第二話 黄色い告白
体育祭当日。今日は朝から緊張している。
南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏。ちなみに僕は仏教徒ではない。ただ、煩悩はある。人間だもの。ってなに考えてるんだ。
こんなくだらない人間だから片想いで終わるんだ。まだ終わったかどうかは分からないけど。
昨日、桃山さんにキャンプファイヤーで二人で踊ろうと声をかけた。もう桃山さんと交わす言葉は二つ三つだろう、と思って勇気を振り絞った。桃山さんは、それにちゃんと応えてくれた。
けど、今考えてみるとこれほとんど告白だったな。ああ恥ずかしい。まあいいか。
ああ、いよいよ今日が始まる。
そして、何かが終わると思う。けれど、今日というこの日だけは忘れないだろう。
◆
朝、目覚める。
彼の夢を見ていた。
彼と一緒に踊っている。
彼は、顔を私の顔に近づけ、何かを言う。
「僕、…桃……さん………す……よ。」
何と言ったか分からない。
そして、目覚める。
なんて言ってたんだろう。
「好きだよ」だったらいいな。
まあ所詮夢の中だから現実じゃないんだけどね。
今日だけは勇気を振り絞る。もう決めている。
今日、もし世界が終わってもいいようにそう決めている。
◆
「これにて、県立 昆布高校、体育祭の開会式を終了します。」
始まる。
始まる。
「おい、紫穏!俺ら最初の競技だぞ。ほら、カトパン、じゃなくてデカパン競走。準備いくぞー!」
「りょーかい」
馬場裕。彼は運動しかできないサルである。
ちなみにゲーム実況をやっている。何の情報だよ。
一種目めはデカパン競走。高校生にもなって何やってんだって話だ。
これは体育の女教師の趣味らしい。
なんだよその趣味。パンツ集めは個人の範囲で収めておけよ。
俺と裕はアンカー。クラスの足の速さワンツーコンビだ。
◆
競技が始まる。
ちなみに競技は青組、赤組、緑組によって行われる。
用意、ドン!
「さあ始まりました!二年男子によるデカパン競走!」
「いけー!」
「ファイトー!」
私も応援しよう。
「がんばれー!」
少し経ち、レースは終盤に差し掛かる。
そろそろ毒島くんだ。
走り出す。
「がんばれー!」
速い。カッコいいなあ。
足が速いのがモテるのは小学生までというけれど、好きな男子が走っていれば、無条件で目が吸い寄せられる。
「毒島くーん、がんばれー!」
彼の名前を呼ぶだけで体が熱くなってしまう。
「あれぇ~?どしたのぉ~?そんな顔赤くしちゃって~」
と言うのは神山黄子だ。
「ちょ、ちょっと!なんでもないよ!」
「そんなことないよ~。だって今、走ってるもんね。あなたの好きな…」
「やめてっ!やめてよ黄子ちゃん。恥ずかしいよ。」
「今日告白するんでしょ?」
「うん。」
恥ずかしい。
「きっと大丈夫だよ。毒島も応えてくれるよ。」
「ありがとう。」
そうならいいな。もしそうだったら、私、そのとき倒れないかな?
「やったー!一位だ!」黄子は言う。
◆
競技が終わり、男子が戻ってくる。
よし、行こう。と黄子は思う。私の番だ。
「ねぇねぇ毒島、ちょっとこっち来て?」
走った後のシャツは微かに汗ばんでいる。
「どうした、神山さん!グランドの真ん中に引っ張りだしたりして!」
「言います!」
すーっと息を吸う。
「毒島くん!好きです!付き合ってください!」
それは稲妻のように刹那的だった。
グランドを越えてはるか遠くの山まで届くような大きな声。
どうだ。
「おい、あいつすげえな」
一瞬にして注目が集まる。
喧騒が深まる。
「毒島、この状況は断れないだろ」
あの子、桃山香子が告白する前に告白する。
このやり方は性格は悪いけど、毒島くんはとられたくない。
◆
「付き合ってください!」
あれ、黄色い。
周りから黄色い声が聞こえる。
なんだこの状況。
しかも突然すぎる。
なんとか断らないと。
俺は好きな人がいるから。
だけどなんだこの状況。
俺の名前がコールされている。
まるで劇場の主演役者のように。
だけど、ちがう。
相手はジュリエットなんかじゃない。
僕にとってはただの一般市民だ。
こんなの意味がない。
だけど…
「紫穏!グズグズするな!」
「はやくーはやくー!」
ああ、どうしようもない。
ここで断ったらもうみんなに向ける顔がなくなってしまう。
人気幼児向けアニメみたいに顔面も替えてもらえないし…
もう、仕方ない。
「いい…」
ピンポンパンポーン!
…市内放送?
「グランドでリア充ごっこしている生徒は、至急、爆発してください。繰り返します。…………」
…どうして校内放送じゃないんだ?
◆
「あちゃー、タイミング悪いから、お昼に返事聞かせてね!」と黄子。
なんというタイミングの悪い放送。
放送の音が大きすぎて会話が意思伝達すらできない。
仕方ない。
お昼まで待とう。
それまで、ずっとくっついていようかな。
香子にとられないように。
市内放送は、市役所からしかできない。
さらに、市役所から学校を望むことはできない。
そして、こんないたずらをするのは高校生ぐらいだ。
となると……