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紺青の少年  作者: やなせ
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第二章

 隣の席の彼は、気づけばいつも絵を描いている。

三好(みよし)くん? ああ、変わってるよねー」

「ねー、変だよね。いっつも一人で絵描いてるし」

 クラスメイトは皆、彼を変わり者と呼んでいる。

 最初は、そんな言い方しなくても、と思った。だって彼は絵を描くことが好きなだけで、人に否定されるようなことはしていないのだから。

 でも、彼をよく観察していると、確かに、と納得してしまう部分が見えてきてしまった。

 昼休み、校庭のど真ん中でぼうっとしばらく空を見上げていたり、ひらひらと花の周りを飛んでいる蝶に話しかけたり、授業中、はっと思い立ったように突然絵を描き始めたり、彼の行動は少々突飛というか何というか不思議だった。

 そして何より極め付けは、転入3日目に遭遇したある出来事だった。

「な、何してるの!?」

 私はその時思わず悲鳴交じりの声を上げていた。

 三好くんが中庭の草むらの中でうつ伏せになっていたからだ。彼は体を少しだけ起こし、こちらを向いた。よく見たら鉛筆とノートを持っていた。

 猫の目線で絵を描いてみたくなってさ。彼は真面目な顔でそう言った。

 あ、この人変だ。そう思わざるを得なくなった瞬間だった。

 友達になるならまずは隣の子からと思っていたけれど、その願いは叶わなそうだ。


 あれから一週間くらいが経った今、私の中で三好くんが変人という立ち位置を確立しつつある。

 そんな時だった。

「三好ー、ちょっといいー?」

 休み時間、不意に彼を呼んだのは同じクラスの和泉(いずみ)という男子だった。

 三好くんはいつものように絵を描いていたが、その呼び掛けに手を止めてすっと席を立った。

 そして2人は仲睦まじげに寄り添い、和泉くんの友達であろう数人と何処かへ消えて行った。

 私は間近でその一部始終を見ていた。

 和泉くんはクラスの中心的存在だ。勉強も運動も人並み以上に出来て、加えて顔もいいときたら、非の打ち所がない。そのため誰もが一目置いている。

 彼と三好くんとじゃタイプが違うように見えるけど、仲が良かったなんてかなり意外だ。



「梓ちゃん、ばいばーい」「また明日ねー」

 二股道の向こう側で手を振るクラスメイト2人に別れを告げ、自宅へと続く道を辿っていった。

 その途中、何となしに辺りを見回していると細い抜け道を発見した。

 等間隔に植えられた樹木が傘のように道を覆っている。そのためか周りよりも何だか薄暗い。

「こんな道あったんだ……」

 立ち止まって、一人ぽつりと呟いた。

 さわさわと穏やかな風が無数の葉を揺らし、木々の隙間から差し込んだ日の光がまるでスポットライトのようにそこを照らしている。

 私は誘われるように小道へと入った。

 30メートルくらい歩くと広い道へ繋がっており、緑の中にちらほらと家が建っていた。

 そんな住宅と自然が混在する道を進んで行くと、妙な存在感を放つ小さな空き地があった。好き放題にすくすく育った草木がそこら中にたくさん生えていて、車のタイヤやタンスなどの粗大ゴミが無造作に置かれている。無法地帯、というのはきっとこういう場所を言うのだろう。 

 私は再び足を止めていた。

 その空き地の中で誰かが座り込んでいたから。

 茂みの所為で顔は見えないけれど、ランドセルを背負っているし同じ小学生なのだろう。

 目を凝らしてその子を見た。何だかどこかで見たことのある背中だ。

「あれって……」

 数秒後、私は気づいた。

 あの後ろ姿は多分彼だ。三好くんだ。

 あんな雑草が生い茂った場所で何をしているのだろうか。いつぞやのようにまた不可思議な行動に出ているのだろうか。それとも思わずそうしてしまうような何かがそこにあるのだろうか。

 そう気になって気になって仕方がなかった。

 あえて自分から関わるのはもうやめようと思っていたのだが、好奇心にかられてしまってはどうしようもない。

 私はランドセルの持ち手をぎゅっと握り締め、恐る恐る彼に近づいていった。

 忍び足で接近したため、彼はこちらに気づいていない。

 背伸びをして彼の先にあるものを見た瞬間、私は目を大きく開いた。

 まだ大人になりきれていない黒猫がそこにいた。プラスチック製の器に顔を埋めて何かを夢中で食べている。

 ふと視線を移すと、三好くんががいつの間にかこっちを見ていて、私は尻餅をつきそうな勢いで後退りした。

「あっ、の……えっと……」

 言葉を選んでいるうちに彼がくるりと黒猫の方へ向き直ってしまい、タイミングを完全に失った私はこれ以上ここに居る理由も無いため空き地から去ろうとした。 

「……クロっていうんだ」

 彼の声が私の足を止めた。

「……飼ってるの?」

 そっと彼の横にしゃがみ込んで問いかけた。

「野良猫だよ。こいつ人懐っこいんだ」

 それから「触ってみる?」というように目で合図をしてきたから、私は少しばかり緊張しつつ黒猫に手を伸ばして背中をゆっくり撫でた。

 生まれて初めて触る猫は見た目よりもふわふわとしていて柔らかかかった。

「可愛い……」

 私の呟きに、そうでしょ、と嬉しげな三好くん。

 ふと、足元を見ると彼の傍らにはいつものノートがいて、ついつい笑ってしまった。

「絵、描くの好き?」

 その質問に彼は強く頷いた。

「いつも何描いてるの?」

「いろんな……僕の好きなもの」

 何だ、普通に話せてるじゃん、と肩の力が抜けていった。友達になれないと決めつけるのはまだ早かったのかもしれない。

 その時、私は三好くんのズボンが所々何かによって汚れていることに気づいた。

「ズボン汚れてるよ」

 そう指差すと彼は顔をしかめた。

 何も言葉が返ってこなかったから、私はもしかしてまずいことを言ったのかなと不安になった。



 翌日、登校してきた三好くんに、おはよう、と自分から声を掛けた。

 彼は一瞬びっくりして、戸惑いつつも「おはよ」と返してきた。

 私達にそれ以上の会話は無かった。

 少しは距離が近づいたのかなと思ったけれど、まだまだ道のりは長かったらしい。でも、私は彼と友達になりたいから、いつか笑顔で挨拶を交わせる日を信じて頑張ろうと思う。


 本日最後の授業が終わり、後は帰りの会をやるだけだと誰もが浮かれ始める頃だった。

「図工室に筆箱忘れた!」

 階段の途中で忘れ物をしていたことに気づき、よく行動を共にする友達、紗南(さな)と一緒に来た道を引き返した。

 目的の場所に着いたのだけれど、私達は中へ入ることを躊躇った。

 先客がいたからだ。隅っこで人目を(はばか)るようにして男子数人が集まっていた。

 あれは──、和泉くんと、彼とよく連んでいる男子数人、その人達に囲まれるようにして真ん中に立っているのは三好くんだ。

「あそこ何してるのかな?」

 私は紗南に問いかけた。

「え……さ、さあ? お話してるんじゃない……?」

 そう目を泳がせる彼女を不思議に思いながら、「そうなのかな」と首を捻った。あまり納得がいかない。態々あんな所で何を話すのだろうか。

 不信感が募り始めた、その時だった。

 取り囲んでいたうちの一人が三好くんの肩を片手で強く押した。その拍子に彼はバランスを崩し、近くにあった棚に背中からぶつかった。そこにあった工具やらが僅かに揺れて音を出す。

 どう見ても"仲良くお喋り"なんていうような雰囲気じゃない。

 彼らに近づこうとした時、紗南に手首をぐっと掴まれた。

「関わらない方がいいよ。去年からずっとだから……。ああやって先生とかの目に入らない場所で嫌なことしてるの。でも、相手が和泉くんだから皆何も言えなくて……」

 はっとした。昨日のズボンの汚れも、もしかして彼らの仕業だったのだろうか。だから、三好くんは何も言えなかったのだろうか。

「あっ!」

 三好くんが突然大きな声を発した。

 その理由は、和泉くんが"ある一冊のノート"を彼から取り上げたからだ。

『……僕の好きなもの』

 その言葉をふと思い出した。

 あれは、あのノートは大事な────。

 和泉くんは態とらしくそのノートの持ち主へ見せつけるように下へ落とし、何度も何度も床へ擦り付けるように踏んだ。

 泣きそうな三好くんに気づくと仲間内で顔を見合わせ楽しげに笑った。

 その時、私の中の何かがふっと消え去った。きっとそれは「理性」ってやつだった。

「ちょっと! あんた達!」

 友達の忠告を無視し、私は無遠慮にずんずんと進んでいった。

 何だ何だと振り返る彼らに向かって私は図工の教科書をぶん投げた。

 力任せに投げたそれが主犯格の彼の顔面へと見事に直撃した。

「いっ、和泉ぃ!?」

 顔を押さえてへなへなとうずくまる彼と、彼を心配して慌てふためく他数人の間をかいくぐって三好くんの手を取った。

「行こう、三好くん」

 私はそこまで正義感が強いわけでもない。こういう場面に遭遇するのだって正直初めてじゃない。下手に首を突っ込むのはよくないことだと知っている。

 でも、悲しそうにする三好くんを見て見ぬふりなんてどうしてもできなかったんだ。

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