第一話 日常
僕、毒島紫穏は、高校二年生。
片想いをしている女子がいるにも関わらず、漫然と一年と半年を過ごしてしまっている。
とても辛い。
今日も、その彼女と会えることのみを楽しみにして、学校に来た。
キーンコーンカーンコーン。
ただ、一人だけ。それだけでいい。
っていうような臭いこと、一人でいるとき考えがちだよな、とセルフツッコミを入れる。イタいなぁ。
九月。晩夏の暑さはあぶれた子どもみたいに残っている。
ふと、顔を上げる。
ああ、やっぱり。
自然とその髪に、その瞳に、目が勝手に引き付けられる。
「おはよー、沙絵」と彼女は言う。
彼女の落ち着いた声が心をくすぐる。
「そ、その、おはよう、毒島くん。」
「お、お、おお、おはよう。桃山さん。」
ただの挙動不審の不審者おじさんだ。16歳だけど。
でも、桃山さんが毎朝挨拶してくれるのはすごく嬉しい。
もしかして俺のこと…そんなわけないよな。
だけど、僕はもう覚悟を決めている。
明日の体育祭のキャンプファイヤーで告白しようと思う。
もう来年は受験生。早めにフラれて、勉強に集中したい。何より、こんな辛い片想いなんて続けられない。
だから明日が楽しみでもあって、来てほしくないとも思う。
悪者は僕だ。彼女を好きになった僕が悪い。そんな自分への罰として、告白してフラれよう、と思っている。
◆
今日こそは積極的でいよう。そう決めても、私は結局そうなれない。
いつものように挨拶をする。
「そ、その、おはよう、毒島くん。」
毒島くんの前でだけ、どもってしまう。
「お、お、おお、おはよう、桃山さん。」
こんな些細な会話でも、顔が綻んでしまう。
ああ、やっぱり。
自分の気持ちに気づいているのに、勇気を出せない。もどかしい。辛い。そんなことだったら、もうこんなこと、やめにしよう。
明日、告白してフラれよう。
悪者は私だ。彼の優しさのなかに秘められた強さ。好きなことに全力で取り組む姿。自分でも怖いほど目で追ってしまう。
だけど……悲しいけど、もうやめにしよう。
二人を朝日が照らす。言葉を交わした瞬間、その熱に溶けてしまいそうになる。秋が始まる。暑さは緩む。熱さはどうだろうか。
今が、この一瞬が、ずっと続けばいいのに。