11話 才能
学校回です。
土曜の一件があった以降、多少共同生活におけるぎこちなさは無くなったように思う。
星乃香は幾分かこちらに対する遠慮が薄れてきて、まだ謙虚さは多分に残っているが最低限言うべきことは主張してくれるようになった。
そうなると、お互いのことを話し合った甲斐はあったのだろう。
父親の思惑通りになっていることは癪だが、これでどうにか二人で暮らす上での土壌は整っただろう。
(……星乃香は『迷惑をかけたくない』としきりに主張するが)
そもそも、一人暮らししている所にいきなり同居人が増える時点で、迷惑であることは確定なのだ。もともと住んでいた側にとっても、新しく住む側にとっても。
迷惑をお互いに掛け合うことは前提だ。だから重要なのは、その辺りを互いに上手く擦り合わせること。
あの、家に来た当初の遠慮しすぎる彼女だったら。恐らく向こう側が一方的に重圧を被って真っ当な生活にならなかっただろう。
だから今の状況は正しいもので。
そう、だから。
(土曜のあれは、必要な事だった。うん。そういうことにしよう)
内心、晴夜は相当に気恥ずかしかった。特にあの翌日とか。
頼まれたこととはいえ、自分の過去を随分と情感たっぷりに語ってしまった。もっと淡々と話すことだって出来たはずだが、何というか、雰囲気に流されてかなり感情を込めてしまったところはある。
しかも、それを。自分の傷を星乃香に肯定してもらって……かなり嬉しかったことは否定しないけれど。
(あまり……深入りはするな)
幼い頃、様々な分野の優れた人に晴夜は自信を破壊された。
それ以降、彼は他者の事情に深く突っ込むことを避けている。突っ込んで、共感でもしてしまおうものならばまた自分の心がダメージを追うことは明らかなのだから。
そう考えていたところで、晴夜はふと気づく。
「……やべ。弁当忘れた」
学校がある日は星乃香が持たせてくれる弁当包み。それが自転車の籠に入っていないことに。
一瞬自転車を減速させかけるが、既に学校までの道程が半ばを超えてしまっている。今からUターンして取りに行くと確実に朝のホームルームに間に合わない。
(……仕方ないか)
星乃香には帰ってから謝罪した上で残さず頂くことにしよう。
そう結論付けて、晴夜は自転車を再加速させた。
本日の四限目は数学、内容は以前行われた小テストの返却及び解説だ。
小テストと言ってもボリュームとしてはほとんど定期考査と変わらないし、勉強量も相応に必要となる。
それがほぼ月に一回ペースで行われるのだから、多くの生徒が愚痴をこぼすのも理解できなくはない。
そして、肝心の晴夜の点数だが。
「……六十三点、ね」
高校のテストとしては可もなく不可もなくの点数だ。
そこそこ勉強をした結果の妥当な数値。そもそも曲がりなりにも進学校の試験、そうそう満点など取ることが出来ないように作られている。
特に最後の問題、時間内に解かせる気が無いだろうと晴夜は心中で悪態をついたものだ。
……だが、何事にも例外は存在するもので。
「燐道さん、また満点なの!? すごーい!」
昼休みに入った瞬間、教室前方から響いてきたクラスメイトの声。
目を向けると案の定、本日もクラス一の人気者が囲まれていた。
「ありがとう。でも運よくやまが当たっただけよ」
「それでもすごいよ! 特に最後の問題、あれどうやって解いたの?」
「やっぱりそれだよねー。あたし見た瞬間無理だってなって諦めちゃったもん」
「あれでさらっと満点取っちゃうのがすごいよね~」
その会話を周囲で聞いていた男子生徒も各々話し始める。
「燐道さん、また満点か。とんでもねぇな、どういう頭の出来してんだ……?」
「それなー。美人で運動出来て頭も良いとか完璧超人かよ」
「天才ってやつだよなぁ。住む世界が違うわ」
(……天才、ねぇ)
それらの言葉に思うところがある晴夜が密かに顔をしかめていると。
「……」
成績の話が終了した女生徒と別れた深月が、教室を出る光景がちらりと見えた。
晴夜はその横顔に、若干の陰りを見てしまい。
少々逡巡したものの、彼も続けて席を立つのだった。
「……お疲れ」
深月は、校舎裏の目立たない場所で休んでいた。
そんな彼女の背後から、晴夜は手を差し出す。
「……なんだ、相葉君か。よくここが分かったね、やだストーカー?」
「ふざけろ。何回かお前俺を連れてここに来たことあんだろ」
深月は一瞬警戒したが、相手が晴夜と分かると肩の力を抜いて軽口を叩く。
その後、彼女は晴夜の手──正確には手の中にあるものに注目する。
「これは?」
「見ての通り市販のレモネードだ。行きがけに買ってきた美味いやつでな。頭使ったときに飲むと効くんだ、あんたにやる」
「あ、ありがとう」
唐突な贈り物に深月は戸惑いを見せたが、疲れている自分を気遣ってのことと分かったのだろう。おとなしく受け取ってくれ、蓋を開けて口に含む。
「……あ、おいし」
「そりゃ何より」
「これ、何処で売ってるの?」
「大橋近くのスーパーだ。人気商品だが、登校途中に買えばほぼ確実に手に入るからおすすめだぞ」
なるほど、と頷きつつ喉を潤す深月。
ペットボトルを半分ほど開けて、人心地ついた彼女は口を開く。
「……好き勝手言ってくれるわよねぇ」
彼女が指しているのは先ほど教室で色々言っていた生徒たちだろう。
「まあ、あれを『さらっと満点』取れる高校生なぞ居るわけないわな」
「ほんとよ。私、頑張ったのよ?」
晴夜の返答を受けて、深月がいつもの口調で語り始める。
「今日のテストはとりわけ範囲が広くて難しいから必死に対策して。先生の性格的に問題詰め込んでくるだろうからペース配分も想定して時間内に解けるよう何度もシミュレーションしたわ」
「だろうな」
「……なのに、全部『天才』の一言で片付けられちゃ、ねぇ。流石の私も虚しくなるってものよ」
晴夜は知っている。幼い頃多く、『天才』と呼ばれる人種と出会ってきたから。
彼らは天才などではない、と言えば語弊があるかもしれないが……少なくとも、才能があるだけでそこまで辿り着いた人は一人もいなかった。
そこにたどり着くまでに、多くの労苦を積み重ねていたことは知っている。
それなのに彼らが、安易な言葉で称賛という名の思考停止をしてしまうのは。
「『自分は頑張らなかったから負けた』。その事実を認めたくないんだろうな」
「でしょうね。……はぁ、ほんと、私を脳死で褒める連中一回だけでいいから爆散しないかしら」
「普通の人間は一回しか爆散できないぞ。他人に称賛されるのは好きなんじゃないのか?」
「……私は高度なお褒めの言葉が欲しいのよ」
「高度なお褒めの言葉て」
突っ込みつつ、晴夜は思う。
……いくらなんでも、承認欲求のだけにここまでの努力をするのは少々辻褄が合わない気がする、と。
(多分、事情があるんだろうな)
そう推測しつつも、深くは踏み込まない。それが彼の信条だから。
けれど、どうしてか。それだけで済ませるのは、今日ばかりはどうにもむず痒くなって。
「……なんか、出来ることはあるか?」
気が付くと、彼はそう告げていた。
深月はその言葉に数瞬きょとんとした顔を見せるが、すぐにんまりと口の端を吊り上げる。あ、これからかわれるやつだ。
「あら意外、あなたからそんな言葉を聞くなんて。もしかしてついにあなたも私のことが好きになってしまったの? 仕方ないわねぇ」
「一回だけでいいからくたばれ。俺だってたまには博愛精神に溢れることもあるんだよ」
「普通の人間は一回しかくたばれないわ。……でも、そう」
深月が立ち上がると、くるりと肩ごしにその端正な顔立ちを向けてきて。
「……気持ちは、とても嬉しいわ。もし困ったときは、あなたに頼ることにする」
思いのほか真っ当な返答に、晴夜が虚を突かれてから。
「ほら、戻るわよ」
それを誤魔化すように急かす深月の声で、結局うやむやになってしまう。
そのまま彼女に促され、教室に戻ろうとしたが。
「なぁ、お前見たか?」
晴夜の耳が、付近にいる男子生徒三人の話を捉えた。
「校門の近くにさ、私服のめっちゃ可愛い子がいたんだよ!」
(……ん?)
何だろう、少し嫌な予感がする。
「私服? 何の用で来たんだ?」
「俺も見たぞ。手に弁当箱持ってるから、忘れた弁当を届けに来た誰かの妹とかじゃねぇか?」
何だろう、すごく嫌な予感がする。
「マジか! あんな家族俺も欲しいわー」
「へぇ。どんな子だったんだ?」
「ちょっと小柄のスタイルいい子だったな、茶髪で優しい雰囲気の。来てるワンピースも最近発売された流行りだって女子たちが話してたやつで似合ってたぞ」
「何だと、ドストライクの気配がする」
うん、まず確定だ。
「相葉君? どうしたの?」
額に手を当てて固まってしまった晴夜に、深月が訝し気な声をかける。どうやら彼女は今の会話を聞いていなかったらしい。
「……燐道。俺とあんたが一緒に教室に戻ると面倒な噂とか立てられかねん。戻る時間を若干遅らせてくれないか?」
「んー、それもそうね。分かったわ」
幸い深月は疑問も無く頷いてくれて、晴夜は彼女に訝しがられない程度の早足で歩き出す。
曲がり角を曲がって彼女から見えなくなった瞬間、駆け足に移行。向かう先は校門の方角だ。
「…………まじか」
どうやら今、ほぼ間違いなく。晴夜の忘れた弁当を届けるために。
──星乃香が今、この学校に来ているらしい。
次話、ついにあの二人が出会うかも。
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