1話 世界と教室の片隅で
お久しぶりです、新作です!
甘々ほのぼの、時々シリアス。そんな王道同棲ラブコメを目指してみました。
よろしくお願いします!
放課後の喧騒が嫌いだ。
ホームルーム終わりのチャイムが鳴り、担任が出て行った途端に騒めきだす教室。
『学校』が果たすべき本来の機能は終了したのに、まるでここからが学校生活の本番だと言わんばかりに言葉を交わすクラスメイトたち。
その光景を教室の後方から眺めて、相葉晴夜は毎度思う。
「なあなあ、昨日の配信見たか!? 神プレイだったよな、俺もあんなことしてぇわー」
「えー、明日また小テスト? どうせ真面目にやる人なんていないんだから意味ないよね」
「放課後暇なんだけどさ、ぱーっと遊びに行かね?」
──どうしてこの連中は、ここまで能天気でいられるのだろうか、と。
聞こえてくるのは、何の生産性もやる気も覇気も意義も感じられない、ひどく薄っぺらい言葉の羅列。
何かしらの目標があってそれに邁進するでもなく、譲れない芯があっての行動でもない。
毎日を惰性で、漫然と生きることしかできない人間たち。
(……まぁ、それは俺も同じか)
晴夜は心中で自嘲気味に呟く。
そう、目標も信念も無いのは自分とて同じだ。
そして、だからこそ理解できない。
未だ人生において目指すべき場所を見つけられず、今も十代の貴重な時間を浪費し続けていると言うのに。
どうして彼らはああも明るく在れるのか、晴夜は分からないのだ。
「なぁ、相葉……で良かったよな?」
そんなことを考えていた晴夜の手前で声がかかる。
自分の名前を呼ばれ顔を上げると、前に立っていたのはクラスメイトの一人。確か名前は──
「……吉川。どうした?」
お互い名前を思い出すのに時間がかかったことから分かる通り、彼と話したことはほとんどない。
それなのに何の用か、と訝しげな視線を向ける。
「俺たちさ。これから他グループの連中と親睦会込みでカラオケ行くんだけどさ……相葉も来ねぇ?」
「……何故俺?」
「いやぁ、なんだかんだ入学して二か月経ってさ。俺もクラスの連中とそれなりに仲良くなったけど……相葉のことだけ、まだあんま良く知らねぇんだわ」
だからこれを機に知りたい、と吉川は語る。
「この先一年は一緒に過ごすんだしさ、どうせなら仲良くなっときたいだろ?」
そう言って、整った顔で邪気無く笑う吉川。
言わんとすることも納得できる。多くの時間を同じ空間で過ごす以上、相互理解をしておくことはマイナスにはならないだろう。
……しかし、それはお互いに理解する気がある場合の話だ。
「悪いな。今日はバイトの日だ」
表情を一切変えず、晴夜は虚言を述べる。
先に述べた通り、晴夜はクラスメイトに対して興味が無い。理解しようとも思わない。
これから一年、クラス分けによっては三年間共に過ごすことにはなるが──所詮はそれだけだ。
高校の人間関係など、九割九分は卒業と同時に立ち消える希薄なもの。
その程度のものを努力して維持しようと、晴夜は思わなかった。
「……そっか。こっちこそ悪いな、急に誘って」
晴夜の表情及び返答を見て、吉川はあっさりと引き下がる。
そのまま自分のグループに戻っていく様子を帰り支度をしながら横目で見た。
「どうだった? 相葉は」
「バイトだってさ。残念」
「ほんとかぁ? なんか言い訳臭いな」
「そもそもバイトってなんだよ、あいつなんか雰囲気的にヤバいことしてそうじゃね?」
「言えてる」
流れるようにグループ内で晴夜への印象を用いた会話の花が咲く。
せめて本人が居なくなるまで待てないのだろうか。困った顔を浮かべている吉川には申し訳ないが、参加しなくて正解だったと思う。
(……くだらない)
最後にそう心の中で吐き捨て、晴夜はひっそりと後ろの扉から教室を後にした。
人間は所詮、生まれてから死ぬまで独りだ。
どれほど他人に寄り添おうと誰かを真に理解できることは無く、寄り添いすぎれば毒になり、心を寄せすぎてダメージを負うのは自分の方。
自分が思っているよりも周りは自分に興味が無く、自分一人何をせずとも問題なく世界は回っていく。
故に、友誼も馴れ合いも必需品ではなく嗜好品。煩わしければ要らないものでしかない。
それが、相葉晴夜が十五年間の人生で学んだ唯一と言っていいことだった。
──だからこそ、彼にとって最も落ち着く時間は帰宅後だ。
相葉晴夜は、地方の公立進学校に通うごく普通の高校一年生である。
だが強いて一般と違う点を挙げるとするなら、一人暮らしをしていることだろう。
住んでいるのは2DKのオートロック付きマンション。地方とは言えこれほど広さとセキュリティを兼ね備えた物件に住んでいられる理由は、身も蓋も無いが親が裕福だからである。
ちなみに、どうして都心にある両親の家を離れて一人暮らししているのかについては少々長くなるので今は割愛する。
一つだけ言うならば、親との仲が悪いわけでない。
ともあれ、帰宅した後静かなマンションの居間で読書或いは勉強を行うのが、彼の生活の中で最も穏やかな時間だった。
一人暮らしを始めたのは高校入学前。現在は六月なので約二か月ここで暮らしていることになるが、様子を見に来た家族を除き、晴夜以外の人間がここに入った試しも無い。
そもそも、家にまで呼ぶような友人などいないし欲しいとも思わない。
よくある友情賛美のフレーズとして『喜びは倍、悲しみは半分』と言うものがあるが──晴夜はその論法に真っ向から異議を唱えたい。
そんな都合の良い話があってたまるかと。
真に誰かと友誼を結ぶのなら、確かに喜びは倍になるだろう。だがその分悲しみも──辛さもしんどさも気苦労も等しく倍でなければ筋が通らない。
恐らくその論法を最初に唱えた人間は、友人と付き合うことのメリットばかりを享受しいざその友人が辛い目に遭ったら見て見ぬふりをするような軽薄な友情を指してそう言ったのだろう。詐欺師の才能があると思う。
だから、相葉晴夜はこれで良い。
どれほど他人に憧れても他人にはなれず、どれほど他人に感情移入しても真に理解することは出来ない。
そういうのには──とうの昔に、疲れ切った。
益体も無い考えを巡らせつつ、今日も静かなマンションでただ一人、ページをめくる。
喜びは当然ないが、寂しさも最早感じない。
『そういうものだ』と無感動に受け入れてしまった日常。
きっとこれから先、卒業するまで──或いはその後も。
ずっと死ぬまで、こんな生活が続いていくのだろう。
……そう、思っていた。
ピンポーン。
微かな驚きと共に、晴夜は顔を上げる。
先も言った通り、この家に来るような人間は家族を除いていない。家族は都心住まいのためこんな平日に来ることは無い。
よって呼び鈴が鳴ることは、間違いでも無ければあり得ないのだ。
「……何だ?」
もし間違いでないとしたら、何か怪しげな勧誘的なものだろうか。
一人暮らしの家を狙って出没すると言われるが、晴夜は未だ遭遇したことは無い。まあ、普通その手の勧誘は決断に自己責任が発生する成人になりたての人間を狙うものだ。
だからもしそうだった場合、伝家の宝刀『自分まだ高校生なんで』を切れば大体は引き下がってくれるだろう。
そんな算段を立てつつ、晴夜は玄関の扉を開ける。
──思わず、目を奪われた。
扉の前に立っていたのは、晴夜と同じ年頃の少女だった。
やや色素の薄いブラウン気味の髪は肩程の長さで切り揃えられており、特別な装飾はないもののそれがかえって素朴な可愛らしさを引き立てている。
目鼻立ちはやや幼さを感じさせるが、綺麗に通った鼻筋にぱっちりと開いた瞳が総じて明るい印象を与えている。
端的に言って、非常に可愛い女の子だ。思わず目を奪われてしまう程度には。
……だが。
「その……どちら様で?」
残念ながら、まったく見覚えが無い。
やはり怪しげな勧誘なのか。にしては若いが──と推論を巡らせる晴夜を他所に、その謎の少女がやや緊張気味に口を開く。
「えっと、相葉晴夜君……でいいのかな?」
外見を裏切らない、鈴の音のような美麗さと明るい愛らしさが同居した声色。
一瞬疑うことを忘れて素直に頷くと、少女の顔がぱっと明るさを帯びる。
「やっぱり、あなたがはる君なんだ! うん……確かによく見るとちょっと似てるかも」
まじまじとこちらを観察してくる謎の少女。可愛らしい顔立ちが思わぬ至近距離に来て動揺するが、辛うじて気を取り直す。
「それで、俺を知ってるようだがあんたは──」
「あ、そうだった! まずは自己紹介しないとね」
当初の疑問を思い出したか、少女は居住まいを正してこちらに向き直り。
まさしく輝くような笑顔で、無邪気にこう言い放ったのだった。
「──こんばんは、水草星乃香っていいます! 今日からあなたのお世話をするべく、雇われてやってきました! よろしくお願いします!」
「…………、は?」
相葉晴夜、十五歳。
現在2DKのマンションにて一人暮らし。性格は内向的で一人を好み、人付き合いそのものを嫌厭する傾向にある。
──そんな彼の静かな生活が、粉々に破壊された瞬間だった。
本日は4話まで投稿します。