「? 十五歳だけど……」
「くらいじゃなく同い年だったわね。なら、学校は?」
明らかに学生の年齢でありながら、平日の昼間に私服でやって来る。
今日はどこぞの高校が創立記念日なんて話も聞かない。そんな疑問に対し……星乃香は深月にとって予想外の返答を告げる。
「その……学校、通ってないんだ」
「……はい?」
思わず真顔で問い返してしまう。
「え、サボりってこと?」
「ううん、通ってないの。中学を卒業した後、高校に入学してなくて、それっきり。
……ほんとは、通える予定だったんだけど。できなくなっちゃって」
中高と進学校だった深月にとって『高校に行かない人種がいる』ということは聞いてはいたものの実感の無い代物だった。
今時、普通にしていれば大抵の子供は高校に通える。
それが出来ないのならば……と、深月の中にいくつもの『普通でない』理由が浮かぶ。
「……いいの? あなたは、それで」
後で考えるとあまりに不躾な質問だったが、衝撃でその辺りが麻痺していた深月はするりと心中の疑問が飛び出してしまう。
けれど、そんな深月の疑問にも、星乃香はあっさりと答える。
「うん、いいんだ」
「!」
「うちが、大変なことになって高校にも通えなくなってからね。あたしを引き取って、ここに居ていいって言ってくれた人たちがいて。
今、その人の家でご飯作ったりお手伝いしてる。……それだけで、あたしは十分」
そう言って、彼女は笑う。
星乃香が、晴夜に以前言ったものと同じような言葉。
けれど深月の目には──それが、どこか諦めを孕んだもののように見えた。
しかし、それを深く問うより早く。
「その……お姉さんが迷惑でなければだけど……あたしも聞いていいかな?」
おずおずと星乃香から質問を提案された。断る意味もないので許可する。
「お姉さんは、この学校に通ってるんだよね。……どう? 高校、楽しい?」
「──そう、ね」
少し、思考する。
多分、高校に入る前までの深月ならば迷わず『楽しくない』と答えただろう。
いつの間にか、周囲の人間が自分に強制していた優等生の仮面にも。その上で誰もが憧れる存在として勝手に自分を決めつけて偶像として消費することにも。
……そして、それを心底下らないと思いつつも結局身に着けた仮面を怖くて脱ぎ捨てられない自分にも、うんざりしていた。
彼女にとって学校は、そんな自分と周りの下らなさを見せつけられるだけの場所だった──この高校に、入学するまでは。
けれど、深月はここで出会った。県外からやってきた、自分に何も求めず、けれど困ったら適度に助けてくれる。今まで見たことの無いタイプのお人好しである少年に。
彼との交流は、数日に一度話す程度。
彼が深い詮索を嫌う人間であることは見ていれば分かった。
だからこれ以上、関係を進めることは未だ出来ていないけれど。
それでも、今は十分──
「──ええ。楽しいわよ、それなりに」
淡く微笑んで、深月は素直に回答する。
「……そっか……」
それをどう思ったのか、星乃香が一言だけ呟く。
同時に、星乃香の懐で振動音がした。星乃香が深月に断った後、ポケットからスマホを取り出して確認する。
「あ! えっと、もうすぐここに来るみたい。……だからごめんね、お姉さん、その……」
「ええ、退散するわ。その人も他生徒に見られたくは無いだろうしね」
星乃香の言わんとすることを察して、深月はその場を離れる。
その大層羨ましい生徒の顔を拝んでみたい気持ちはあったし何なら半分くらい盗み見ようかとも思っていたが、流石にこんな純粋な子を騙す気にはなれず断念した。
「……あんな子、居るのね……」
教室に向かう道すがら、深月はあの少女のことを思い出す。
あんなにいい子が、どうしたら高校にすら通えなくなる事態に陥るのか。
それを彼女にしては珍しく長々と考え込んでしまった結果──やけに深く、星乃香のことが頭の中に残ってしまうのだった。
出会いました。……が、本格的に関わるのはもう少し先になりそうです。
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