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10話 晴夜の過去

デート回続き、そして晴夜君のお話です。

 結局あの後購入したのは、圧力鍋に加えてピーラーと耐熱ボウル。

 ……およそ十代の少女が欲しいものとしてはあまりに家庭的過ぎるが良しとしよう。


 買い物が終了すると、時刻は午後一時前。

 丁度飲食店も空き始める頃合いなので、二人は手ごろなレストランに入ることにした。

 ここでも星乃香は遠慮したのでとりあえず晴夜と同じものを注文させ、間もなく料理が運ばれて来る。


「あ、この味付けすごい! どうやってるんだろ……」


 彼女はこの手の外食の経験が少ないらしく、料理をひと口運ぶや否や目を輝かせ、今は調理方法に興味津々のようだ。

 しかし、真っ先に注目するのはそこな事と言い、調理器具を買ってからずっとそれを使った新しいレシピを考えていたことと言い。


「……本当に、料理が好きなんだな」

「? うん、そうだよ! 食べるのも作るのも、食べてもらうのも好き!」


 唐突な晴夜の呟きにも、星乃香は素直に反応する。


「普通に尋常じゃなく料理が上手いよなあんた。いつも作ってたのか? いや、そもそもいくつから料理始めたんだ?」

「すっごいちっちゃい頃からかなぁ。家族の帰りが遅いことが多かったから、自然とご飯係はあたしになった感じ」


 どこか遠くを見るような瞳で、彼女は続ける。


「最初にご飯を作ったときはね、お父さんがすっごい喜んでくれて。それが嬉しくて、その顔がもっと見たくて、もっと美味しいご飯を作れるようになろうって思ったの」

「っ」

「頑張って、色々勉強して。何とかしてあの顔をもう一度見たいって思ってて……」

「……あーストップ。言いたくないことは言わなくていい」


 その努力の結果どうなったかは、今ここに居る現状が示す通りだ。

 迂闊だった。星乃香のルーツを探るのは高確率で今ここに居る理由に直結する。

 彼女がその件を受け止め切れていないのは明確だ。無闇に傷を掘り起こす真似は晴夜の望むところではない。


「悪い。あんたのことを知るべきだと思って聞いたが、今の話題は不謹慎が過ぎた」

「……知る、べき?」

「ああ。実はうちの親父に言われたんだよ。『折角だから仲良くなって来い』って」


 先に考えたことを晴夜は語る。


「仲良く云々はともかく、共同生活をしていく以上お互いのことを知っておいた方が良いって考えには俺も賛成だからな」

「……そっか」

「何ならあんたも、この際気になったことは聞いてくれ。多分大抵のことは答えられると思う」


 晴夜の提案に、星乃香は例によってしばらく迷う素振りを見せたが、やがておずおずと。


「それじゃあ……聞きたいんだけど」

「おう」

「はる君ってさ。……どうして今、一人暮らししてるの?」


 なるほど。流れからしても妥当な質問だ。


「まぁ、知らない奴からしたら疑問だよな」

「うん。お父さんお母さんと仲が悪いわけじゃないんだよね。はる君の通ってる高校にどうしても通いたかったわけじゃないみたいだし……それに」


 彼女はそこで再度躊躇いつつ、口を開く。


「相葉家に居た時にね、大地さんがはる君のことをこう言ったの。

 ……『育て方を間違えた(・・・・・・・・)』って」

「──っは」


 乾いた笑いがこぼれる。


 なるほど、言い得て妙だ。

 本来使われるようなニュアンスではないだろうが、晴夜と両親の間にある問題を一言で表すならそれ以外に無い。


「先に言っておくと、聞いていて面白い話ではないと思うぞ」

「それでもいいの。……あたしも、はる君のこと、知りたいって思うから」


 ……そこまで言われては、適当に話すわけにもいかないだろう。

 晴夜が今、ここに居る理由。それをきちんと語るためには、自分の生い立ちにもある程度触れる必要がある。


 相葉晴夜の特徴は二つ。自己否定と、孤独主義。

 居間から話すことは、その前者に触れることだ。


 意を決して、彼は口を開いた。


「まず星乃香。俺の親父が何の仕事をしてるか知ってるか?」

「ええっと……社長さん、だよね?」

「その通り」


 晴夜は、所謂社長令息というやつなのだ。


 彼の父親大地が務める会社は、近年急速にその市場を拡大しているゲーム業界の企業だ。

 大学時代に母小雪を含めた大学の仲間と共に作り上げたゲーム、それがヒットした実績を引っ提げて業界に参入。


 スマートホンの普及に伴い、これからはスマートホンゲームの時代が来る。それをいち早く見越して作り上げた作品がこれも大ヒット。今もサービスが続くほどのビッグタイトルと相成った。


 その後も次々とヒットタイトルを生み出し、業界の最前線を走り続ける一代社長。家庭での破天荒さとは裏腹に、父大地はそんな傑物なのである。


「……すごい、ね」

「だろ? 俺の親父はすごい人だ。俺と違ってな」

「! そんな──」

「まあ最後まで聞け」


 持ち前の優しさから否定しようとする星乃香を手で制す。


「そんで、俺が生まれて。仕事で忙しい中、親父は俺を全力で育ててくれたよ」


 金銭面で苦労したことはなかったし、晴夜に色んな体験を指せるべく余暇を見つけては様々な場所に連れて行ってくれた。


「その行先によくあったのが、親父の主催する同業者の交流会……言うなればパーティーだな」


 業界トップである父親の集めた人たちだ、凡人など居ようはずもない。優れた人間、輝いている人間ばかりが集まる場所。

 晴夜は、そこに行くのが好きだった……当時は、まだ。


「本当に、多様な人が集まったよ。業界が業界だからクリエイターが多かったけど、それ以外にもたくさんな」


 父と同じく同人で多大な人気を博したイラストレーター、代表作品で一大ジャンルを作り上げたライター、誰もが口ずさむキャッチーな曲を次々と生み出す作曲者。

 父の会社がゲーム以外にも多くの業種を手掛けるようになったからだろう。他にもプロゲーマーやピアニスト、大学教授、果てはスポーツ選手まで。


 そう言った成功者たちに憧れた。成功体験を沢山聞いて、自分もそうなりたいと思った。

 なれると思ったのだ。幼さ故の無知から、自分も同じことが出来ると。


「でも、そんな訳がなかった」

「……」

「当たり前だ。その人たちが語ってくれたことはつまるところ上澄み。そこに来るまでに尋常ではない努力と苦労を積み重ねたからこそ、そこにいる」


 なんであれ、『何となく』でそこまで来れた人間は一人たりともいなかった。

 それを悟った晴夜は……途端に怖くなった。

 彼の憧れた、一つの道を極めた者たち。彼らと同じ地平に立つには──ここまで途方もない道を乗り越えなければいけないのかと。


 相葉晴夜はどうやら、他者に対する共感性が人よりも高いらしい。

 その性質に加えて、持ち前の聡明さ。同年代の子供より優れている部分が仇となり、彼らの道のりの険しさを正確に把握した。してしまったのだ。


 故に、すぐに挫折してしまった。


「親父に連れられて、優れた人間と出会う度。俺はそれを繰り返した」


 スポーツ選手の道を諦め、絵を描く道を諦め、音楽の道を諦め。

 本来なら有意義な出会いを重ねるごとに、『相葉大地の息子である』ことだけで得ていた根拠のない全能感を少しずつ丁寧に叩き潰された。


 そしてある日、彼らの姿と自分自身を見比べて。

 当たり前のように、気付いた。



「──『ああ、俺、なんもねぇわ』って」



 何かを極めるための途方もない道程。それを苦にしない程、何かに全力で打ち込める才能を彼は持っていなかった。

 だからきっと、自分はこのまま一生何者にもなることは出来ない。

 その事実を、晴夜はあまりにも幼くして理解してしまったのだ。


「親父は、自分が下手に連れ回したせいでこうなったと口にはせずとも気に病んでな。それが原因でなんとなく家庭内が気まずくなった」


 そんな空気が長年続いたことと、晴夜が通っていた学校で彼が社長令息であることを理由にした人間関係の問題が重なった結果。

 高校は、誰も彼のことを知らない場所に通うことにしよう。そう一家で決定し、現在彼はここに居る。


「……そう、だったんだ」

「あんたが相葉家に来たのは丁度俺と入れ替わりだからな。積極的に話す内容でもないし、知らないのも無理はない」


 というか、だ。


「贅沢な悩みだと思ったか?」

「え?」


 そう、自嘲気味に晴夜は呟く。


「なんだかんだ言ったが、結局俺はお金持ちの家に生まれて、裕福なことに一人暮らしもさせてもらってる。その事実は変わらん」


 出会った時から、星乃香に抱いていた仄暗い感情。

 その一部を、吐き捨てるように晴夜は吐露していく。


「うちの親に拾われるまで、その日の寝床にも困ってたようなあんたと比べれば遥かにましさ。何ならくだらない人間だと笑ってもらっても──」

「そんなことはっ!」

「──」

「しないよ……それは、違うよ……!」


 正直、すごく驚いた。


 星乃香は、言い方はあれだが非常に──少々過剰なほどに従順な子だとの印象をここ数日のやり取りで抱いていた。

 晴夜の言葉に遠慮することはあっても、ここまで正面切って彼の言葉を否定することはなかったから。


「……はる君の過去、全部は想像できないけど。自信を無くしちゃったんだってことは、分かったよ」


 驚きで言葉が出なくなった彼に、星乃香は続ける。


「人に優しくするって、心の余裕が必要なんだ。だから自分に自信の無い人は、あんまり人に優しくできないの。……そういう人、見てきたから」

「それは──」


 星乃香の父親のことか、と言いかけた言葉を飲み込む。聞くべきではないし、多分聞くまでも無いだろうことは彼女の表情から察せられたから。


「家に居られなくなる辛さだって、分かるつもり。相葉家で見た人たちほど、はる君に余裕は無いんだろうなってことも」


 そこで彼女は胸に手を当て、その瞳を真っ直ぐ晴夜に向けて。



「──でも。あなたはあたしを家に置いてくれたよ」



「!」

「多分、迷惑をかけちゃうことの方が多かったと思うんだ。……実際そうだったし」


 初日や二日目のあれやこれやを思い出したのだろう。星乃香が苦笑する。


「でも、置いてくれた。相葉家に追い返すことだって出来たはずなのに、そうしなかった。だめなところがあったら、どうしてだめなのかちゃんと教えてくれた。

 ……それで、ここに居ていいって、言ってくれた」


 最後の言葉を言ったときの彼女の顔は照れ臭そうで、それでいて心底嬉しそうで。

 かすかに頬を染めての控えめな微笑は、時を忘れて見惚れるほどに愛らしいものだった。


「だっ、だから! その……はる君はすごいっていうか……知れて良かったっていうか……はる君が悩んでるならなんとかしてあげたいっていうか……あれ、何言おうとしてたんだっけ……?」

「……いや、いい。十分だ」


 最後は言いたいことがまとまらず目がぐるぐるし始めた星乃香を落ち着かせる。

 十分伝わったのもそうだし、これ以上放置すると何やらとんでもない言葉が飛び出しそうな気配もしたから。


「……」

「……」


 しかし、制止したらしたでお互い話すことも無くて気まずい沈黙が流れるのである。


 ……けれど、何だろう。

 少しだけ、お互いのことを理解したからか。それとも他の要因か。

 今まで程、その沈黙は嫌ではなかったのだった。



 こうして、初めての二人での外出は終了した。

 それが有意義なものであったかどうかは……言葉にするのは、やめておこう。

晴夜君は、RPGに例えると

「Lv1でラストダンジョンに放り込まれた勇者様」です(多分この表現は今後本編のどこかで出ます)。

普通に育てば十分ハイスペックになれる才能はあったのですが、親の方針との食い違いで経験値を得る前に魔物にフルボッコにされて心が折れちゃった感じです。

そんな彼がちょっとずつ前向きになっていくのがこのお話ですので、今後も見守っていけると幸いです‹‹(´ω` )/››


評価、レビューいただいてました! ありがとうございます!

まだの方も、気に入っていただけたならぜひよろしくお願いします٩(ˊᗜˋ*)و

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