僕は気まぐれです。
「お前は人を殺した。その意味を理解しているか?」
私は目の前に座る少年に問いかけた。
「えぇ、分かっていますよ、もちろん。僕だってバカじゃありませんからね。自分が何をしでかしたのかは重々承知しています。殺人が許されない行為だなんて子供だって知ってます。殺人を許すなんて言語道断です」
少年は私をバカにしたように笑った。殺人を犯した男が、殺人は許されないと語る。そのちぐはぐさに私はめまいがした。
「僕はね、殺人者ではあるが殺人鬼ではないんですよ。快楽のために人を殺すなんて無粋な真似はしない。人を殺めて何が楽しいんだか、僕にはさっぱり分からないですね。理解できない領域だ」
理解できないのは私のほうだ。お前は一体何が言いたいんだ。
「おや? 何が言いたいんだって顔ですね。特別に教えてあげましょう。殺人を犯すとみな動機を知りたがる。そうして理解したがるんです。動機が不明というのは不安なんでしょう。よくニュースでもやっているように、マスコミやネットの連中は人の過去を暴き、殺人に至った理由を探ろうとする。大層な肩書きを持った専門家は、もっともらしく的外れなことを言う」
少年は言葉を切った。私の反応を伺っているようだ。
「過去の経験や家庭環境を探ったって意味はないのに。他の殺人者はどうかは知りませんが、僕の殺しに理由はないですからね。動機なき殺人とでも言いましょうか。殺しに意味を求めるなんてナンセンスもいいところだ。そう思いませんか?」
「だったらなぜお前は人を殺したんだ?」
分からない。少年は何を思い、人を殺めたのか。快楽のためでもなく、恨みゆえのものでもなく、少年は理由はないと言う。
だが動機なき殺人はありえても、理由なき殺人はありえない。殺人鬼にも殺人鬼なりの理由はあるはず。抗え切れない衝動が、人を狂気へと駆り立てる。いったい何が少年を殺人へと駆り立てたのだろう。
「――なぜ人を殺したか? 簡単な話です。この世にはね、無意味な行動もあるんですよ。そんなの誰だって知ってます。いつもと違う道を歩く、そこに然したる理由はない。ただの気まぐれです。あなたも経験あるでしょう? なんとなく右に曲がった、なんとなく普段は買わない飲み物を購入した、なんとなくテレビを点けた、この世にはね、なんとなくが溢れている」
少年が何を言いたいのか分かってしまった。分かりたくもないのに分かってしまった。
「僕はなんとなく目の前に立っていた男を突き飛ばしたくなった。殺意があったわけではありませんよ。別に死ななくても構わなかった。ただ突き飛ばしたくなった、それだけのことです。結果がどうなろうと興味はなかった。彼は僕の気まぐれゆえに死んだんです。ねっ、然したる動機ではないでしょう?」
「……お前は、お前はなんとなくで済ませる気なのか!? お前は、お前は人を殺したんだぞ!」
思わず私は少年の胸倉を掴んでしまった。
「と言われましてもね。本当になんとなく殺してしまっただけで、悪気はなかったんですよ。そもそも殺すつもりもありませんでしたし、突き飛ばしたら運悪く、車に轢かれてしまったんです。まぁ、でも安心してください。償う気はありますから。罪悪感はないですけど」
少年は笑顔を崩さない。貼り付けたような笑みではない。楽しいから笑っている。そんな顔だ。
おぞましい。恐ろしい。こいつは少年なんて生易しい存在じゃない。もっと澱んだ何かだ。
私の理解の範疇を超えている。今まで出会った少年犯罪者の中で最も異質だ。
「何なんだお前は?」
聞いても意味がないことは分かっている。それでも聞かずにはいられなかった。
「なんとなく生きているだけの、どこにでもいる十七歳の子供ですよ」
「どこにでもいる子供は人は殺さない」
「本当にそうでしょうか? 人は牛や豚を殺して食べ、虫を始末して排除する、そういう生き物ですよ。誰もが殺意を宿している。それが普通です」
「殺人は許されない行為と言っただろう」
「えぇ、許されない行為だとは思っていますよ。ただおかしな行為だとは思っていないだけです」
人をおちょくった態度に無性に腹が立った。私の感情はずっと乱されているのに、少年は顔色一つ変えない。
気がつけば、私は立ち上がっていた。
「――えっ?」
初めて少年が笑顔以外の表情を見せた。あぁ、なんだ、こんな顔もできるのか。
「精神鑑定士のあなたがなぜ人を殺したのですか?」
「――なんとなくあいつの怯えた顔が見たかった」
殺しの理由なんて、案外そんなものだ。