1.林檎の妖精は春を連れてくる
「メロディアナ、お前宛にグラシアル公国から頂冠式への招待状が来ているのだが」
王の声が大広間中に響き渡る。
普段決して話題に上ることのない名前に、周囲の貴族達がざわめいた。
ーーどうしてあの子なんかに。
言葉に出ていなくても、雰囲気で感じ取れる。
私は、沢山の視線に怖じ気つかぬよう、足先に力を込め、
「丁重に辞退させて頂けませんか」
毅然な態度でいってやった。
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歌の巫女と吟われた母シャンテ。
武勇で名高い王弟バーク。
その二人から生まれたのが、メロディアナ王女こと私だ。
ここだけ聞くと、凄い良い血統の持ち主のように思われるけどね。
生涯、神だけに使えることを使命とする巫女。
国益のために、他国との政略結婚を迫られる王族。
二人は、決して結ばれてはならない関係だった。
未婚の二人は、私ができたことがわかるとすぐ王城から抜け出した。
そして、森国の末端の小さな村で暮らし始めた。
林檎農家手伝いの夫妻と、そのひとり娘として。
私たちは身を隠しながらも、幸せだった。
けれども、無理矢理得た幸せは長く続かず。
母は、私の記憶がないうちに流行り病で。
父は、私が6歳の時に亡くなってしまった。
かくして私は、伯父である現国王の養子として引き取られたのだ。
使えない娘だけが、王城に帰ってきたのである。
そんな複雑な生い立ちゆえ、王族であっても表に出ることもなく。
王城の裏にある、母が昔使えていた聖域で私は育った。
「やだ、【御手付き姫】がいる」
「見ちゃダメよ、ふしだらになっちゃう」
権力を振りかざした王弟と、手を出された巫女との間にできてしまった、ーー不義の王女として。
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引き取られてから数年、私は独りぼっちで過ごしていた。
森国は、巫女や森の民といった神に近い存在が身近にいるぶん、他国より信心深い国であった。
風俗街がない国は、大陸中どこを探してもここしかないだろう。
しかし逆にいうと、未婚や、片親の子供に対する風当たりがかなり強かったのだ。
「王女様だから恐れ多く近づきがたい」
といわれ、私は遠巻きにされていた。
ーー私が穢れた子供だから、近づきたくないだけなのだろうけど。
迷信深いお貴族様ほど、私の存在を忌み、嫌った。
大人がそんな扱いしてたから、当然子供も近寄って来なかった。
近づいただけで、悲鳴をあげられたこともあった。
当然、友達なんて出来るはずがなかった。
「お父様が生きてたら、こんな目に合わなかったのに」
夜の暗闇の中、恨めしく呟いた。
非力な自分が悔しくて、独りぼっちで悲しくて。
両親と過ごした林檎畑の記憶が、心のなかに眠っていたからからだろうか。
林檎の樹の下にいると、ひどく安心した。
だから私は、夜になると外に出て、林檎の樹の下でひっそり泣いていた。
城内とはいえ真夜中に、子供が外に出ても心配して探してくれる人なんていない。
泣いても、誰も涙をふいてくれる人なんていない。
そう思うと、さらに心が寂しくなって、余計に涙が溢れた。
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そんな私に、ある夜転機が訪れる。
林檎の花が満開に咲いていた春の夜。
いつにましてその日は、月が耀いていた覚えがある。
私はいつも通り、樹の下で泣いていた。
「ねぇ、どうして泣いてるの?何か怖い夢でもみたの」
大きく回るように風が吹き、木々が激しく揺れた。
そこには、見慣れない子がいた。
枝先のように細い手足。
若葉のような、新緑の瞳。
花と同じくらい白い、透明な髪。
林檎の精霊かと見間違えるほど、その子は美しかった。
それが、レーちゃんとの出逢いだ。
一年半という短い間だったけど、まるで家族のように暮らした。
メルという愛称をくれたのも。
異国の子守唄を教えてくれたのも。
一人では感じられなかった人の温もりも。
春の化身に暖かい子だった。
「ねぇ、メル。僕が、王様になったらーー」
そう、未来への夢も。
幼少期の輝かしい思いでは、
全てあの子が私に与えてくれたものだった。
話を戻そう。
確かに、レーちゃんは一人称が「僕」だった。
けれどもそれは、彼女の雰囲気に馴染んでいるように感じられた。
また不思議なことに、それを咎める人は誰ひとりもいなかったのだ。
だから、私は--
「氷国の世継ぎをお姫様扱いしたなんて、さすが下賤の娘」
「今更合わせる顔なんてないものね、辞退して当然よ」
ずっと女の子だと勘違いしていたのだ。




