GWの出来事
ゴールデンウィークだろうが何だろうが、平日は普通に授業がある。中にはサボって旅行にいく学生もいるため、出席率はいいとは言えなかった。
それならいっそ休みにしたらいいのにと玲奈は思うが、そうはいかないらしい。
5月2日月曜日のお昼過ぎ。
大学の中庭には、明日からの連休について話す学生やら、そそくさと門へと向かう学生たちの姿があった。
今日までに、何度かキリトに出かけようと誘われたが、断りつづけた。
「一日くらい休みないの?」
そう食い下がるキリトに玲奈は、
「ない」
と答えた。
実際には一日休みがあるが、正直人が多いところには出かけたくないし、殺風景な部屋に物を増やしたい。考えてみれば、引っ越してからというもの誰かと出掛けるなんてことをしなくなった気がする。
「っていうか、音羽と出掛けたら?」
「結城もバイトらしいし、っていうかそれじゃあ意味ないし」
口を尖らせるキリトが意味わからず、玲奈は首をかしげた。
「じゃあご飯は? 前はよく行ったじゃない」
「まあ……そうねえ……」
玲奈たちが行っていた高校は土曜日に授業があった。
放課後、友人たちと集まってご飯を食べて、どこかに遊びに行くのが常だった。
そういえば、あのころはキリトと二人だけでも出かけていた気がする。
いつの間にか二人で出かけなくなり、いつも音羽や他の誰かがいるようになっていた。
卒業式の後もそうだ。
キリトはふたりで出かけたかったらしいが、流れで皆で出かけた気がする。
それ以降何度かキリトに誘われたが、引越しがあるしと思い断り続けていた。
なんでそんなことしてるんだろう?
首をかしげるが理由はわからなかった。
無言をオッケーと捉えたのか、キリトは笑顔で言った。
「じゃあ、明日! バイト先に迎え行くから。じゃあね」
キリトは、玲奈の横を駆けて、門のほうへ消えて行った。
通り過ぎたとき、ほのかに香水のようなにおいがした。
高校生の時はあんなものつけていなかったのに。
キリトは、黒かった髪が焦げ茶色になり、服装も少し変わった気がする。私服のイメージより制服のイメージのほうが強いが。
自分もあんな風に変わってしまうのだろうか。
「まあ、どうとでもなるよね」
今日の夕飯はどうしようかと考えながら、玲奈は大学を後にした。
5月3日火曜日。
玲奈が出勤すると、深い深いため息をついて開店準備をする甲斐の姿があった。
彼のそばにはワゴンが置かれている。店の外にワゴンを出して商品を展開するとか言っていたので、そのための商品を選んでいるのだろう。
今日は商店街でイベントがある日だ。
神社の境内にステージが設けられ、時間ごとにキャラクターショーやマジックショー、それにファッションショーが開かれるらしい。
道路では11時からフリーマーケットが開かれる。
商店街の交差点では、路上ライブも予定されているらしい。
この商店街イベントは、大学のゼミやサークルと協力して企画しているらしい。
それに駅前にある服飾学校の協力を得て、年々内容が豪華になっていると聞いた。
「おはようございます」
商品を手にまたため息をついている甲斐に向かって言うと、彼は笑顔を玲奈に向けた。
「おはようございます」
と応える。
「どうかしたんですか?」
いつも持っているショルダーバッグを肩から外しながら、玲奈は尋ねる。
甲斐は頬を人差し指で掻いて言った。
「いやあ……あの、商店街のイベントに出ることに決まっちゃってて……」
「イベント……ですか?」
甲斐は頷いて、
「ファッションショーっていうか……コンテストっていうのかな。
テーマがあって、そのテーマに沿った服着て出るってだけなんだけど。
まあ、飛び入り参加もできるし、かなりフリーダムなイベントなんだけどね。
服とかアイテムも貸してくれるし。プロがメイクとかしてくれるし……」
「嫌なんですか?」
「そう言うイベント、苦手で毎年断ってたんだけどねえ……知らない間に笠置さんがオッケー出したみたいで」
そう言って、また深くため息をついている。
「まあ、商店街のためだし……でもねえ……」
そんなにいやな物なのだろうか。
そう思いながら、玲奈は店の奥に荷物を置いて着替え、店頭に出た。
店の前の通りはまだ人通りが少ない。
イベント自体は11時スタートで、開会式みたいなのがあるらしい。
普段の土日でも、10時半を過ぎたころ人通りが増えるのが常だった。
10時から道路が歩行者専用になるため、その時間になればフリーマーケットの準備が始まるだろう。
甲斐に言われて、ワゴンを歩道に出したころ、柱時計が10回鳴った。
「失礼するよ」
着物姿の老女……おきぬさんが、開けっ放しにしている入り口から入ってきた。
バイトを始めて6日目。この人と会うのも6回目だ。甲斐曰く、ほぼ毎日来ているらしい。
ここは病室の待合室か何かだろうか。
老女に中学生に中年男性に。多種多様な人が引きこもりの店長に会いに来る。
ながながと話をしているらしいが、いったいなんなんだろうか、とは思う。
「お嬢ちゃん。笠置はいるかい」
初めて声をかけられ、玲奈は頷きながら応えた。
「あ、はい。……たぶん」
姿を見ていないのでわからないが、出かけたという話は聞いていないのでたぶん奥にいるだろう。
おきぬさんは、
「そうかい」
と言うと、店の奥へと消えて行った。
その背中を見送って、玲奈は甲斐に言った。
「おきぬさんて、毎日いらしてるんですよね。笠置さんとはどんな関係なんです?」
「うーん……なんていうのかな。あれ、ボランティア?」
「ボランティア?」
意外な言葉に、玲奈は首をかしげる。
「うん……笠置さん、話、黙って聞いてくれるから、皆居心地いいらしいよ」
話を聞くボランティア。と言うことだろうか。
そういえば一人暮らしの老人宅に訪れて、話を聞くボランティアがあると聞いた。
たぶんそういうものなのだろう。
ちらほらと客が訪れ始め、少しずつ忙しくなる。
時計が11時を告げたころ、
「きゃっ!」
という悲鳴と、走り去っていく足音が、入り口から聞こえた。
不思議に思って玲奈がいくと、入り口のマットの上に、ポーチがひとつ落ちていた。
先日働いた時もこんなことがあった。
悲鳴と、足音と、商品がなぜか入口に落ちている、と言う現象。
何なんだろうと首をかしげ、玲奈はポーチを売り場に戻した。
開会式のせいか、お客がいったん引いていく。
そこで甲斐が言った。
「午後の1時からあのファッションショーがあるから、12時過ぎたら出ないとなんだ。
とりあえず、笠置さんがお店に出るとは言っていたけど、もし出てこなかったらごめんね」
そして、甲斐は申し訳なさそうに頭を下げる。
ひとりで大丈夫だろうか。客数が想像つかないのでわからないが、何とかするしかないだろう。
とりあえず、笠置が出てくることを祈るのみだ。
店の外から、かすかに音楽が聞こえてくる。
フリーマーケットの売り子たちの呼び声に、子供たちがはしゃぐ声が聞こえる。
雑貨店は商店街の入り口に位置する。
たくさんの人たちが通り過ぎていくのが、ショーウィンドウから見える。
時折足を止め、ワゴンの商品を手にする人もいた。
「この猫可愛くない?」
などと言う声が聞こえる。
12時を過ぎると、
「またくるよ」
と言って、おきぬさんが帰って行った。
と、同時に黒ずくめにエプロンをつけた笠置が現れた。
店内にいた数人の客がざわつく。
そんな客たちに笑顔を向け、
「いらっしゃいませ」
と声をかけた後、ちょうどレジを終えた甲斐に声をかけた。
「行って来い」
それだけ言って、彼はレジを半ば強引に変わった。
「え、あ。はい」
甲斐は一度奥に行ってエプロンを外して出てくると、玲奈に近づいて言った。
「じゃあ、杉下さん。行ってくるのでよろしくお願いします」
甲斐が店を後にすると、はしゃいだ客が笠置に声をかけた。
「すみません、写真て……だめですか?」
勇気あるなーと思いながら様子を眺めていると、笠置は笑顔で応えた。
「ごめんなさい、そういうのはお断りしているんです」
なんだか背中がざわざわする。自分が知っている店長じゃない。
いや、まだ数回しか会ってないが、はしゃぐ客を笑顔であしらう姿はなにか違う生き物のようだ。
客がひき、商品を整理していると背中で笠置の声が聞こえた。
「ご飯、行って来て」
「え? あの、いいんですか」
「あと、頼みがある」
玲奈が振り返ってカウンターにいる笠置に近づくと、彼は自分の財布からお金を出していた。
3千円を玲奈に差し出すと、
「これで買えるだけクッキーを買ってきてほしい」
と言った。
「クッキー??」
「『アポロン』ていうケーキ屋があるから」
それだけ言って黙ってしまった笠置の顔は、いつもと同じ無表情にだった。
玲奈はお金受け取ると、奥にエプロンを置いて店を出た。