第五話 大切なもの
◆
「さっきの電話、なんだったんだろ。」
「香子、何か言ったか?」香子の父が言う。
「何も言ってないよ。」
「そうか。」
香子が独り言なんて珍しい。何かあったのか?
「いつでもお父さんを頼っていいからな。何かあったらいつでも言えよ。」
「分かった。」
きっと香子は何も言わないだろう。
だけど、俺は、諜報は得意だからな。
悪いが、香子の通話履歴を見せてもらおう。
パソコンを起動し、香子のスマートフォンをハッキング。
直近の通話相手は…毒島くん?とか言う相手だな。毒島、毒島。珍しい名字だな。一人同僚に毒島っていう名字はいるが。
さっきの香子はこいつからの電話に戸惑っていたようだな。
IP特定してやるか。
香子の父・嚇は、諜報活動を行っている。
さらに、かなりの腕前のハッカーでもある。
IPは、027.255.255.256か。
あれ?このIPアドレスどこかで見た気が…
最近入ってきた情報だった気がする。
そうだ。
北朝鮮が発表した、あのアドレスだ。
確認してみよう。
027.255.255.256
一致する。
どういうことだ?
ちょっと、あいつに連絡してみるか。………
「もしもし、虹人。少し時間をくれ。027.255.255.256の現住所を特定してくれ。至急だ。」
「何でですか、桃さん?理由を言ってください。」
「娘が、狙われているかもしれない。」
「ふっ。くだらねえないですね。1分だけ待っててください。」
「助かる、虹人。」
虹村虹人。
CIAすら彼の活動を把握できていない、世界一と呼び声高いハッカーである。
インターネット上では、「サイバー・ユグドラシル」の異名で名が知れ渡っている。
また、ハッカー「サイバー・ナスティ」とは、似たような攻撃スタイルであることから、二者合わせて、無敵兄弟、または無敵親子と呼ばれている。
虹人は一瞬でIPから住所を特定、また、その個人情報まで入手できるプログラムを自分で作成した。
そのため、コマンド入力すれば2~3秒で住所が特定できる。
入力っと。
住所:山梨県昆布市新富士1-2-23
ユーザー名:Shion Dokushima
戸籍名:毒島紫穏
……………
「あれ?毒島さんの息子さんじゃない?」
虹人は電話をかける。
「もしもし毒島さん。」
「はい、こちら毒島だが。」
「今家にいます?」
「いないが。」
「息子さん、今家にいるか確かめてくれませんか?あと、彼とお話させてください。」
「少し待ってくれればいいが。」
「何分くらいですかね?」
「5時からなら大丈夫だが。」
「分かりました。」
今は4時35分。
あとアニメ一話分見れる。見ちゃお。
じゃなくて桃さんに連絡しないと。
「もしもし桃さん。住所特定しました。」
「お前にしては随分時間かかったな。まあいい。住所を言ってくれ。」
「山梨県昆布市新富士1-2-23でした。」
「それは毒島の家じゃねえか?」
「そうです。毒島青穏さんのご自宅です。」
「毒島、例の件、やったのか?」
「例の件ってなんですか?」
「ほら、ミサイルの件だよ。」
「ミサイル、ですか?」
「つい2時間前に大騒ぎになったじゃねえか。」
「え?知りませんが?」
「嘘だろ?それでもお前は天才ハッカーかよ。何してたんだ。」
「ずっとアニメ観てました。シールドブラフ・オフライン、おすすめですよ♪」
「語尾に音符つけるほどこっちは呑気に話してられねえんだ。情報収集しろ。説明するよりお前がネット見た方が早いから早く調べろよ。」
「はい。分かりました、失礼します。」
「…」
プー。プー。プー。
「桃山さん、こえぇ~」
調べるのめんどいな。
「おーい沙絵!北朝鮮のミサイルのこと知ってる?」
「知ってる」
「概要を教えてくれ。」
「やだ。ダルすぎる。」
「はあ。」
よく考えたらこういうやつだったな、沙絵は。
やっぱ自分で調べる方が早いか。
カタカタカタ。
「ネットフリックスを起動して、と。次は何を観るか…じゃなくて情報収集だ。俺のアニヲタレベル高すぎるだろ。レベル100超えてるわ。」
あー。ハッカーとかいう職業もつまらないし、やる気でないな。
……
もういいや、何もやりたくないからアニメ見よ。
◆
「おーい、紫穏。虹人が話があると言っているんだが。部屋入っていいか?」
「入るぞ」
ガチャ。
「いないな。」
「どこ行ったんだ。」
プルルルルル。
あれ?この電話番号知らないぞ?
「もしもし、こちら警視庁本部です。」
もしや、俺のこと、バレたか?
平静を装え。
「はい、こちら毒島です。ご用件は?」
「お宅の毒島紫穏さんが今取り調べを受けています。今、担当があなたのご自宅に向かっているので、こちらにお越しください。お話は15分程度で終わりますので。」
あいつ、何かやったのか?
急ごう。
◆
「僕はどうしてここに?」
「君は先ほど起こったミサイル発射の件に関与していると中国警察の本部から連絡があった。」落ち着いた女性の声だ。
「関与…ですか?ミサイル発射って普通に暮らしてる一個人が関われるほどの問題じゃないと思うんですけど…」
「私もそう思っている。しかも君にはアリバイがある。今日は体育祭だったろう。」
「調べたんですか?」
「ああ。すまないが生徒手帳から君の情報を見させてもらったよ。」
「君はおそらくやっていない。が……」
「が、何ですか?」
「もう、来てしまう。」
「?」
「もうすぐ、君は北京に飛ばなければならない。」
「どうして…」
「本当に理不尽だな。」
「まあ、あちらも、きっとやってないと信じてくれよう。こちら側も君に有利になる証拠をかき集めておく。だから、安心して行ってきなさい。」
「……」
「もう時間がない。君が会いたい人にもしばらく会えないだろう。今なら誰でも2人までなら呼び出すことができるが、どうする?」
父さんは絶対。
いつも何とかしてくれる。
あと一人。
やっぱりお母さんかな。
「じゃあ、父と…」
「桃山さん、桃山香子さんでお願いします。」
あれ、今、僕なんて言った?
「お父さんの連絡先は分かるが、桃山さんの電話番号を教えてくれ。」
やっぱり。桃山さんのこと、言ったんだ。
自分でも気付かないくらい、桃山さんのこと、いつも想っているんだ。今気付いた。
なら、きっと僕が海外に連れていかれても、彼女がフラッシュバックするんだろう。僕はピーチの香りの麻薬に魅了されている。
気付かないうちに、無意識に君を求める。
だから、見失っても、何度も君を見つけ出す。見つけ出そうとする。その度にまた、胸が高鳴るのだろう。
「桃山さんには、自分で電話してもいいですか?」
「特別だ。いいぞ。」
女は口元が緩み、それはよだれを垂らしそうなほどだった。
急にキモいな。
「私がお父さんに電話しておくな。」
「ありがとうございます。」
緊張する。電話で話すだけなのに。
よし。
プルルルル。
「も、もしもし桃山さん。」
「あ、毒島くん!?さっきは何…」
最後かもしれないと思うと胸が締め付けられる。
「来てくれ!今すぐここへ!今位置情報を送った。ここに来て欲しいんだ。」
え、どうして?デートだったりするのかな…
ってまだ付き合ってないしそんなわけないよね。
でも、すごい捲し立て。何かあったのかな?
「わ、分かったよ。今行くね。」
香子は思う。
君に会うことができる。
そんな当たり前が幸せなのは、君が毒島くんだからだよ。
だから、毒島くん。ずっと近くに居てね。
何よりも君が大切だから。